第42話 砂漠の思惑
~調査メモ~
ヴェステツォントについて
国の半分以上が砂漠で覆われ、今も尚円を広げるように砂漠化が進んでいるようだ。
だが、砂漠化が始まったのは300年近く前らしい。
胡椒や唐辛子、サボテンの実や花、コーヒーを生産している。特にコーヒーはヴェステツォントのが最高峰と言われ、貴族達が愛飲している。
水を大事にする国であり、彼達の前で水を粗末に扱うのは危険。
湯を張った浴槽には雨期ぐらいしか利用できないらしい。
同日 ヴェステツォント飛行船居住区
アラビアンな内装の煌びやかな一室。落ち着いた音楽をレコードが奏で、穏やかな空間を演出していた。
その中で四名は真円の氷と鮮やかな水がなみなみと入ったグラスを片手に持ち、高級酒を堪能するかのようにじっくりと口に運び、カランと氷とグラスが触れ合う音が響くと深いため息を吐いた。
「ふぅ……こんな贅沢ヴェステツォントじゃできないよ。これだけでも来てよかったぁ~」
「あまり飲み過ぎたらダメよ。お腹も冷やしちゃうし」
「はぁ~い」
自国では希少な水。浄水装置が設置されたおかげで国民の渇きは減ったが未だ足りず。他国より水を買うことも珍しくない。
ライトニアではコーヒー豆1kgで1m大のタルを満たす綺麗な水が手に入る。
交易として持ち込んだのはコーヒー豆だけでない、砂漠の砂、サボテンの花、『エアロストーン』、乾燥したサソリやヘビ、トウガラシ、コショウ、バナナ。
料理や薬、錬金術に利用できる物を多数用意しライトニアに訪れた。
ヴェステツォントに現れる砂嵐の化身『砂塵鳥ウォルペスター』の羽や爪と言った素材は特に人気があり、競りで売買されることになった。
本日だけでも交易は大成功を収め、格納庫に残る品は僅かとなる。
「では報告を聞こうか。お前達の方はどうだった? 実際に奴を見て何を思った?」
喉の渇きを潤したコーウィンはグラスを置いて三人に向き直る。
「えっとね……チョロそうだった! ちょっと触っただけで顔が赤くなったからもうあたしにメロメロってやつね!」
「そこまで言いすぎですが、まあ女性慣れはしてなさそうでしたね。お嬢や他の姫達に触れられた程度で顔が赤くなってましたから。それと警戒心が無さ過ぎるというか、あそこまで無防備に腹をさらけ出すなんて正気の沙汰じゃないですよ」
武器を手放した鉄雄は魔力の無い脆弱な人間。仕留める機会はいくらでもあった。状況が違えば容赦なく刃を振るっていただろうと護衛のトルバは確信していた。
「あの場には影っぽい人と竜もいっしょだったからじゃない? 他の2人も同じこと考えてたとあたしは思う」
「何も考えて無さそうな顔だったけどなぁ……」
「パトラは奴を見て何を感じた?」
「そうね……」
唇に指先を当てて言葉を選ぶ。
「自信の無さが感じられたわ、宙に浮いてて地に根付いてない不安定さも。私にホレたと思うけどすぐに冷めるパターンね」
「パトラお姉様に夢中にならない男の人もいるんだ?」
「ええ、勿論いるわよ。恋人と強い絆で結ばれていたり、自信が無さ過ぎて自分から離れる人ね。彼は後者、逆に言えば独占欲がとても強いと言えるわね」
思春期真っ只中の若者から枯れた老人まで多くの男達と交流を重ね、手玉に取って来たパトラ。男が抱く感情については大陸一詳しいと言えるだろう。
自信の無い男は、高嶺の花のような女性は自分のものにならないと理解しているから追いかけない。
相手から話しかけて来たら「思わせぶりな態度をするのは止めてほしい」と交流を断つ者か(こんな自分に声を掛けるくらいだから気があるんじゃないか?)と逆に自信過剰に陥る者に。
