第22話 進む者、退く者、追う者
最初の歓迎を退け、高鳴る心臓も落ち着きをみせて呼吸も安定する。アンナに絡まったツルも全て取れて晴れて自由の身となった。
「この先に逃げていったよね……もしかしたらこの奥に子供達がいるかもしれない! 追いかけるよ!」
気持ちを切り替え探索を再開する。
踏み出す先はツルが逃げた道。もしも踏み入れた子供達が似たような目に会ったのなら、この先に捕らえられていると想像し足は自然と速くなっていた。
「アンナ焦るな! 離れた位置で捕まったら助けられない!」
まるで取り憑かれたように救助に没頭するアンナ。その背中を見失わないように鉄雄も駆けて行く。
平坦で変化の無い道を彩る白と灰色のレンガ模様。背後を見なければ無限に続いていると錯覚しかねない。
その途中アンナは足を止めて周囲を見渡していた。彼女は立つは十字路の真ん中。来た道を含め四つの道から映る光景はほぼ同じ、何かで遮られているのか妙に陰っており、似た距離の直進通路。そして全ての通路の先には部屋がある。
「いったいどっちに進めば?」
「ふぅ……落ち着け、まず地図を出すんだ。この状況を書いておかないと後で迷うぞ」
「でも! …………ごめん」
鉄雄は十字路の手前で動かずにジッと諭すような目で見つめれていた。
この道が帰り道。助けるのは大事、けれどダンジョンから全員で脱出できて初めて成功と言える。
その意図を理解してか、大人しく地図を取り出し書き込み始めた。
「気にするな。それよりも上を見てくれ」
「上? ──あっ! 沢山はりついてる!」
通路の天井に貼り付いているのは大量のツルやツタ。濃緑色で樹木のように固まったそれらは魔光石の輝きを遮るカーテンとなっていた。
「ここが各部屋から伸びて来た植物の合流地点だろうな……こうなってくるとどこから襲って来たか分からんな」
「それならまずは入り口からまっすぐ進も。ここをこうしてっと──よし! ついて来て!」
ペンで壁に「出口」と矢印を記し。道標を残し奥へと進む。その文字を見て鉄雄は「出口でいいんだよな?」とポツリと呟いた。
警戒心と淡い希望を胸に歩幅を大きくして進んで行く。落ち着いても急く気持ちは消えていないけれど、近づけば近づくほど天井や壁に張り付くツタの量が多くなり、嫌でも警戒が頭に浮かぶ。
(どいつが襲ってくるツルなのかわかりやしない……気が抜け無いな……)
予想と想像。目に映るもの全てが安全と望むのは甘え。襲われたという事実がより身を引き締めさせる。
緊張感を持って部屋の入り口に到達し、中を確認する二人。
「子供たちはここにはいないみたい……」
通路の突き当りにあったのは十八畳はある一室。他に繋がる道が無い行き止まりの部屋。しかし、特徴的な要素が備わっていた。
「部屋に中に堀? 見た感じ汚れて無いし水路の一部なのか?」
「それによく見て、床に水が落ちた跡が残ってる。あのツル達この水の中から伸びて来たんだと思う」
視線の先には真新しい床が濡れた跡。爆ぜたように水路から溢れた跡が荒々しく伸びて来たという証明。
「つまりあのまま捕まってたら水の中に落とされてたってことか……。俺が近づいて確認するからアンナは部屋に入らないようにな」
「わかった。後ろから見張ってるから安心して調べて」
鳥籠のように壁と天井に広がるツタ。入ったらそのまま閉じ込められそうな恐怖に唾を飲み込み足を踏み入れる。
恐る恐ると黒斧を構え、首を細かく振り視界を広げすり足気味に水路に近づき、落ちないように細心の注意を払い覗き込む。
澄んだ水が溜まっており。水面の境界線から伸びて壁と床に広がるツタ。アンナを連れ去ろうとした幾本もの脅威が潜んでいると懐疑心を煽る。
