第39話 三人の幼姫
7月1日 太陽の日 10時20分 クラウディア城
リズムの良い足音だけが響くお城の廊下。アンナから徐々に離れていくのに不安を覚えながらも歩を進める。
「分かっていると思いますが粗相の無いように。彼女達はお姫様で国の花。手折る真似すればあなた一人の首で償う事などできませんことを理解してください」
「安心してください。迂闊な事は口にしませんから」
もっとちゃんとした服を用意しておけばよかったと思う。騎士団制服も悪くはないけど俺の恰好とは違うからなぁ。集団の中の一人になってしまう。
「三名の姫達と三名の護衛がいらっしゃいます。必ず驚くと思いますが本当に失礼の無いように。言葉を発する前に頭で反芻してください」
随分と念入りに注意してくるな……それだけの美人さんがいらっしゃるということか? もしくはビリービル様のような竜の因子が顕現しているとか? その程度だったらビリービル様見た時点で想像できる。
いや、ひょっとしたらかなりお年を召した方が迎えてくるのかもしれない……落ち着け、パトラさんは「妹」と言った、あの人よりかは年下は確定しているんだ。
もしくは……お姫様の恰好をした男とか? カーラ様があのお姿だから0とは言い切れない……でも流石に……いや、俺を男色だと思っている可能性が……それは本当に困るな……と悩んでいる間に。
彼女の足が止まった……この部屋の向こうに驚くべき何かがいると言う訳だ。断られるとは分かっていてもお嫁さん候補がいるという空間はなんとも夢みたいな場所だろうか。
扉を開けばそこに──
「──レイズ!!」
「コールですぅ……」
「同じくコールです」
「セイリツ、オープンだ」
「勝負! ──じゃん! フルハウス! どーよ!」
「残念……ストレートです」
「えっと、あのふぉ、フォーカードです……!」
「ええっ!? 勝ったと思ったのにぃ!? どうなってんのよあんたの運」
「ふえぇ──! そ、そんなこと言われてもぉ……」
「これでエルダさんの3勝ですね。ルチアさんが1勝、私が2勝、勝負は決まりそうですね」
「デイーラーのあなたが同じ国のよしみでイカサマしてるんじゃないでしょうね!?」
「フン、こんなヒマツブしのおアソびでイカサマなんてするか。もししているとしても、キヅけないおマエタチのゴエイのメがフシアナなだけだ」
「言ってくれるじゃねえの……! なら次は俺がカードを配らせてもらうぜ!」
「自らイカサマを高言しているようではないか……」
???
──バタンッ!
「ここでお待ちください──」
何が起きてた? 何か理解し難い光景が広がって無かったか?
お付きの方だけが音速の如き速さで静かな音で先に扉の向こうに消えていく。
それに子供? 今個性的な三通りの子供がいなかったか? それと二人の大人の男と一匹の竜? しかもなんかトランプ……ポーカーに熱中していたような。
驚くとは言っていたがこういう事なのか? いや、流石に違う気がする……。
「どうぞお入りください」
「あ、はい──」
呼吸を整え。改めて扉を開き足を踏み入れると──
「待っていたわ」
「お待ちしておりました」
「は、はじめましてぇ!」
綺麗な姿勢で席に座り、落ち着き凛とした佇まいで紅茶のカップを片手にこちらへ視線を向けてくれている。一人は若干緊張している様子だが。
さっき見ていたのは幻覚だったか?
