第34話 改造後の自分と向き合う時
7月1日 太陽の日 6時00分
酒を飲んで眠ってしまったという俺の身体。二日酔いになるほど飲んではないようで助かった。
いつも通り朝のルーティーンを実行するために洗面所に向かって顔を洗い、鏡を見ると。
「な──!? なんじゃこりゃあぁあああ!?」
黒き涙に歪んだ肌色、顔面が絵具を混ぜすぎたパレットみたいに歪んで汚れて、おまけに髪の毛は酷くボサついて山姥の如し。
「いったいどうしたの── ぶはっ!? ど、どうしたの酷い顔──あはははっ!」
「ちょっと待って、そのまま動かないでね今落とすから…………よし! 落ち……たよ──ぐっ!」
「どれどれ……誰だこいつ!? いや俺か!? 眉毛無いんだけど!? 俺ってここまで人相悪かったっけ……?」
「うわぁ、テツがテツじゃない……怖さが何割も増してる……」
「元々あんまり怖くないけど変に迫力でてるよ……」
アンナもセクリもこの顔には若干の引きが見られる。俺もこの顔には引いてしまう。というかここまで変わるもんなのか? 強面とは無縁のはずなのに圧が溢れ出てる。
「ここまでするなんて、相当化粧にも力入れたんだな……どんな顔作ったのか一度見とけばよかったか?」
「やろうと思えば今もできるよ?」
化粧道具片手に「する?」みたいな顔で言われても困るぜ。でも──
「後で眉毛だけでも書いてもらうよ。この顔のまま外出たらレインさん達に怒られるし子供にも泣かれそうだからな」
嫌でも目立ちそうだからな……それに、俺が載ってる例の新聞が発行されるのは今日のはず。先行して他国に送ったのは詐欺情報や俺の姿や破魔斧の姿と言った重要な情報だけを書き記したもの。
今日販売されるのはその他にインタビューやら何やらを載せた完全版。
新聞に載った俺と見比べる事態が発生してもおかしくない。その際に眉無し強面の俺を見たら幻滅しかねない。
「まずはなんというか少し匂うな……風呂入ってないのかこれ?」
「あ、うん……ベッドで眠ってからそのまま起きてないと思うから……」
「なら先にお風呂入って残った化粧やら何やら落としてくるよ。湯舟が使えなくてもシャワーは使えるはずだよな?」
「あ、ボクもいっしょに行くよ!」
「別にいらないと思うが?」
「……多分、色々驚くことになるかもしれないから」
含んだような言葉に不自然に逸らされた視線。まさか俺の身体は鏡に映らない範囲まで魔改造されているというのか? 尚更細かくチェックする必要がでてきたなこれ……。
そうして脱衣所に着いて服を脱ぎ、鏡に映った自分を見た瞬間──
「なんじゃあこりゃあっ!?」
同じように驚き心に留めることができずそう口に出さざるをえなかった。いつも見慣れた俺の身体が完全に別物に変化していた。何かを塗ったのか若干肌の色が違う。何よりも産毛にしろ何しろスネや腕に生えていた毛が全く無い。いや、ほんと特に足とかここまでなるのか? 俺の足って毛が無かったらこんな女の子みたいな感じなの?
「やっぱり驚くと思ったよ」
扉から顔半分だけだしてこちらを覗くセクリ。その表情は申し訳なさが入り混じっていた。
「全身つんつるてんなんだが……子供時代に巻き戻りなんだが……?」
「ごめんね、レクスが全部剃るって言ったから……あの時はボクも楽しくて止める考えが思い浮かばなかったんだ」
全身美容整形を受けるとこんな生まれ変わった気分になるんだろうな。と思いもしたが。
あまりの容赦無さに焦りが生まれ頭がどうなっているのか洞窟奥の宝箱のように気になってしまい高鳴る心臓と共に恐る恐るカツラを取り外す。
「髪の毛は……よし、無事か」
カツラの下は押しつぶされて寝ている髪の毛。手櫛を通して挟んだり伸ばして確認すると一番ほっとした。深く安堵の溜息が零れた。ここが無くなると怒る気も湧かないぐらい絶望していただろう。
頭も身体も泡塗れにして洗い流すと今までと違う現象が身体に降りかかる。
「サッパリ感が今までと比べ物にならないなこれ……」
毛が無くなった分湿気を溜める要素が消えたということだ。しかしまあ、毛がないだけでこうも変わるとは……剛毛でないにせよ見慣れたモノが消えると自分の身体じゃないみたいだ。
「服の用意は済んでるよ。着替え終わったら眉毛塗るね? ご希望とあれば顔全部するけど?」
「眉毛だけで結構だ……セクリが化粧できるようになって助かるな。俺が描いたら酷いことにしかならなそうだ」
絵画の成績もよくない俺が化粧なんてうまくできるわけがない。というか自分の眉毛の形ってどんなのかあまり覚えてない。自分の顔を見る時間は自分よりも他人の方が長いんだから任せられるなら素直に任せるべきだ。
「毛生え薬もあるみたいだから気休めかもしれないけど塗っておくね」
「そんな便利な薬もあるんだなぁ」
「よし! できたよ!」
「早いな、流石に眉毛だけだとこんなもんなのか? おお、確かにこんな感じだ、ありがとうよく覚えてくれた!」
「まぁね! ボクが1番テツオの顔を見てると思うからね! 眉毛の形なんて簡単簡単!」
当面はこれで大丈夫そうだ、セクリ様様と言ったところだな。
「へぇ~、こんな風に化粧ってするんだ」
「男の更衣室に踏み入れるのははしたないぞアンナ」
「テツ以外いないの知ってるからへーきへーき。こうして見ると男と女で部屋の形って変化ないのね、体重計も同じの置いてあったし」
「まったく、好奇心が旺盛なんだから。化粧も済んだから早いところ出るぞ。今日からいつも通り登校じゃないか?」
「わかってるって、でも結局謹慎処分って何だったんだろう? 試験対策の良い時間でしかなかったから助かったけど」
「大物なんだからもう。反省文とか書かされただろうに──」
「はん、せい、ぶん……?」
「「っ!?」」
なんて純粋な瞳で疑問を浮かべているんだこの子は……!?
反省は催促するもんじゃないから何にも口にしなかったけど、これ絶対一切書いてない。一行も一文字も書いてない。むしろ頭の中に反省すべきことが何も残ってない。正義と誇りしかない、
セクリも俺と同じ考えに至っているのが表情ですぐわかる。
「???」
「こりゃ本当に大物になるかもしれないな……」
「……だね」
慣例だとか義務だとかで書くべきものだと思い込んでいた自分が恥ずかしい。
あの時アンナの行動に恥は無かった、国の未来を守る為に最善を尽くそうとした。それが間違いだと認め、将来同じ事態に陥った時二の足を踏むことになって欲しくない。
それは俺の主たるアンナ・クリスティナじゃないから。
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