注意深く近づけば見た目以上の広さと深さ。大人も余裕で通り抜けられそうな程広い水幅。覗き込んでも先が分からない血の気が引いていく真っ暗闇。
(こんな中に引きずり込まれたら生きていられないんじゃ……)
呼吸が出来なければ人は死ぬ。絶対的な事実。簡単に想像できる窒息する苦しみの果てに待つ死。この水はそれを想起させた。
故に頭に浮かんでしまう。生きたまま捕まっている予想もこの道を耐えられた者だけなのではないかと。
「お先真っ暗でここから追いかけるのは不可能だ」
余計な言葉は言わず見たままの事実を伝える。主が無事を信じているのだからその想いを揺らがす真似はできる訳がなかった。
「じゃあ残り2つの部屋を調べにいこう。その前に先に記録してっ──と。うんいいよ」
「先に離れてくれ、念の為殿は俺が務める」
「しんがり? うんいいよ」
その後、残された二つの部屋を緊張感を持って調べても脅威は襲ってこず徒労となる。だが、成果は上々、下へと繋がる階段が蠱惑的に存在していた。両方の部屋に。二つの部屋の形は鏡で映したように全く同じで次に進む道も二つ。
「これはこまった」
「どんな構造か全然想像できないな……山の中に埋まっているってことは下に伸びてるのか?」
十字路の丁度真ん中で苦い顔を浮かべながら両者腕を組んでこれからの行先を思案する。
「時計の針に見立てて話すけど、6時が入口、12時が水路の部屋、3時と9時がどっちも下に降りる階段がある部屋、3も9も大きな違いは無くて、せいぜい張ってるツタの数が違うぐらい」
「その見方だと9時が多くて3時が少なめ。それ以外に大きな差は無かったな……」
錯覚とは言えないはっきりとした差。理由があると二人は考えるが、答えなんて分からない。
二者択一。二人いるからといって二手に分かれる選択肢は元より無い、それは両者理解していて言葉に出す必要も無い。明瞭な実力不足という壁。そして、片方を選べばもう片方を探索する時間が無いのも理解していた。
「ツタが少ない3時の方にいこう。少ないってことは安全だと思うから!」
「同感だな。行けそうな方を行くべきだ」
ツタの数=危険度と判断。
答えなど知らない二人が頼るべきは直観。
互いに頷き未知なる下層へと唾を呑んで足を踏み入れる。
予想通りに歓迎する螺旋階段の壁や天井にも広がるツタ。壁と一体化して灯りとなっている魔光石はツタが広がる過程で自然と侵食され影へと埋められた。
加えて足元の段差にも範囲を広げ自身の領域だと主張しているようだった。
「このツタってまだ生きてるのか?」
「多分……ほら見てツタに埋まった魔光石は全然光ってないでしょ? 魔力を吸ってるんだと思う。それって生きてるってことだから、ひょっとしたらわたし達がふんでることも気付かれてるかも」
「……けど、進むしかないんだよな」
「そういうこと……」
呼吸をゆっくり大きく心を落ち着かせながら一段一段降りていく。
避けて進むことなど不可能な程敷き詰められているツタ。踏まれた感触が信号となって襲い掛かる引き金とならないかという不安。
薄暗いが奇妙なぐらい一定の光量は得られていた。闇の恐怖を和らげ誘蛾灯のように奥へ奥へと引きずり込んでいくかのようだった。
「……けっこう歩いたと思うんだけど。このままじゃ地の底に到達してしまいそう」
「10分ぐらいは変わってない気がする……思ったんだけど時間ってどう判断するんだ? 時計とか持ってなかったよな?」
「そんなの太陽を…………あっ」
無意識的に顔を上に向け、石とツタの天井が視界に満たされると一気に青ざめる。
「ごめん! 完全に頭に無かった……」
