第43話 氷河の思想
~調査メモ~
アクエリアスについて
一年中涼しく寒い土地で川や湖が多く水の国とも言われる程水源が豊富。冬季に入れば水面は分厚い氷に覆われてしまう。
海を有する国であり、過酷な土地でありながらも漁猟によって生活を支えている。
最近では寒い土地でも安定して作物を育てる方法を手に入れたらしく、土地の開拓が進んでいるようだ。
『アリーナ荒野』という寒さに厳しい環境が生み出したのか大型魔獣が闊歩する危険地帯が存在する。
冬の間だけ行けるダンジョンがあるらしいが詳しい情報は存在しない。向かった者はいても帰還した者はいないらしい。
同日 アクエリアス飛行船居住区
白を基調とした静謐な空間、使われる家具はアンティークを感じさせる落ち着いた物。
竜人達が使う椅子は特別製、羽や尻尾の邪魔にならない工夫が施されており、誰の椅子なのか見ただけで分かるぐらい特徴的である。
「交易品の売れ行きは相当好調ですね。特に『冷結晶』の在庫が底を突くのは想定以上、竜の素材は売れてはいますが強きの価格にしすぎましたかね?」
「竜素材については見直す必要はありそうですね。ですが冷凍魚やチェリモヤの評判は中々です、特にアイスは1番早く売り切れました」
アクエリアスは『冷結晶』の大量生産国であり、魔術も含め冷凍技術は大陸一を誇る。
海を有し漁猟も盛ん、ライトニアに冷凍された大型魚を大量に運びこんだ。
なにより竜種が多い。海竜、地竜、飛竜様々な竜が闊歩する土地でもあり、国土防衛の為に狩猟する機会も多く手に入れた素材はこういった場で売ることになる。
「『熱炎石』はどれくらい購入できそうですか?」
「理想値以上は手堅いかと、どうやらアメノミカミ戦に数を備えていたようですがカミノテツオの活躍によって出番を失い、在庫を抱える羽目になった店も多いようです」
「なんと! まさか彼の恩恵をあずかれるとは思ってもみませんでしたよ。これで冬の備えは例年以上に安泰となるでしょう」
寒冷な土地なだけあって夏季の気温は20℃以下は当たり前、日によっては10℃以下になる日も珍しくない。冬季になればより気温は下がり0℃を下回る極寒の地へ変貌し厳しい生活となる。
それを打破するのが『熱炎石』を利用した暖房器具。森を伐採し燃料資源を貯めるよりも魔力を通すだけで熱を発するこの素材は国を救う救世主となる。ただ大きな問題として、アクエリアスで採取することは不可能なので輸入に頼らざる得ない、それを分かっている商人は足元を見て吹っ掛ける。命に関わる問題なので人々は買わざるを得ない。
過去に木々を伐採することで環境が変わり、食料を得られなかった竜や獣が食料を求め街へ襲撃する事件が多発した。犠牲を無くし環境を守るために熱炎石を利用することを提案し、実行したことでアクエリアスは安定し始める。そして、計画を立てた者が王に成ったと言われている。
「報告については以上です。明日も計画書通り動く形で問題ないでしょうか?」
「ええ、問題ありません。報告感謝します。下がってください」
「はっ! 失礼致します!」
男がその場を後にすると、部屋に残るのはビリービル、プリムラ、スピリアの三名。
「お疲れ様です、お父様」
「交易も順調そうでなによりだ」
「後は優秀な錬金術士を誘致できれば言う事なしですが、それは難しいでしょうね」
素材をそのまま使うよりも『純化』させたり、暖房器具として生まれ変わらせる方が安定性も性能も増す。
古くから金属の釜にまとめてダルマストーブとして扱っていたが乱雑な造り故に素材の寿命を削るのが早い。寿命や性能の高い錬金道具をライトニアより輸入するにはコストがかかり過ぎる。なので自国に誘い、調合してもらうことを望んでいる。
「……さて、本題に入りましょう。プリムラはカミノテツオについて何を感じましたか?」
交易も大事なことであるが、王としては娘の婚約候補も重要。冷静な態度で向き合っていても内心では不安が色づいている。
「はい。惨劇の斧を持ち厄災を退けた英雄と言われていた方なので、もっと怖く恐ろしい方かと思っていましたが、とても親しみやすくて優しい方でした。それと私達を1人の女性として接してくれているようでした」
「我の目で言えば軟派な男ではなかったな、正確に言えば女との距離感が分かってないようでもあった。そして、警戒心がまるでない甘ちゃんだとよくわかった。あの場所でプリムラ達の好奇心を満たすためだけに自らの手の内を全て晒すかの行為、到底理解ができん」
「スピリア様、そんな言い方は良くないと思います。あの人は将来別の誰かに破魔斧が渡ったとしても対策できるように情報を残しているのですよ。器が大きいと言うべきです」
「……確かに失言だったな。あそこまで情報があれば例え悪人の手に渡ったとしても恐るるに足らん」
これまでの報告書や新聞でどんな術を使うのか、どんな性能を有しているのか理解はしていた。しかし、あくまで想像で補う部分が多かった。
それが本日ペラペラと実物ありで丁寧に解説してくれたおかげで理解度が鮮明になった。範囲や威力明確な対策も立てやすくなり、既に情報は本国に送られている。
「一応聞いておくが、彼と婚約を結びたいと思っているのか? 実際に会って話してみてどう思った? 素直な言葉を聞かせてくれ、それが今は一番大切だからな」
王ではなく父として娘の将来を心配する声と瞳で問う。
「正直に申し上げますと……期待しすぎていたのかもしれません……とても良い人だと分かってはいるのですが、あの人のように立派で優しい方はアクエリアスにもいます。特別な感情は今のところは湧いてこないです」
プリムラはこう思っていた。
国を救った異世界の英雄。多くの美女をはべらかすような誰もが恐れおののく絶対強者。危険因子を孕んだ平和と混沌の最中に座する刺激的な男だと。
実際に目にして悲し気な背景や重い過去も匂わせない白いキャンパスのような普通の清潔感な優男だと感じた。加えて幼心に夢見た波乱と喜劇に塗れた心ときめくような恋物語はできないとも察した。
しかし、王族と生まれた身であり、婚約の重要性が高いことは理解している。鉄雄がいれば国を守る力が大いに高まり国民に安心を提供できるだろうと。
ただ、燃え上がらない。自分から行かなければ結ばれぬ婚姻なのも重々承知している。この気持ちのまま距離を詰めるのは自分にも相手にも失礼だとも。
「──なので、本当にこの考えが正しいのか確信を持つ為に明日デート致します。まだ知らない事の方が多いと思いますから」
「プリムラがそう決めたのなら私はこれ以上は何も言わない。ただ無理はしなくていい」
とはいえ、優しいだけの人が英雄と呼ばれるのだろうか? そんな人が特別な強い力を持つだけで英雄になれるのだろうか? そんな疑問が頭にあった。氷山の一角だけを見て全てを理解した気になっているのではないかと。
明日、心の内を覗くつもりで鉄雄と向き合うことにプリムラは決めた。
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