第26話 恐るべき対価の取り立て
6月26日 火の日 22時05分
『冥府の霊石』とは?
地上のどこにも存在しない、この世界ではない霊界と呼ばれる死者の魂が蔓延る場所に存在すると言われる結晶のことである。
ある日マジカリア近郊にある廃屋敷の庭に何の因果か冥府への門ができてしまった。そこへは満月の夜だけしか開かれず、それ以外の夜は霊的存在が蔓延る危険地帯と化している。門が開かれると奥にいる存在に恐れるのか一切霊的存在はいなくなる。
三十名程の優れた魔導士が部隊を率いて、門を潜ったが戻って来たのはたった一人、その手には冥府の霊石が握られていたが、頬は痩せこけ髪は禿げ上がり真っ白になっていた。
突入時は二十歳程の若者だったのに、出てきたら七十歳近い老人の見た目となっていた。
門に入って出てくるまでの時間は夜が明けるまでだったというのに。
現在、冥府の霊石はマジカリアの美術館にて厳重に管理されている。
廃屋敷については命知らずな冒険家を入れないために門の破壊を試みたようだが、一切の干渉が通用せず破壊には至らず、廃屋敷を燃やそうとする案も挙がったが試みた者全てが抗えない恐怖に身を縮こまらされ近づくことができなくなった。現在は霊達を外に出さない為廃屋敷の周りを結界で封印している。
キャミルさんに聞いてみたらすぐにこの情報が手に入った。有名な素材ということもあり、調査部隊では既にある程度は調べられていたらしい。
ただ、実物を手に入れることは叶っていない。
調査リスクが大きいのに加えて、マジカリアとは仲が悪い、仮に無事に回収できたとしてもライトニアに持ち帰れない可能性も高かった。
「こりゃ厳しいよな……」
相当な対応が無いと命に関わる。
満月の夜のみという時間制限。
今日聞いただけでも課題が多すぎる。
(のう鉄雄よ。そろそろ約束を果たす時ではないのか?)
情報を反芻しているとレクスが頭の中を響かせるように話しかけてくる。ベッドの上で寝転がっている時は頭の片隅でいつ来てもいいように覚悟しているとはいえ、不意な声かけには変わりない。
(約束……ああ、一日入れ替わりの件か覚えてるよ)
(下らん嘘を吐いて煙に巻こうとせんで助かる。お主の嘘はわらわには一切通用せんからの。そろそろ払ってもらうのにも丁度いいじゃろう? 身体も癒えている、国もほぼ直った。待つ理由も無かろう)
(とは言っても、強化版ソウル・チェイサーの作成するために必要なレシピをアンナは考えてる訳だし、大々的に遊んでもいいのか?)
俺の身体を一日レクスに貸すという対価。誰かを傷つけるような争いごとは絶対にダメ。だとすれば必然的に娯楽を楽しむことになる。
一人にしろアンナ達も一緒にしろ、今の目標に向かって風を受けている状態を破壊しないか心配になってしまう。
(ほう……約束を反故しようと言うのか? だと言うならわらわにも考えがあるぞ、わらわの慰安以上に優先すべき要件なぞ存在せぬことを教えてやろう!)
(聞きたくないが言ってみろ……)
(大事な話のタイミングを見計らって駄々をこねて喚く! 騎士団の会議にしろ、アンナが大事な指示をするにしろ、狙い撃つようにわらわがかき消してやろう!)
(ピンポイントに俺だけが困る奴じゃねえか……! わかった! でもアンナと相談してからだ……)
(それでよい。何も今日明日変われと言ってる訳ではないぞ。一日限定という条件の下わらわは本気で入れ替わる。容赦の欠片もなくな──)
「おい……まさか……!?」
思わず声に漏れた。契約のやり取りは忘れていない。俺と交代してアメノミカミと戦ってもらうその対価として一日レクスに明け渡し現実を楽しんでもらうということ。
(何もあの時のことは冗談で言った訳ではない。まぁ、不可逆な状態にならない程度に楽しませてもらおうか)
確かあの時「めかし込んで街中を闊歩する」みたいなことを言ってたはずだ。
あの時は深くは考える余裕は無かったけど、相当ヤバイ対価を俺は支払うことになるんじゃないか……?
