第28話 御洒落小町
6月30日 月の日 8時50分 ???
王都中央に位置する建物の屋上で双眼鏡片手にマテリア寮を監視する二つの影。
「どうして私達が見張りなんて真似をしなくちゃいけないのよ……百歩譲って暴走の危険の為としてもどうしてキャミルと組まなきゃいけないのよ……レイン姉さまならよかったのに」
「引き出しの多い私と、速いサリー、何か起きた時役割分担ができるから。気になったのなら組み分けの時にもっと直談判すればよかったのに」
「はぁ~……分かってないわね。レイン姉さまの判断を覆すなんて恐れ多い事私にできるわけないじゃない! 役割だって瞬時に判断できたわ魔力吸収の霧の中でも動ける私が抑えてる間にあんたが報告する。歯車過ぎてつまらないわ……ゴッズさんと交代しても変わらないと思うのに」
その正体は同じ調査部隊であり、アンナと鉄雄の師とも言える二人。
入れ替わる日程は予め伝えられており、最悪を想定した包囲網が作られている。
調査部隊ではゴッズとレイン、キャミルとサリアン。この二組で鉄雄改めレクスの見張りに勤しんでいる。何かが起きた際に対応するのがこの二組、他にも防衛部隊の隊員は私服で王都の中を散在して見張っている。
国民の休日とも呼べる月の日に、たった一人の我儘の為に強制出勤と相成った。
「ふわぁ~……正直言って考えすぎだと思うんだけどねぇ~」
「それは私も同感。レクスが完全に自由の身になるための障害は多いし、アンナをどうにかするって壁が高すぎて無理。テツオが許さない」
「あの子をどうこうする前にテツオが表に出てくるだろうしね。でもまぁ貴族方に形だけでも安心をお届けするのが今日の私達の仕事なのよね……」
二人はレクスについては深く知らない。だが鉄雄については詳しい。特にアンナに対しての執着にも捉えられる親愛については。
鉄雄の最も近くにいる者は絶対にアンナに傷をつけることは不可能だということは尚更。
「──出て来た……! っ!??」
「何にせよ、レクスが私達の味方か敵かはっきりする…………!? ──アレって鉄雄でいいのよね?」
「…………顔を知ってる分笑いを通り越して尊敬すら覚えるよ。セクリとアンナが共にいるからどうにか認識できてるけど、1人だけで出歩かれたら気付けなかったよ」
双眼鏡越しに寮から出て来たアンナ達三名を覗き見た瞬間、劇的なビフォーアフターに二人は一瞬口を噤み、一度目を離し思わず二度見。
アンナとセクリを両脇に携えて歩いているから認識できていたが、女物の服に身に包み判別しやすい肩ももショールによって違和感を隠し、鉄雄と繋がる要素を悉く潰していた。
今日に至るまで女装の「く」の要素も無かった。レクスと交代していた時の顔ともまるで違っていた。眉もアイラインもリメイクされたのが大きい。
「化粧を施したのってあのセクリかしら?」
「錬金術の道具もいくつか使ってるだろう。おまけに立ち振る舞いそのものも変わってる。潜入任務とかできそうな気がするよ」
興味は徐々にどのように変化させた方法に移ろうとしていた。
同日 9時10分 王都大通り
「ここが件の店か、過去の使い手達はこんな煌びやかな店が存在する未来など信じられなかっただろうな」
「え~と……『エンジェルヴェール』? 服のお店屋さん?」
「服屋だけど、なんというかミュージアムみたいな格式高い雰囲気が……」
大通りに面する店は基本的に高級店。
国を彩る花の役目も担っている、外観も美しく整えられゴミの欠片すら存在しない。店から溢れる品格の高さにより格の備わっていない者は自然と足が後退る。
アンナとセクリもそちら側で、足は店と向き合っていない。
「調べによれば貴族も利用する高品質かつ美麗な服を扱う店らしい。まさにわらわを飾り立てるに相応しい品を用意しておるはずじゃ。さて、入るとするか」
「え、入るの!?」
「当たり前じゃ、今日はわらわの言うことをお主らには聞いてもらうからの!」
二人の手を逃がさないように掴み、物怖じの欠片も見せず店に入る。
外の営みとは切り離されたかのような空間、美術品のように飾られた服の数々。レコードプレーヤーから響く落ち着いた音楽が場を整えていた。
「いらっしゃいませ……」
「おい店員! この二人に特別に似合う服を見立てよ、冠婚葬祭用というより普段着られる堅苦しくないので頼む」
ただやはりこの三人はどこか浮いてるようにも感じてしまう。汚れた水で生活していた魚が綺麗な水の中へ迷い込んだような異物感。
それを読み取った他の店員よりも身なりの整った男が元に戻す為に動き出す。
「申し訳ございませんがお客様、こちらのお店は──」
「──これでもダメか? ダメなら引くがどうする?」
次に告げられる言葉を先読みしたのかレクスはショールの裏側を晒し、とある物を見せると店主の顔が一瞬固まり、一呼吸する間もなく青ざめる。
それはライトニアで服飾に携わる人間なら必ず知っている代物であり、片手で数えられる者しか受領していない名誉の証明。そして、彼は審美眼にも優れ一目で偽物か判断もできてしまう。