「彼女達があなたを一目見ようとお越しになってくださった方達です」
どう見ても少女、アンナよりも年下の可能性がある少女達が三名、俺を輝く瞳でまっすぐに見つめてくる。ここが幻想であれば良かったのにと節に願ってしまう。子供相手に結婚とか婚約とかに繋げるの無理だろう……昔なら普通のことだったのかもしれないけど、平成産まれには難しい価値観だ。
「はじめまして、神野鉄雄です。本日はこんな俺の為に来てくださってありがとうございます」
ただこの年の差が逆に俺を冷静にさせてくれた。
干支を一周する年齢差。俺はロリコンじゃあないし普段から「アンナを守らなきゃ!」ってずっと考えている影響なのか恋愛対象にはどうしたって見れない。
本当に庇護欲しか湧いてこないんだよなぁ……。
「ご丁寧にどうも──はじめまして、ヴェステツォント第6王女。ルチア・デザリアよ。お手を拝借しても?」
コーヒーのような黒髪に健康的な褐色肌。猫を思わせる瞳。パトラさんと同系統のアラビアンナイトの踊り子みたいな服。柳のようなしなやかな体形に扇情さよりも美しさを感じる。
丁寧な挨拶と共にそんな右手を差し出されたので片膝を付いて身を低くしてからその手に応える。やはり子供の手、全然小さくて柔らかい、強く握ってしまえば折れるんじゃないかと不安を覚えて──
「これが英雄と呼ばれた男の手なのね……思った以上に硬い……お父様よりかは小さいけどこんな感じなんだ……」
むにむにもみもみと言った感じに俺の右手が彼女の両手で揉みくちゃにされていく。
まるで研究するかのように指と指の間も指先で撫でられたり、爪の部分を摘ままれたりする。まるでマッサージのようだ。
こんなことをされるのも初めての経験だから妙に照れて顔が赤くなりそうだ。
「お嬢、そこまでに」
「……そうね今のところはこの程度で」
「っ!?」
惜しむように右手が解放され、最後に頬を撫でられて離れた。
その行為にゾクリと心も撫でられたような奇妙な心地良さに襲われる。子供でもパトラさんの妹というのは間違いなさそうだ……。
「ちなみに俺は護衛のトルバ・ヤヒミ。お嬢のついでに覚えておいてくれ」
「ああ、よろしく」
褐色筋肉の逞しい男。加えて爽やかなイケメンという隙の無さ、ヴェステツォントはこんな人が当たり前な国なのか? それに、お国柄なのか露出している肌が多い。ただ、堂々とした佇まいに相応しい肌質に恥ずかしさなどなさそうだ。
「続きまして私が──貴方の事は新聞や報告で何度も聴いておりました。こうして出会えることを光栄に思います。私はアクエリアス第十三王女、プリムラ・ドラリスタです。よろしくお願いしますね」
ドレスの両端を摘まみ、腰を沈めて頭を下げてくれる。それに釣られて俺も頭と腰を下げてしまう。ハリボテじゃない気品が完全に染みついた流麗な動作、教育の良さが伺える。
そんな彼女の見た目は透明感のある水色のポニーテールに雪のように白い肌。両側頭部から後ろへ流れるような角、そして驚くべきは蒼く彼女の足と同じくらいの太さで先端が床に触れるぐらい長い尻尾が生えていた。
「まるで捕食対象を決めた獣のような瞳で私を見ていますね」
「これは失礼しました。竜の要素に驚いてしまいまして……」
「いえ、そんなキラキラした色で見られるのは悪い気はしませんから。良ければ触ってみますか──?」
誇らしげな表情と共に飾りでは無いと主張するかのように尻尾が上がり、先端部が自身の前で曲がって腰巻みたいになる。その尻尾には滑らかに波打った透明感のあるヒレが付いており何とも美しい。
「大変心惹かれる提案ですがお姫様の御身に触れるのは恐れ多くあります」
口では断ったが彼女に言われた通り内心ワクワクしていた。
なにせこんなに近くで竜の尻尾を見たのは生まれて初めてだ……! 撫でたり揉んだりして感触を確かめたい欲求はあれど、女の子の尻尾だと言う事実。セクハラにしかならない。
「それでよい、触れたら我が噛んでおったわ。そして我の名はスピリア。この子を守護するためにやってきた」