6月27日 水の日 18時10分 アンナの部屋
今、この場にはアンナ、セクリ、ソレイユ、ユールティア、そして──
「さて、今回お主らに集まってもらったのには他でもない、わらわを錬金術の力を持ってコーディネイトしてもらうことじゃ。こ奴の身体が男、美麗なる淑女たるわらわとは天と地ほどの差がある。その差をお主らに埋めさせてやると言う訳じゃ」
鉄雄と意識を交代したレクス。
ふてぶてしくソファーに身を預け、足を組み偉ぶって遠慮の欠片も無く堂々と言葉を並べる。
「頭下げて頼まれたと思ったらすっごい偉そうにしてるの見るとどんな感情を持てばいいのか分からないよ……資料で交代するのは知ってたけど実際に見ると違和感がすごいね。声質は彼のだけど喋り方は完全に別人だよ……」
「ぼくもレクス君については聞いてはいたが、女の子だというのは知らなかったなぁ。ということは彼は心の中に女の子を監禁していたということになるのかね?」
「流石は賢いのぉ~! 花丸正解と言った所じゃな! こうしてお主らと話すだけでも一々奴の許可を取らねばならぬ。何とも息苦しい……!」
「好き勝手暴走されたら困るから閉じ込められてるんでしょ?」
「まったく、わらわがおらんかったらこの国は水没していたかもしらんのによくそんな口を利けるものよ。という訳でこ奴を含め、お主らにその対価を払わせる手伝いをさせてやると言う訳じゃ。不可逆なことを除けばこ奴に何をしても構わん。わらわの理想に近づけさせる栄誉を与えてくれようぞ! はーっはっはっは!」
今回の交代はあくまで契約の前準備。本気の交代と違い何時でも鉄雄が代わろうと思えば代われる緩いもの。
文句を言わせないぐらい堪能させなければ、対価を払ったことにならないと鉄雄は分かっている。それだけの成果だと一番知っているから。
「ちなみに不可逆なこととは何だね?」
「まあ色々あるだろうが分かりやすく言えば、ちん」「部位欠損みたいなことをしなければいいんだよ! 男性と女性じゃ身体つきも違うから再現するために削ったりするのはダメってこと!」
焦るようにセクリが遮る。鉄雄はまず口にしない、相手のことを考えながら会話をするから言葉を選ぶ。だが、レクスはセクハラという概念は知っていたところで気にしない。
もはや逆である。
「ふむ、となれば化粧やウィッグを使って見た目を変化させるのがよいだろうね。な~に安心するといい、錬金術というのは不老不死を目指す技術でもあったからね。その過程で美を追求することもあったさ。肌や髪を綺麗にするのはモチロン、無駄を綺麗に消す道具や薬を作っていたそうだよ」
卑金属を貴金属に永久の命。錬金術が目指すは人類の限界を超えることや自然に左右されずあらゆる物質を生み出すこと。
『アメノミカミ』や『人工太陽ソル』。自然に切っ先が食い込むような干渉技術であることに間違いはない。何百年と前に生まれた技術は確かに成長している。
「となるとそれならまずこれ使ってみてよ。お遊び用のお菓子だけど面白い効果があるから」
ソレイユの手首から先が宙に消える、『どこでも倉庫』により彼女のみが知る別空間へと繋げられ、再び手の姿が露わにされた時、紙袋がしっかりと握られていた。
そこから音符型で琥珀色の飴を一つ取り出しレクスの手に渡すと、レクスは訝し気な表情と共に口に放り込みコロコロと転がしながら確認するように味わっていた。
「どれ……普通のアメじゃのう……幻覚系の効果でもあるというのか? ふむ……もう少し味に工夫してみよ、ちょいヒリヒリするのぉ、この味はあまり好かん」
「──え!? 声が?」
言葉が紡がれる度に音の階段を上っていくように大人の男の声から少女特有の声に変化する。鉄雄が頭の中で聞くレクスの声と変わらない威厳の欠片のない生意気さが感じられる我儘娘のものに。
「むっ!? あ、あ~! あっ!? これはわらわの声じゃないか!?」
