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最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~  作者: 巣瀬間
第四章 夢指す羅針盤を目指して
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第30話 甘味満喫

 長時間の買い物、それ即ち監視は気付かれないように同じ場所を見続けることになる。目立つ行動は許されず動き回ることはできない。徐々に退屈が身体を支配しようとしていた。


「随分時間が掛かってるわね。演技じゃなくて本当に交代しているのが分かるわ……」

「私はあの店に行ったことないけどサリーは何か知ってるの? 3人が入ってから羨ましさや憎たらしさが混じった顔でさっきから見てるけど」

「少しは御洒落に敏感になりなさい。エンジェルヴェールは王都の中じゃ一番の服屋。裁縫技術もそうだけど素材も最上級の品質を誇ってる高級店よ。貴族御用達と言ったところね、騎士団の給料じゃ三ヶ月に一度の贅沢が精々。ま、見るだけならタダなんだから長くなるのも仕方ないわ──」


 どこか悲し気な表情で店を覗く。

 貯めたところで上下一式をそろえるには高価すぎて小物を選んで欲望を誤魔化すことしかサリアンはできていない。

 何時かは一式揃えて街を闊歩することを夢見ている。その隣に憧れのレインがいれば尚良しと大きな願望を抱きながら。


「あっ! 出て来た……って二人の姿が変わってる?」

「嘘……!? え、何──下から上まで全部変えたって言うの!? ──確かあの服って夏に向けた新作と春の残り……旬は過ぎても1万、2万じゃ収まらないはず! あいつそんなに金を持ってたの!?」


 理解の範疇を超えた状況に気が動転し、怒りに似た確かな嫉妬が湧いていた。憧れていた年月日は明らかに自分の方が上だと言うのに、ぽっと出の余所者があっさりと叶えてしまったという目を逸らしたくなる現実を受け止め切れなかった。


「レクス自体は変わってないけど2人は随分変わったね……お金の出所については確か褒賞金がでてたはずだからそれを使ったんじゃない? 値段や似合ってるとかは置いといて動き難そうな服に着替えさせられたよ」

「ああ見えても機能性にこだわってるからそれはないわ──って靴も……っ!? ……金輪際あいつに何か奢るのやめようかしら……」

「それは私なら言える言葉でしょ……サリーが奢ってるところ1度も見たこと無いわよ」


 キャミルは鉄雄の年下ながら先輩兼魔術講師として世話を焼いている。特に困った時の生き字引として様々な知識を与えてきた。

 昼食をたまに奢ったり、王都内の巡回で美味しい菓子の店を教えたりと鉄雄から高い信頼を得ている。


(嫉妬で視界が狭くなってるサリーはよく見るけど、今は不味いって……もしもレクスが逃走を選んだらあの2人がすぐに反応できないかも……ショールで隠れてるけど背中に破魔斧があるのは間違いない、レインの時間停止を除けば対応できる人はいない……)


 服を与えたのは逃げの布石。キャミルはそう考える。冷静に警戒を高め人の流れに混じっていく三人を見つめる。

 ただ、嬉しい誤算として人混みに紛れても服が放つ品格によって彼女達は目立ち、見失うことはなくなっていた。



「さて次は甘い物でも頂くとしようかの。目星は付いておるからついてまいれ」

「なんだか人の視線がいつもより刺さるような……」

「お主らがより綺麗になったから思わず目で追ってしまうのじゃよ。縮こまれば服に喰われる、いつもと同じようにしとればよい」

「そういえばレクスは何も買わなかったけどよかったの?」

「今はまだ。な──完全顕現した暁の祝い装束の下見と言ったところじゃ」

「完全顕現……? それってテツの身体を完全に奪うってこと? ……もしそうならやめてほしいんだけど」

「焦るでない。わらとてそうしたいのはやまやまだが、わらわの信頼は余りになさそうでの。したらすぐに退治されかねんのよ。いやはや、強すぎるというのは罪じゃのう……」


 口にしながら視線を建物の上の方に向ける。望遠鏡越しに目が合い隠れていた二人は観念して溜息を吐く。「何時からバレていた」なんて疑問は最初からだとすぐに理解させられた。