蒼い鱗の小さい竜。丸まれば子供の背中に隠れそうな大きさしかない。けど気品がある。見た目通りの小竜では無さそうだ……。
そして、残りの一人に視線を向けるとビクリと身体が跳ねられてしまう。
「えっと、あの! エルダは……ハーヴェスティアのエルダ・フルストです! よろしくお願いします!」
頭頂部より生えてる二本の牛のような小さい角。翠玉色の髪に左右の三つ編み。時折視界に入る揺れる尻尾。この子は獣人ということだろう。ただ、獣人というのは発現している獣の種類によってこうも変わるらしい、ミクさんは兎の獣人、耳の位置が側頭部というより頭頂部寄りにあり兎のもこもこ耳。この子は側頭部で形は牛。
そしてこの子は一部の特徴が大きくに影響しているのか胸部の成長が著しい、いわゆるトランジスタグラマーだろう。
これは獣人とは関係なさそうだが、先程から緊張しているのか警戒しているのかオドオド怯えてる様子が見られる。
「あう……えっと……」
「?」
それでも俺に近づいてくれる。二人と同じように挨拶か何かをするのだろうか? 怖いのならば無理をしなくてもいいのに。震える手で俺の右手首を掴んで──
「えい──!」
自分の胸に押し当てさせてきた。
俺の右手はむにん──という感触に包まれ「ん──?」と一瞬何をされたのか理解できなかった。手に伝わる確かな柔らかさ、明確に理解した瞬間、頭が真っ白になりそうになる。
「???」
「ちょっ!?」
「それは反則では!?」
褐色と蒼色の二名が無理矢理引き剝がしにかかる。俺は動けない、いやどう動けばいいのか分からない。右手? 左手? どっちを使えばいい?
この子も顔真っ赤なままで手を放そうとしない。俺はどうしたらいい?
「初対面で触らせるなんてヘンタイよヘンタイ! お姉様だってそんなことしてないわ! それがありならあたしだってやってるわよ!」
「無闇に身体を許すなんて淑女としてそれはどうかと思いますわ!? そういう駆け引きはもっと大人になってからだと本にありましたよ!」
「だってお姉様がこれは男の人を落とす武器だっていってたんだもん……!」
無言で護衛の人達? に視線を向けると彼等はやれやれと言った様子でこの状況を見守っていた。助けてほしいと思ったが、この人達は一番介入できない状況に陥ってるとも言える。
お姫様同士の小さな争いに護衛が介入した瞬間、威信を掛けた戦いに発展しかねない。
プリムラ様がエルダ様を羽交い絞めにして、ルチア様が腕を解きようやく手が自由になる。あのまま続いていたら視線やら対応やら責任やらで押しつぶされそうだった。
とりあえず解放されてホッと一息吐けた。
「はぅう……ど、どうでしたかぁ?」
「け……けっこうなお手前で……?」
何を言ってるんだ俺……そもそも女の子の胸に触れたのって………………え? これが初めて? ヤバイ……本当に記憶に無いような……セクリも……見た記憶はあるけど触れた記憶は…………。え、この子が初めてになるのか?
「スマナイな、このコもヒッシというワケだ。オレはこのコのゴエイ、シャドウでイい」
衝撃の事実に目が点になりながらも籠り気味の声の人に視線を向ける。
顔は深いフードに隠れ、目は暗闇の中の小さな光の如く、身体も完全に服で隠れ何も分からない。名前通り影に顔も身体も隠れている人だ。
「俺に会いに来てくれたというのはこの子達で全て?」
「その通りです」
「やっぱりこの子達がその……」
「あなたの結婚相手! (予定)ね!」
「私としては教会のようなもう少し華やかで落ち着いた自己紹介を行いたかったのですが、お2人が少々お転婆なようで……」
「ふぇ……お転婆なんて初めて言われたよぉ……」
おませな感じのルチア・デザリア。
竜人でお淑やかそうなプリムラ・ドラリスタ。
怯えた様子だがやることが大胆なエルダ・フルスト。
この子達と見合い紛いなことをするというのか……本気で……?
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