「うわぁ、今度は見た目と声のギャップが酷いことになってる……ちなみにそれは『メロチェンキャンディ』って言う錬金お菓子でね頭で思い描いた声が出せるようになるんだよ」
「味はともかくとして悪くはないの、これで声は良いとして顔や頭はどうする?」
「化粧だったらボクがするよ、長に色々と仕込まれてるから。でも化粧品は持ってないから借りて来ないとね」
「化粧品なら任せるといい、依頼やらなにやらで何度か作ってはいるからね、余ってはいるんだ。まさか男の女装の為に使うとは道具達も思ってもみなかっただろうがね」
「わらわの肌はこ奴の肌よりも白く美しいものじゃ、全身塗ることは可能か?」
「ふむ……ぼく等エルフと似ているという訳だ。となれば用意は容易。ただ塗るのは勘弁し欲しいところだとも」
「それはボクが手伝うから大丈夫。すると色々毛も剃った方がいいのかな? お髭とかはいつもキレイにしてるけどそれだけじゃダメだよね?」
「こ奴の知識にも全身脱毛なんて言葉もあるくらいじゃ、こっちの世界にはそういう技術はないか?」
「もちろんあるとも! 効果は強力に加えて身体に安全な脱毛剤がある。髪の毛に使うと大変なことになるから注意は必要だけどね」
「じゃあソレをお風呂で使うのがいいかな? ムダ毛を全部無くせば大分印象変わるはずだよ。後で使用許可取っておかないと」
「やはり男の身体だとそういうのが多くていかんな、戦闘中なら大して気にせんがこういう状況だと気になっていかん……」
「それには同意するとも、汚らわしさが先に来てどうしても警戒してしまうんだよねぇ」
「じゃあ後は髪の毛だね。だったら……あった! この『白鉄の糸』を染めて切っていけばいいんじゃないかな? 蜘蛛の糸だけどしなやかで肌触りがいいから素材としても有用なんだ。ウィッグとして十分期待できると思うよ」
「そのままの色合いでも悪くはないが……キッチリと白銀に染められるか?」
「染料も沢山あるから大丈夫、釜を使えば今日中に染め終わるから明日には整えられるよ」
最初は半ば無理矢理に連れて来られて億劫な気持ちもあった彼女達だが、もはや鉄雄を改造することに何の躊躇も遠慮も無くなり、むしろ錬金術の粋を使って着せ替え人形ができるということに高揚感を覚えてすらいた。
少女時代には知識も技術も足りず理想が作れなかった、今は少し気恥ずかしさが勝りできなくなった人形遊び、彼女達の瞳は若々しく煌めいていた。
「みんなすごいイキイキしてる……それ全部やったらテツがいなくなりそうで怖いんだけど」
ただアンナだけがこの流れに乗れていない。なにせそんな思い出が存在していないのだ。化粧という言葉は知っていても彼女達とは認識が違う、戦事や祭り事に装う特別なモノ、細にこだわることはしない特別な模様を描き加護を授かる儀式的な意味合いが強い。
アンナが化粧を施せば見事な魔術刻印が頬に描かれること間違いないだろう。
「ちっちっち、甘いぞアンナ君! 本気のオシャレというのは美の仮面を被ると言っても過言じゃない
! 前と後で別人になるのはおかしいことじゃないんだ!」
「誰もが理想の美貌を持ってる訳じゃないからね。私も旅をしている間にこういう相談何回か受けたなぁ~……」
「これは正当な対価であるからな。あ奴も了承済みよ。念のため伝えておくがあ奴に女装願望がないのは名誉を守る為に言っておこう。──多分だがな」
「たぶんっ!?」
こうして神野鉄雄改造計画が積み上げられていった。ウィッグ、肌の色、目元、口元、声、全てがレクスの理想となるように。
「決行は6月30日! 完全なるわらわの日がやってくるのじゃ!!」
まるで自分の名が入った祝日を決めたかのように声高らかに宣言する。
それは半端な交代ではない、男女入り混じった状態ではない、神野鉄雄が女に成ってしまう日である。
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