 強者故に見られることが当たり前、警戒・恐怖・羨望の色が付いた視線は簡単に察知できてしまう。だからといって何もしないのは余裕の証明。娯楽の邪魔をされない限り牙を抜く事は無い。


「でもそれじゃあどうやって? 今の状態をずっと続けるのがレクスの目標だよね。レクスは悪い子じゃなさそうだけど、ボクとしてもテツオがいなくなるのは嫌だなぁ」

「テツオと契約する前と後では知識も発想も何もかも違う。昔のわらわは何も知らぬ赤子同然だと思う程な。こ奴の身体を奪わなければ完全顕現できぬと思っていたが、別の可能性もあると考えられる。例えば錬金術を使うことでな……」

「錬金術で? でもどうやって?」


 今の今までこうして表に出て現世を堪能することはできなかった。斧の中に存在する霊魂として長い時を過ごしていた。鉄雄よりも強欲で勇猛な使い手達は入れ替わり自体が発生しなかった。

 だが、これまで蔑んできた相手を圧倒的な力で蹂躙する快楽に酔いしれ、歯止めの利かぬ獣欲私欲に飲み込まれ力をどこまでも欲した。しかし、収まり切らず人の身から変貌し身を滅ぼした。

 今の状況がレクスにとっては異様。

 戦事はあれど、あまりにも平和で温い日々。血を見ない日々があまりにも長い。花々をのんびり眺める空間も時間もある。月が出ている時間に凶刃に恐れることなく眠れる。

 彼女にとっては穏やかな日常があまりにも新鮮で煌びやかで、その日々に浸かりたいと願っていた。


「話はこれまでじゃな、着いたぞ」

「ここって……テツがたまに買ってくるタルトのお店?」

「綺麗な店構えだね。扉の隣にタルがあるのは気になるけど」

「タルトの専門店『タルトルテ』あ奴の情報で美味しいとは分かっておるが、わらわ自体が口にしたことはないからの一度食してみたかったのよ。無論、この日の為に予約も済んでおる! たのもう! 予約しておったレクスじゃ!」


 扉を開けばアンティークを感じさせる落ち着いた雰囲気の歓迎。

 店内はバターの焼ける匂いやフルーツやハーブの香りで満たされ、期待を煽っている。

 王都クラウディアの人気店『タルトルテ』、味もさることながら場の雰囲気も一役買っている。テラス席から見える王都中央広場の季節の花で彩られた花壇や白く悠然と座するクラウディア城。この展望が自分を貴族でなくとも貴族のような特別な存在に引き上げてくれる。そんな気持ちにさせてくれることで連日終日途切れることなく利用されている。


「ようこそいらっしゃいました。席のご用意はできておりますが、先にこちらで商品をお選びくださいませ


 ショーケースに収まるタルトはまるでフルーツの舞台のように彩られ見る者を虜にする。誰もが自分こそが一番だと競っているように鮮やかに輝いていた。


「わぁ~……! わたしも選んでいいの?」

「悪いがアンナ、注文するものは既に決まっておる! お主らが選べるのは飲み物ぐらいよ。わらわが選ぶのは──」


 そう言って指で示すと、店員もアンナもセクリも驚いた。レクスただ一人が得意顔で胸を張っていた。

 注文が通り案内されたのはテラス席。交代の日が決まった時点でここの予約は済ませていた。最高のシチュエーションで望んだ物を食べる。それこそが欲の器を満たす方法の一つ。


「1切れずつとは言っても全種類のタルトを注文するなんて……」

「お待たせしました。こちら12時の位置よりリンゴ、モモ、ベリー、ナッツ、チーズ、アンズ、イチジク、イチゴ。残りチェリモヤ、タマリンドです。そして、オリジナルハーブティーとなります。ごゆっくりどうぞ」