時間が分からない。アンナには時計を持つという習慣も無ければ時刻という概念を理解したのはマテリア寮に着いてから。太陽の輝きと位置が彼女にとって時を知らせる標。その癖は時計を知った後も変わっていない。故にこの状況は想像することも無かった。
時間経過で明暗変わらぬダンジョン内。体内時計があっても狂いかねない閉塞感と静止感。習慣付けられた一日の行動。それがズレればストレスに繋がり自滅しかねない。
「俺も時計とか売られてしまったからなぁ。とりあえず先がどこまであるかわからないのは現実的な問題。最悪なのは食料が尽きて帰れないことだ」
取り乱すことなく冷静に現状を把握する。
ダンジョンに突入してから一時間以上は経過している。しかし、その事実を知る術は無い。
「うん、それはわかってる」
事前に用意していた水と食料は二人合わせて精々一日分。深層を目指す事など頭の片隅にも無かった。無理せずに「行けるとこまで行く」で準備をしていたから当然である。日を跨ぐ状況に陥ったにしても村に泊めてもらうかダンジョン近くで野営することを視野に入れていた。
「だから、食料に手を出したら撤退しよう。例え子供達が見つからなかったとしてもだ」
「でも……! これは時間との戦いでもあるのよ明日まで持つかなんて──」
黙って首を振る。主人であっても意見を通す訳にはいかないと決意ある瞳で強い意志で拒否する。鉄雄本人の意志に加えて使い魔としての最優先事項「主を守る」が併せて遂行されている。生死に関わる問題故にこれを破るには理論的にも精神的にも納得させるしか方法は無い。
「……正直言うとな俺は怖いんだ。ここに来る前は未知の景色を見れるワクワク感があったけど、子供が行方不明になってる。アンナも目の前で連れ去らわれそうになった。今は運良く助かってる。次に何かやって来た時助かるかわからない。それに一番嫌なのは、俺だけが無事でアンナに何かあることなんだ……」
震えが混じる本音。心臓が強く波打ち恐怖に抗っていた。自分だけが安全。それは状況によっては最も苦痛な仕打ちとなる。仲間や家族が酷い目に会っているのに自分だけが何もされずに安全でいられる。まともな人間なら罪悪感で耐えきれない。
「斧の力があればだいじょうじゃ──」
「都合の良い力じゃない! 自分達の力じゃない扱えてない力に頼る時点で不安定すぎる。そもそも俺達はここで「どこまで通用するのか?」「この斧にはどれだけの力があるのか?」っていうのを知りに来たはずだ」
「それは今も同じじゃない! わたし達の実力を試す目的と子供達を見つけるのが重なっただけ。やることは変わってない!」
「なら、危ないと思ったら気兼ねなく撤退できるか?」
「っ!? それは……」
危険であれば退く。当たり前だが重要な危機管理、危険予知能力。
自分の不足点、未熟点それらを認識し反省し、次へと生かす。失敗は成長のチャンス。
しかし、今の二人は未熟点も不足点も理解した状態で先へ進んでいる。同じ成長のチャンスであっても支払う対価は自身の命と言っても過言ではない。
一度目の失敗は奇跡的に助かった。それを実力と過信して進めば二度目の失敗は必然の天罰。
「俺だって子供達を見捨てたくはない。でも、俺にとって一番大事なのはアンナなんだ。このダンジョンのどこにいるかわからない、どれだけ奥に続いているのかもわからない。脅威に対応しきれる実力も無い。甘い考えで無駄死にだけは絶対になっちゃいけない」
「……わかった。本当に危ないと思ったら脱出する」
「アンナ……!」
安堵する鉄雄と唇を噛んで提案を受け入れるアンナ。納得はできていなくてもそう口にするしかなかった。自身の力で解決しきれる事柄ではない。斧の力が無ければもう終わっていたかもしれない。
未熟な自分にやつ当たりするように壁に張り付くツタの一部を握り潰した。
同日 9時40分 ???