持つ者は「自分には『』があるからパトラは自分のモノになる。他の男に負けるはずがない」と自信に溢れ強い自分をアピールする。『』に入るのは力、金、権力、自信のあるものなら何でも当てはまる。
だが何も持たない者は彼女が常に傍にいなければ不安で仕方ない、別の男の下に何時向かってもおかしくない二度と戻ってこない恐怖に常に襲われる羽目になる。自分にはパトラを引き留めるだけの何かが無いのを知っているからである。故に歪んだ独占欲が溢れ出す。どんな手を使ってでも自分だけのモノにしようとする。
過去に嫉妬に狂った男に監禁されそうになったが、簡単に受け流し悠々と逃げた。
その後のことはパトラは何も知らない。ただ、もう二度と会うことはなくなった。
「確かに奴がアンナに向ける感情は愛とか忠誠心と呼ぶには強すぎる気がした。もはや信仰心とも言えるだろうな」
「実際のところどうなんですか? お嬢の婚約を進めるつもりなんですか?」
「全賭けするつもりで来たがここに来て怖気づいてしまうとはな。パトラを見せるだけで上手く行けばと思ったが甘かったか」
「国の為に本気で堕としてもいいけれど問題の方が多そうよ。流石に主従契約した男は初めてだから心がおかしくなるかもしれないし、あの子に恨まれるのは避けたいわ」
パトラを連れて来たのには明確な狙いがあった。惚れさせて国へ向かわせたくなるのが最良、ルチアに期待を煽らせるのも狙い。
事実、鉄雄はパトラを見たことでルチアに対し過剰な期待を抱いた。成長すれば姉に近い美人になるという将来性も含めて。
「堕とそうと思えばできるんですね……」
「3時間くれたら確実にできるかしら……2時間でも行ける気がするけど」
恋の虜にできると確固たる自信を彼女は持っている。顔の良さスタイルの良さだけが彼女の武器ではない、知識、表情、態度、立ち位置、距離感、マナー、誉め言葉、経絡系、料理、余裕、芸術、舞踊、歌、魔術、あらゆる事柄を会得し、それらを利用し男を堕とす。
吹けば飛ぶようなハリボテの美ではなく、芯まで秀美秀麗で埋め尽くされた彫刻こそが彼女。本日のみでパトラとすれちがったライトニアの男は既婚者の一部を除けば今もパトラのことが頭から離れていない。まるで呪いのように。
「ところでルチアは奴に惹かれるところがあったか? 元はお前の婿候補だからな?」
「う~ん…………顔は悪くなかったけど、特別凄いのは感じなかった。怖くなかったし、強そうな気配も感じなかった」
「ええ……だとしたら何でお嬢はデートの提案したんですか……」
「知らないことの方が多いからね。異世界の男で国を救った英雄なんだからわたしの想像以上の何かがあるかもしれないじゃない?」
「全く好奇心旺盛なのだから……」
「相手を知るのは大事なことだけど、彼の中心はアンナちゃんみたいだから。無理せず男の人の一部を知る程度に留めておきなさい。男に躍起なレディは滑稽に映るからね」
「はぁ~い」
と口にするが、確かな手応えをルチアは感じていた。
押しの一つで自分に夢中になるのではないかと。エルダに腕を抱きとめられた時の反応が良い証拠だと。女性に対して真っ白なキャンパスな鉄雄は簡単に自分の色で染めることができるんじゃないかと。
(お姉様ぐらい立派なレディになるためには彼を骨抜きにできないと夢のまた夢だわ!)
ルチアにとって神野鉄雄は分かりやすい勲章。虜にすれば大きな自信に繋がるだけでなく誇れる栄光。ライトニアを救った異世界の英雄を魅了したとなれば、尊敬の目で見られると彼女は思い込んだ。
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