「これこそがロマンとも言えるだろう……!」


 テーブルに置かれたのは壮観とも言えるカラフルな月が一つと余りの二切れ。

 パーティでもするのかと他の客に見られるのも無理も無い。しかし、ブランドの服に身を包みテラス席で優雅に1ホールと2切れのタルトを楽しむ姿。嫉妬と羨望の視線が含まれているのも当然と言えるだろう。


「色とりどりできれい……タルトだけでこんなに種類があるなんて思っても無かった」

「よく見ると生地の色と密度、フルーツの下のクリームもそれぞれ違うんだね。専門店なだけあって細かい意匠に惚れ惚れするよ。見て食べただけじゃ真似なんて到底できっこないよ」

「前の時代では菓子をこうして食べられることはなかったからの。これまでの鬱憤をここで晴らさせてもらおうかの!」

「でも全部食べきれるの? 結構大きいんじゃないの?」

「ふはははは! お主らは知らぬだろうが、世の乙女には別腹という概念が存在するのだ!」

「べつばら? べつのおなかってこと?」

「そう! どれだけお腹が一杯でも甘いものなら入ってしまう! つまり別のお腹に入ってしまうということなのじゃ! だからこれだけ頼んでも平気ということ!」

「はぇ~……はじめて聞いた」

「とはいえわらわも悪魔ではない、内側半分はわらわが頂くから外側半分はお主らで食べて良いぞ」


 言葉通りナイフで半分切り分け三角と台形に分離する。

 ただ口へ運ばずフォークをセクリに差し出す。


「折角の機会といえばわらわに食べさせよ。仲のいい間柄には『あ~ん』と呼ばれる給餌方法があるそうじゃ」

「それって……? ああ! うん分かったよ。仕方ないなぁ──はい、あ~ん!」

「あむ……うむ。悪くない。果実の質も記憶とは比べ物にならん……! 次はそっちも──!」


 笑顔で給餌するセクリと残った方のタルトを食べるアンナ。

 鉄雄も知らぬ果実のタルトを堪能し続けていく。時計回りに食べる必要もない、自分の食べたいと思ったものを自由に選ぶことができる。

 極上の甘露が癒しとなって心を楽しませていたが。初めて味わう甘さや爽やかさあれど腹に送られていく度にゆっくりと内側から甘味の暴力に攻め込まれ、身体が悲鳴を上げようとしていた。


「──うっぷ……まさか……ここまでとは……心が喰いたい気持ちがあれど身体がまるで受け付けようとせん……」


 フォークは刺さるが腕が口まで運ぼうとしない。セクリに運んでもらっても顔が磁石の反発のように離れてしまう。


「……思ったんだけど、テツって男の人だから別腹って概念は適応されないんじゃ……」

「っ!? 迂闊であったか……冷静に考えればお土産で持って帰る時も1個で満足しておったからの……無茶が過ぎたか……」


 二人は半分に切られた12個を半分を分けて食べた、量にして約3個。対してレクスは約6個分に相当する量を食べることになる。1ホールの4分の3。鉄雄では食べきることのできない量なのは間違いない。

 尚、お土産で買って帰る際はランダムに3個購入し、アンナ、セクリの順番に選ばせて最後の1個を食べている。


「残りがムリそうならわたしが食べていい?」

「あっ、それならボクも貰っていいかな?」


 二人は別腹を使うまでもなく余裕があり爛々とした瞳で残ったタルト達を見つめている。


「これ以上は美味しく食べれそうにないからの……口惜しいがお主らに任せた方がこのタルト共も嬉しいだろう」

「やった! まだ食べたことないのはぁ~……」


 嫌々よりも喜々として食された方がタルト達も嬉しいだろうという判断。正解かどうかは彼女達の顔を見れば一目瞭然。

 甘味のガス抜きな溜息を一つ吐いてハーブティーをのんびり嗜みながら楽しそうに食べる二人を見守る事に切り替えた。

 だけれど、この光景を視界に収めることができて満足している自分がいることに気付いてしまった。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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