レクスは身を飾るアクセサリーとして勲章を付けていた。
「っ──!? ……お客様方のような方々をお待ちしていました!!」
「解ればよい」
態度を改めるしかなかった。国を守った英雄に与えられる『国防武勲章』。国の為に身を粉にして戦った者を蔑ろにすることは一国民としてその戦いを侮辱することに等しい。大通りに店を構える者として絶対にあってはならない。
ただ、そのおかげで──
(隻角の少女は確かアンナ・クリスティナ……となればあの勲章を持つのはカミノテツオのはず……別の人が着けることは考え難い……まさかカミノテツオは女装趣味のある男だったとは……)
妙な理解を与えてしまった。
体形を見れば男女の違いなど彼は簡単に判断できる。できて当然の職についているが故の悲しいすれ違いとも言えるだろう。
「ちょっと……! ここにある服ってかなり高いって……!」
小さな声でレクスに耳打ちする。
アンナの視線はタグに書かれている数字に釘付けとなり目が点となる。どの商品も0が3つ並んでおり食材と比べても0が2つか3つ多い。服一着買うだけで一週間の食事ができてしまう価格。
加えて言うならば、鉄雄を購入した価格は「100キラ」十人以上買えてしまう。
「問題無い。店員よ一人当たり1万キラ程度で揃えてくれ」
「かしこまりました」
何の心配も要らないと膨らんだ財布をこれ見よがしに取り出し不敵な笑みを浮かべる。
その中身を二人に見せると1万キラ紙幣が10枚。二人は目が点になりのけぞるように驚く。
「えっ!? そんな大金どこからでてきたの!? わたしのお金やテツのお給金を合計しても足りてないよ!?」
「どこかから借りてきたの……?」
喜ぶよりも不安が先行するのは無理もない。これだけあれば大抵の物は買え、三人が飛行船に乗って別の国へ観光することも可能。希少生物の素材も手に入る。
だが、そんな金は自分達が持っている物を全て売ったとしても到底届かない金額。出所不明の金銭程怖いものはないのだから。
「女子共を彩らせる為にわらわがそんな情けない真似をすると思うたか? 心配の必要は皆無じゃ、あの戦いで得たのがなにも勲章だけではない。褒賞金も出とったがテツオが隠しておった」
「えぇ……」
「まあ、そんな裏切られたような顔するでない。金はあって困らん代物、中々の大金故に使い所を見誤れば近い将来必要な時に使えん可能性もあったからの」
その金額は10万キラ。騎士団及び一般人に死者がでなかったのは鉄雄の活躍が大きいと判断された。最初は金銭だけで収まる予定であったが、王城崩壊の阻止及び黒幕の正体を判明した功績も加えるととても金で片付けることはできなくなった。成果に対する正当な評価、実績の対価に相応しい格を与えるために『勲章』が相応しいとされた。
もしも与えない選択を取った場合、他の騎士に対して示しが付かない。疑問を与えることとなる。今回以下の成果で与えてしまえば必ずその受領者に泥が付く未来が訪れるからである。
褒賞金を秘匿した理由はレクスが口にした通り、虎の子のヘソクリとして溜め込んでいた。他国にロドニーがいた場合、その旅費として利用するのを主として。
「……あれ? じゃあそのお金って今使っちゃいけないんじゃ……」
「ここが使い時なのには違いないぞ。お主らはもっとまともな服を着なければならん! 特にアンナ! 制服以外が貧弱すぎる! セクリはメイド服以外の装備を整えんか勿体無い! それにこ奴もまさに情けない! 女子共の価値を分かっていながら尻込みする軟弱者! 様々な服を着せんでどうする!?」
レクスが声を荒げるのも無理はない。
アンナの持っている服は少ない、今着ている制服。村にいた頃から着ていた刺繍も無い樹皮やツルを加工して作られたシンプルなシャツとズボン。毛皮を利用して作られた狩猟着兼作業着。色々なインナーはこっちに来てからナーシャと買いに行った物が殆ど。
セクリに至ってはニアート村で貰った服を除けば、今着ているメイド服ぐらいしかない。
「そんなに服って必要なのかな?」
「服は平和な世においての鎧じゃぞ? 洒落た服を着こんでいるかどうか、服の皺や汚れでその物の余裕も測れる。服だけで得られる情報も多いものよ。おっ! 靴も置いてあるのか! 折角だから似合うのを見繕ってやってくれ一人辺り五千程で何足か選べるのではないか?」
「かしこまりました」
「靴も普段履いてるので──」
「使い分けを覚えんか! 探検用の靴で瀟洒な場を闊歩できぬもんなのだ! 主に品格が無ければ鉄雄もセクリも恥をかく。マテリアの制服は万能感があるが全てに正しい訳では無い、お主も錬金術士なら状況に応じた触媒や素材の使い方を心得ておろう?」
「──なるほど! 薬品を作るのにミントーンは便利だけど、爆弾や武器に使うのはまちがってる。ってことだよね?」
「……うむ。そういうことじゃ。理解すればよい」
アンナの例えにピンと来ていないが、理解しているようなのでレクスは深く考えることを止めた。
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