「主様、2人がダンジョンに突入したことを確認致しました」
ニアート村、ダンジョン近辺の森に潜む1つの影。気配を断ち木の上に潜み、迷彩模様のローブを被り自然と一体化していた。
「お前は1時間程経過したら突入しろ。目的達成後は眠らせてから村の近くに安置するんだ。決してアンナには気取られる事のないように」
「かしこまりました」
水晶玉を利用しハリーと連絡を取り合う人物は、彼が闇の中で命令を告げた者。彼の命令を忠実に実行する優れた僕。
主の世話をする使用人であると同時に主に降りかかる凶刃を事前に砕き、虚妄を吹聴する愚者の口を塞ぐ。その為に存在するクリスティナ家の懐剣。
村に訪れていた失踪事件など知っていても粗末事。主の責任が無ければ払う火の粉ではない。
最優先は主の命令を一抹の失敗を残さず完璧に遂行すること。
指示された時間が経過後。音も無く地面に着地し木々の隙間を縫うように進む。
(……村で何かあったか?)
突入を実行する直前、村に広がる異変。歓喜にもとれる叫びに足が止まった。王国東端に位置するニアート村。ダンジョン出現の異変はあれど人の声より木々の揺らめきが大きい村。予想外の変化に純粋な疑問が湧く。
失敗は許されない、忠誠心に駆られて任務遂行に支障がでないか確認の為、再び木の枝に体を預け、望遠鏡を村に向ける。
開かれる村の門。一つの集団が姿を現す。油断は無かった。気は抜か無かった。顔も体も隠れている。気配も隠していた。
視線の先に映った勿忘草色の髪色が揺れサファイアの青い瞳がこちらをハッキリと向いた。ライトニア王国民なら誰もが知っている姿。
突き刺さるような圧力と死神に肩を触られたかのような悪寒に最優先事項が塗り替えられた。
「──主様、失敗です」
「何!? どういうことだ?」
自分は存在していないと消えていると決めつけるかのように痕跡を残さず、追跡が困難な道を木々が自身を隠す道を選びふもとに向けて走り抜ける。村から距離を取らなければならない。足を止めたら終わり、気取られたら終わり、達成は不可能。忠誠心に救われた。
もしも振り向かずに進んでいれば最悪の形で任務が終了していた。そんな未来が簡単に確定していた。
主に泥が掛かる可能性よりも、自身が泥に被るだけで済む。同じ失敗でも重さがまるで違う。
「レイン・ローズ」
その一言を告げると通信が切断。口に出せる言葉の限界。
「何だと……? 調査依頼も調査嘆願も話は無かった。来るはずが無い……それにレインだと? ありえん……」
その場にいなくてもこの異常性はすぐに理解した。
ライトニア王国最強の騎士「レイン・ローズ」彼女が宛がわれる任務は普通の騎士では対応できない危険性が高く、少数精鋭に適したものが殆ど。新発見のダンジョンであってもその刃は過剰すぎる。
「ご主人様、緊急連絡が届いております」
「誰からだ? ……まさか!?」
「クラウド陛下からであります」
ハウスメイドより渡される通信用の水晶。
名前を聞いた瞬間全身から嫌な汗が溢れはじめた。昨今大きな政治は行っていない。滅多なことで連絡は届かない。
頭に浮かぶ「どこまで知られた?」「こんな粗末事に王自ら?」「異世界人だからか?」「穴は無かった」「誰も知らない」「問題は無い」といった自分を安堵させる言葉。
汗とおなじように不安と焦りが流れ続ける。椅子に腰をかけていなければ尻餅確定する程足元が歪み始めていた。
「ハリー・クリスティナです。ご用件は何でしょう陛下」
走馬灯のように思い出される若い頃に無茶していた時と同じ心臓の高鳴り。平静を装っていても特定の言葉一つで壊れかねない泥の仮面。まだ巨獣と対峙していた方が生きた心地をしていた。
