第37話 心残りとリテイク
「さて、少し話は変わるけれどあたくしは明確な使命があってきたの。明るい話題の前に出しとかないと暗い気分で会わせることになるかもしれないもの」
含みのある言葉に空気がピンと張り詰めた。ここに来た本当の目的。思わず腰の破魔斧に手が伸びる、会話であることは頭では分かっていても恐れが余裕を許さない。
「あら、そんなに怯えなくてもいいのよぉ。この話は貴方じゃないの──クラウド王。現在投獄されているミクリア・タシアー。彼女の解放を要求するわ」
「ミクさん──?」
「タシアー家は元々ハーヴェスティア出身なのよ。10年前のアメノミカミ戦後にライトニア復興支援の為に派遣したのよ。建設の腕も立派だったからね。まあ、結果として一時的だったのに今でも活躍しているのはライトニアにも認められたということで誇らしくあるけどね……だからこそ! 危機的状況を打破するために尽力した者の娘を不当な罪で投獄し続ける理由は何かしら?」
俺の疑問を丁寧に解いてくれる。ミクさんがまさかライトニアの人では無かったとは……いや、だからか? メルファにとって理想的な隠れ蓑だったのかもしれない。名は住んでいる内に知るかもしれないが声も顔も知らない人間。偽名で近づき、俺みたいに化粧やアメを使えばもしもは無い、僅かな綻びを感じることは無いだろう。なにせ、本物を知らないのだから。
彼女が狙われた新たな理由が分かったと同時に、この状況は憂いを払う絶好の機会だと判断できる!
「カーラ様、一つ質問よろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「彼女を保護することを約束できますか? 投獄していたのは彼女に「もしも」が起きないためです。国民はミクさんに対して被害者であっても「もしも」と言う不安を感じる可能性が高かったのです。私刑に走り無用な犠牲を避ける為に最も安全な場所で保護していました。あなたが彼女を安全な別の場所に連れて行くというのなら力を貸します」
「……いい目をするじゃないの。ええ、あなたの問いに対しては肯定よ。ハーヴェスティアに連れて帰るわ、元よりタシアー家全員が望むならそのつもりで来たわ」
目も声も嘘を感じない。胸のつっかえが取れた気がしてホッと安堵の溜息が漏れた。
「お心遣い感謝します。クラウド王、ミクさんは被害者であることに違いありません。解放の手続きを──」
「少し待ってください、彼女を解放すれば……」
明確な迷い。その声質に彼女の為は感じられない。迷う必要の無い選択に苛立ちが昂る。
牢屋の中のどうしようも無い気持ちが分かっているのかこの人は? 身を隠す場所も無い、外界と拒絶された疎外感。商品、処罰、その二つで押し込められたのが俺だ。短い期間でも心は徐々に荒むのが分かる。
もう二週間以上は経っている。歪みが起きている可能性だってある。
二の足を踏む理由なんて簡単に検討が付く、面子を守る為だ──
「もしかして、あの人のことを秘密にするつもりじゃ? ミクさんがハーヴェスティアで流布することを恐れているのでは? だったら──」
「待てテツオ! 口にするな!!」
「黒幕はメ──んぐっ!」
線の移動じゃなくて点から点へ移動したような動き。まさか時間停止までして口を塞ぎに来た!? 無理にでも声を出そうとしても完全に動きが止められてる。破術を使って振り払おうとすれば投げ飛ばされかねない殺気が触れた手から伝わってくる。
ここで明らかにすれば閉ざす理由は無くなるはずなのに──!
「……なるほど、理解しましたよ。各国を騒がしているカリオストロの黒幕、その正体についてミクリアという人が知っている。牢から出せばカリオストロの人間から口封じを受けるかもしれない、安全が主ですが本当は黒幕の名が広がることを恐れている」
「要は二重操作が行われていたんだったな。新聞にも報告書にも黒幕の正体については書かれていなかったな。そしてこいつは知っている……いや、クラウド王もレイン・ローズも知ってんなこりゃ」
「そんな重要な情報を彼女が握っているなんてね……だけど、それなら隠す理由なんてないはずでしょ? カリオストロは錬金術の為なら環境へ大きく干渉する。大なり小なり被害が出ている国は多いわ。情報を共有して対策を練った方がこれからを守れるんじゃなくて?」
「答えは簡単ですよ、彼等の知っている名だということ。つまりライトニアの住民だった者。自国の人間が他国に被害をまき散らす集団の総統だとすれば恥部でしかない。私としては恥を飲み込み大陸の為に広める方が王の務めだと思いますがね」
「普通に考えりゃそいつは錬金術士だ。それも相当な実力者だ。要は「メ」から始まってこの国にいない凄腕錬金術士を探せばそいつがカリオストロの総統で決まりじゃねえか」
「あらコー様ったら賢い!」
「がっはっは! そう褒めるな! 口を割らない者を力じゃなくて頭で開かせるのが楽しいのだ! 名を挙げ表情を見れば答えは出る難易度の低い問題だがな!」
お見事、たった一文字だけで正解への道筋を見つけてしまうなんて……。流石は王と呼ぶ人間なだけある。でも、実際にどれくらい条件に合う人がいるんだろうか? いや、そもそも他国の住民を全員把握出来てる王様なんているのか? 冷静に考えれば無理──
「私も詳しくありませんが……確かメルファ・グランサージュ。彼女もメから始まって優れた錬金術士ですね。思い返せば私の国でもいくらか世話になりました。暖房器具の熱伝導効率の上昇、寒冷地でも作物を育てられる設備の提供、飢えも減り無茶な漁で亡くなる者も減りました」
