第32話 情欲鼓舞
~調査メモ~
女装したカミノテツオを確認。あそこまで仕上げる必要はあったのだろうか?
英雄の苦悩をああして発散しているのだろうか?
この内容を報告すべきかは保留すべきだろう。
6月30日 月の日 20時40分 鉄雄の部屋
「鉄雄の中にいた時はやりたいことが湯水の如く湧いてきたが、実際に顕現してみれば半分も叶っておらんな……」
「その割には随分と楽しそうな顔してるよ」
「たった一日されど一日、流れた時は巻き戻らぬ、何百と日々を過ごして来たわらわにとって普通の営みは余りにも遠かった。気付いておるか? 今日は一切この斧を握ることが無かったぞ?」
騒乱の時代もあっただろう。けれど、破魔斧あるところ戦は絶えない。それが当たり前だった。
領土へ侵攻、貴族や国へ復讐と革命、毎日のように血を浴びて使い手が亡くなれば別の誰かに渡るまで封印される。
鉄雄が使い手になってから血を浴びたことは一度も無い。斧としての役目も木々を切断したり、マスターキーとして鍵を壊したり、アメノミカミは水の塊、運か定めか動物に向けたことは未だない。
「そういえば持ってたんだよね。じゃあ飾って置くよ?」
「頼む」と一言受けると部屋の置き場に収められる。純白の刃、銀色の持ち手、マナ・ギア。ほんの数ヶ月前とは完全に別物へと変貌した自身が収まっていた斧の姿。
「あの時はあ奴を恨みもしたが、今の姿の方が悪くないのぉ」
「これも御洒落っていうんじゃないのかな?」
「よく分かっておるではないか、あの姿にわらわも引っ張られてしまったかの?」
鉄雄の狙い通り。世論に安全だと言われるために姿も名前も変えた。ただその影響を一番受けたのが斧の中にいたレクスであった。
見た目が綺麗になったことで禍々しかった心想風景が今や長閑な草原に建つ家屋のようになってしまったり、戦いで退屈を潰していたのに調査部隊の巡回でこれまで無縁だった人々の安寧な営みを見ることに愉楽を得ていた。
「さて、一度こういうのも試してみたかったのじゃ」
「それって……お酒!? 何時の間に買ってたの? どうりでグラスが用意してあるわけだよ……」
「許せ、買い物している途中にお主らの隙を突いて買ったのよ。これまでの使い手達も浴びるように飲んでおったからの、どうしても気になってな。お主のも用意してあるから付き合うといい」
「もう、仕方ないんだから」
レクスが購入したのは『アップルワイン』、ライトニアのリンゴ農園にて作られる平民から貴族まで楽しまれる銘酒。初めて飲むお酒がコレだと言う人も珍しくない。入門用であるが
透明なワイングラスに黄檗色の液体が注がれていく。
二人はグラスを手に取ると小さく触れ合わせて音を奏で、ゆっくりと口に流していく。
「ふぅ……これが酒の味か……悪くない、今日まで生きていた甲斐があったものよ」
「料理でお酒を使うことはあるけど、こうして飲むのは初めてだなぁ……甘くて飲みやすくて美味しい……」
ほのかな甘みと低刺激の舌触り。熟成されたリンゴの香りが爽やかに鼻を抜けていく。まったりと心が落ち着く余韻に浸りながらほぅ……と溜息を吐く。
「今日はお疲れ様……それと、新しい服ありがとう」
「かまわんかまわん、あ奴もセクリとアンナの服については考えておったからの、礼なら奴にも言うとよい」
「うん、そうするね。ごちそうさま、それじゃあおやすみ──」
「何を勘違いしておる? まだわらわの時間は終わってはおらんぞ。なにせ最後のディナーが済んでおらんからの」
普段なら鉄雄はベッドに着き。アンナも勉強が終わりベッドに転がる。セクリは戸締りと簡単な掃除を済ませて使用人室に戻る。そんな時間帯。
「ディナー? お腹が空いてるなら何か作ろうか?」
「いや、用意はできておる──」
ゆっくりとセクリに近づき、肩を抱き、太腿に腕を当て、回転させるように体制を崩し両腕で軽々と抱っこする。
「わっ!? ──いったい何を!?」
「決まっておろう? 夜の一室で酒を酌み交わした二人、肌を合わせることになっても何もおかしくない」
セクリはベッドに降ろし、セクリはショールを取り外し雑にローテブルに乗せる。
「──で、でも! その身体ってテツオのじゃ……!」
「細かい事は気にするな、不能気味だったあ奴もようやく元通りになったのだから使用せぬ手はなかろう」
「あ、あぅ……ボクって、こ、こういうのって初めてだから……知識としては知ってるけど、それに、余計なのも付いてるから……」
「それこそ細かい事よ、わらわとてチグハグな状態だが今宵はお主を抱かねば昂りを抑えきれそうにもない。あ奴にとっても感謝こそされど怒られることはあるまい」
「…………え? それって……」
これまで夜の勉強会で何度も時間を重ねてもこんな空気にはならなかった。それとなくアピールしたことは何度もあれど泥に杭。
であったとしても、毎日共に過ごせば塵のように小さくとも自然と情は積み重なっていく。
アンナの為に共に同じ方向を歩む仲間だと清く潔白な繋がりだと思っていたのに。その下に色欲な意識を隠していたという事実を理解した瞬間、顔が真っ赤になり視線を逸らす。
「さて、抵抗も無いというのならさっそく──」
小さな抵抗も無くなり身体が完全にベッドに沈む。
レクスの手が豊麗な双丘に伸びる。前に、顔をうずめてしまう。
「あ……本当に始めちゃうんだ……」
心臓の高鳴りが聞こえそうな密着感。甘えるような仕草に母性愛が高まり自然と両手を頭の後ろに回しそうになるが、一つの違和感が湧く。
何故か顔をうずめたまま動く気配がまったくない。
「……あれ?」
「ぐぅ……すぅ……」
「寝てる!? え……? 本当に……」
胸を枕にするようにうつ伏せで穏やかに規則的な呼吸音、完全に閉じられた瞼。
上下逆転し、レクスを仰向けにするとだらんと力の抜けた四肢、頬に触れても反応がなく野獣のような顔は愛玩動物の如し寝顔へと変貌してしまった。
「ふぅ……」
大きな溜息を一つ吐いても落ち着きは取り戻せない。
自らの心臓の高鳴りをはっきりと自覚していた。鏡を見ずとも顔が赤くなっているのが理解できた、お酒の所為だと誤魔化すにはこの鼓動は強すぎた。
そういう事をした先に起きる現象を成す為に作られた存在。望んでいたことでもあったが、本番の空気に当てられた瞬間、役目も白紙となり知識が行動と結びつかず身体が強張った。
「どうしよう……」
決められた命令をただ行うにはセクリは感情を学び過ぎ、絆を育み過ぎていた。使用人として完璧に過ごそうと入力されていく情報が最初に入力された人類保全の命令を少しずつ消していった。無論その要因の一つとして毎日のように王都で大勢の人が生活している様子を見続けたことで重要性も優先度も下がってしまったこともある。
「結局ボクってどっちにドキドキしたの……?」
ただそれよりも、起原の命令よりもこの心臓の高鳴りはレクスか鉄雄かどっちなのか混乱していた。
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