第33話 信頼静観
レクスが俺の身体を借りてどれくらい経っただろうか?
楽しんでいるならいいけど……。なにせ彼女はずっとこの空間に閉じ込められていた、外に出ることを何よりも望んでいた、契約で一時的とはいえ叶えることができて良かったと思う。
この空間も最初と比べると部屋の様子は随分と様変わりして過ごしやすいものだ。密閉された石造りの城の中だったのが田舎の小綺麗な家になったものだ。
だからといって俺はずっとのんびりしていた訳じゃない。
この家の地下には『記憶の図書館』と呼べるレクスの戦いの歴史が記された場所がある。正確には過去の使い手達のだけど。
今の俺と比べたら凄まじい戦いを繰り広げていたのは分かった。
その中で破魔斧。昔は惨劇の斧の特異技能について検索してみて分かった。
それは──クソの程にも役に立たない情報しかなかったということ。破魔斧は適当に使っているだけで強力。細やかな技術を一切必要としない、単純に魔力吸収の霧を広げて消滅をぶち当てればそれで終わる。全員の使い手がワンパターンにあらゆる戦いで勝利している。
工夫があったとしても誰でも思いつく、斬撃を飛ばすスラッシュストライクにして放つ程度。
これからの冒険や戦いで役に立ちそうな技術は何も無かった。唯一参考にすべきなのは自分が最強だと信じて疑わない精神性だろう。傲慢に力に溺れて発するのではなく、積み重ねた努力に誇りを持ち確固たる自信として。そんな心に昇華する必要はあるだろうけど。
そう結論付けていると「ガチャリッ!」と荒々しくドアが開く音が響き渡る。ワガママな家主がどうやらお帰りなさったようだ。
「おう、おかえり。楽しめたか?」
「お主!! 何故邪魔をしたっ!?」
「うおっ!? いきなり何を言ってる?」
まさに怒髪天を突く勢いで詰め寄ってくる。一体何が起きたって言うんだ!?
「せっかくセクリといいことをしようと思うたのに邪魔しおって!! あのまま良い雰囲気で……ん? 何故お主がここにおる?」
「いや、俺ずっとここにいたし外の様子も何も知らないぞ?」
楽しさに一抹の影を残さない為に俺は一切干渉しないことに決めていた。人を傷付けることになれば無理矢理止めるとは言ったが、あそこまで本気で準備するレクスが自ら台無しにするとは到底思えなかった。
「無理矢理操作を奪った訳では無いだと!? じゃあ何故だ? 時間制限か? いや、まだ一日の範囲内じゃ、契約は切れておらん!」
この怒りからしてレクスは契約を全うしている。となると俺の身に何かが起きたということだ。俺の意識がここにあるから乗っ取り返した訳じゃない。命を失った訳でもないとするなら……。
「流石に24時間行動するのは無理だから俺の身体の体力とか精神力が限界来たんじゃないか?」
「0時を超えたなら考えてもよいが、まだ9時かそこらじゃぞ!? 寝る時間近しといえど考え難い! お主元は12時近くまで起きておった人間じゃろ?」
「だとしても今の状況って所謂身体が眠ってるってことだよな? やっぱり遊び過ぎたか食べ過ぎたかのどっちかじゃないか?」
俺達二人がこうやって会う条件は、寝る以外だとよっぽど心と身体が落ち着いた状態のはず。後者ならすぐに目を覚ましてそうなのに……。
「最後のお楽しみの為に普段通りを心掛けたわ! 折角酒を飲んで気分を高めようと思うたのに──」
「──えっ、酒飲んだのか!?」
「もちろんじゃ! 極上の女と良い酒、悦楽を堪能するにはそれらの組み合わせが鉄板よ! 酒を入れてこれからと──」
「……多分それだ、俺酒飲むと眠くなりやすい性質だから疲れた状態で飲むと一気に睡魔に襲われて負ける」
レクスの表情が完全に固まる。今まで見た事ないぐらい追い詰められたような絶望的な顔で。失礼だと思うけど初めて見た目相応の表情を見た気がする……。
「嘘じゃろ……」
「ダンジョンの後飲まなかったのはそれが理由だ。普段飲まないのは酒自体がそこまで好きじゃないのもあるけど……」
「何故言わんかった……!?」
「いや、飲むなんて知らなかったし…………すまん」
「まだ起きれば間に合う! ──何故目覚めん!?」
「体力的にも限界来ていたのかもな……」
俺も意識を戻そうとするけど何の反応もない、眠った自分に意識を戻すなんてやったことないから何とも言えないが。恐らくもう俺の身体は朝まで起きることはないのは確定だろう。
「くそぉ~……何とも口惜しや!! 悔いても悔い切れん! こんなお預けで終わるなんてわらわらしくないっ!!」
「残念だけど契約はこれで完了だな」
「次は何時じゃ!? 何時身体を許せる!?」
俺の身体を揺さぶり縋るような瞳で見上げてくる。
本当に楽しくてやり残したことがあるのが嫌なぐらい伝わってくる。肉体一つに魂二つ。同情する気持ちはあれどこれは譲っちゃいけないこと。
「あんな事態はそうそう起きないと思うから……当分は無いだろうな」
あの時は本当にどうしようもなかった。自分を文字通りおもちゃにするぐらいの動きで戦わなければ今日は無かった。だから今日の入れ替わりは納得できた。
数分程度ならたまに代わってもいいが、半日以上を明け渡すとなると俺とレクスの状況が入れ替わる危険性がある。
「嘘じゃろ……? 現世の楽しみを知ってしもうた今、この身体はもはや監獄も同然よ……明け渡してはくれぬのか……?」
レクスにとってこの日の思い出は禁断の果実になってしまったと思う。
「すまん……」
「いや、こんな不格好な駄々をこねるのはわらわらしくない……忘れてくれ」
俺が身体を貸す以外でレクスを外に出す方法を模索する必要もありそうだ。
レクスもアンナと同じ位恩人であることに変わりない。まずはやはり錬金術で考えるべきが得策、俺以外の何かに魂を移して自由を与える。その方法だな。
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