「ああ、ワシの国にも何度か訪れて浄水装置を設置してくれたな。彼女の助力があって国は安定するようになった、水で争うことも激減した。感謝しきれん」
「でも亡くなったのよねぇ、惜しい人を…………え?」
俺が目で答えを示すよりも誰かが「あっ」と口を漏らし、レインさんの拘束が緩む。問答はすぐに終わった。
正解を当てた事に喜ぶべきだと1秒ぐらい思った。でも、話を聞けばそんな感情は消えた。
犯人だと微塵にも思ってない口調で思い出話をした。最初に思い浮かぶくらい良い方向で印象に残っていた。
どれだけ立派で尊敬する行いをしていたんだあの人は!? 自国だけじゃなく他国にも錬金術で人助けを行っている。みんなの未来を守るような活動をしていた。
いや、本当にこの国腐ってるな……そもそもカリオストの総統になった原因はライトニアにある。貴族のプライドを優先させて正しい評価を下さなかった。それが国を見限った原因。
「…………成程、納得です。確かに大々的に口には出せないですね。彼の顔を見れば嘘じゃないのが嫌なぐらい理解できてしまいますよ。信じたくありませんが……」
「おいおいおい……彼女の道具は今も国の維持に尽力してくれてるのに、何の冗談だ……? それよりもメルファは自分の国を破壊するつもりで動いていたのか? この国は彼女に何をしたんだ?」
「はいはい、少しは落ち着いてね。あたくしの国でも何度かお世話にはなったから混乱するつもりは分かるわ。でも、本題はタシアー家の皆をハーヴェスティアに帰国させること。隠してる情報を知られた以上、軟禁する理由は無いわね?」
俺も感情が脱線しかけた。
大事なのはミクさん一家を安全にすること。各国の王達にも知られてしまい、避難先も見つかった。問題は解決している。
「……ええ、構いません。手続きは何時でも済ませられるようにはしていました。移送準備が整い次第彼女を自由の身とすることを約束しましょう」
「ふぅ……」
これで一安心だ。心に残っていた鉛のような憂いが剥がれていくのを感じる。
「メルファ・グランサージュの捜索は我々ライトニア騎士団にお任せください。不躾な願いと理解していますが、皆様の御国でカリオストロの情報があれば提供をお願いします。現在は手掛かりも少なく後手に回ってしまうので」
「力を貸す事に異論は無いわね。過去が聖人であっても今の蛮行を見逃すのは違うもの。でも、手掛かりと言えばメルファがカリオストロの総統だとするなら、その一番弟子だったソレイユという子はどうなのかしら?」
「何故ソレイユの話が……?」
「ああ、そういうことですか。10年前の記録に加えて今回の戦闘記録。10年前から彼女がメルファの味方、同士であるなら状況がまるで変わってしまいますからね。師の不手際を消す為に動いていたと……」
「……昔も今回も戦いが終わるタイミングで現れた。10年前は師に繋がる手掛かりを全て消すことができたから誰もメルファだと気付けなかった。今回はカミノテツオが厄介すぎたからミクリアという女を消す事ができず正体が判明するに至った」
役者が違えどあの日に戻ったような錯覚。俺みたいな木端の言葉よりも彼等の言葉の方が何十倍と重みがある。同じ事を聞いてるのにこの差はなんだ? 人生経験か?
「お言葉ですが、それはありえません。ソレイユは確かにメルファさんの弟子であったことは事実です。ですが、ソレイユなら師を止める為に戦うはずです」
「何故言い切れますか?」
「彼女が学んだ錬金術に復讐の手助けなんてありませんから。それに親友を一番近くで見ていたのは私です。裏切るなんて器用な真似は絶対にできません。嘘吐けばすぐに顔に出るぐらいに素直な子ですから」
凛とした表情でまっすぐと言い淀むことなく言葉を紡いだ。
有無を言わせないような見事な切れ味に初めて会った時と同じ安心感を思い出す。
「ふっ、そこまで言い切られちゃあワシはもう何も言わんよ。迷いがあれば弟子とやらを問い詰めていたがな」
「今はソレイユを信じるレインを信じることにしましょうか。繋がりが無いことの証明なんて不可能ですからね」
「いいわねぇ……こういうピュアな友情って。こんな素晴らしいものを見せてもらえたのだからあたくしとしても取り下げることにするわ」
「感謝いたします」
誰かを叩くような事態にならなくて良かった。あの一撃は本当に容赦なかったからなぁ……国際問題待ったなしだ絶対……。
とりあえず穏便に済んでよかった。
「カリオストロについても大事であるが、ワシとしてはこっちが本命! それじゃあ本題に移らせてもらおうか。カミノテツオが欲しいと言っても手ぶらで来た訳ではない。お前にとって非常に喜ばしい事を用意してきた!」
「私もですよ、移民しても心から信用できる相手がいなければ意味がありませんから」
「ここまで考えることが一緒だとあたくしと少し恥ずかしさを覚えるわね」
三人共同じ物を用意してきたということか? 普通に気になる、北と南、ご近所、文化も風習も異なりそうなのに被ることって相当稀な気がする。
「それはいったい……?」
好奇心に満ちた俺の顔に応えるかのように、自信に満ちた顔をする御三方。
カーラ様は「明るい話題」と言った。期待が思わず溢れゴクリと喉が鳴った。
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