「簡潔に述べます」
息を呑む。
「『惨劇の斧』調査の為にダンジョンの捜査を実行させていただきます」
「……『惨劇の斧』!? ごほっ! ごほっ! ……失礼しました続きを──」
予想外の言葉に素っ頓狂な声が出てしまう。
「ええ、『魔喰らいの棺』より『惨劇の斧』が盗まれ、ライトニアに持ち込まれた可能性が高く、手にした者がダンジョンで身を潜めていると判断しました。緊急性も高く強制捜査の形を取らせていただきます」
合点がいった。レイン・ローズがなぜ現れたのか。
自身の汚点が無いことに安心し、大きく息を吐く。仮にレインに鉄雄とアンナが出会ったとしても問題は無いと判断する。何も無いのだから。この情報も今知ったのだから。
無論『惨劇の斧』の存在は知っている。自身の領地にそんな代物が存在することの方が危機とも言える。最悪爵位剥奪の被害が起きても不思議じゃない案件。
「了解しました。かの武器が持ち込まれたとなれば私個人の意見など粗末事。ですが1つお伝えを。マテリアの学生と使い魔の2名が先に探索しているので賊と相違せぬようご注意願います」
反骨心を粉粒程でも見せれば波紋を導く可能性。だからこそ素直に首を垂れる。
「なるほど、伝えておきます。ではこれにて失礼を」
消灯した水晶玉に映る緊張しきった顔が緩まる表情の流動。
「ふぅ……」
生きた心地がしなかった。手元の水晶玉が輝き新たな連絡が届き、心臓が高鳴り意識が引き戻される。
「主様、安全地帯まで離脱できたため連絡させていただきます。……主様?」
山を下り、川を越え、森へと身を隠し、ようやく連絡を行えた。過剰ともとれる逃走であってもそれが適切だと肌で理解していた。
「戻ってこい。陛下からの勅命で彼女は動いている。今回はどうあがいても不可能だ」
「かしこまりました」
通話直後、滅多にかかない玉の汗を拭きとり安堵の溜息を深く深く吐いて椅子に体を預けた。
同日 10時45分 ニアート村
(今誰かいたような……)
開かれた門偶然目を向けた。その時に感じた僅かな敵意と警戒心に気付いてはいた。
だが、今彼女は動くことができない。
「おお! まさに天より遣わされし救世主じゃ……!」
「こんな村の願いを聞き入れてくださるなんて」
「『王の懐剣』! 『氷結の薔薇戦乙女』!」
「討伐部隊じゃなくて調査部隊!? でもレイン様がいらっしゃるなら問題無いわ!」
喜々として喜ぶ村人に囲まれ。予想もしていない熱烈な歓迎に戸惑う最強の騎士を含む調査部隊。
「一体何があったのですか?」
「おや? 書簡を送ったのですが目を通しておられませんか?」
「いや待て村長。配達し始めたのはほんの3時間ぐらい前だ、届いているかも怪しいぜ」
「では何故この村に?」
通信具は存在しているが全ての村に配置されている訳では無い。村人達にとっては仕事が早いように見えるが、現実は彼女達が現れたのは全くの偶然である。
「ダンジョンの調査を命じられましてね。構造やマナ・モンスターの数にもよりますがしばらく区お世話になるかと」
「おお、その程度のことお気になさらず。ですが、是非ともお願いしたいことがありまして。実は――」
村に起きた出来事を聞き、この騒ぎように納得する。
門を抜けて林道の途中まで離れ、彼等から聞いた話をまとめ。レインは共に今回の任務を受け持つ二人の仲間と相談する。
「さて……本来なら『惨劇の斧』の調査が目的だが、子供達の救出を優先したいと思う」
「流石はレイン隊長! そう言ってくださると信じておりましたぞ!」
胸を張って賛成するは『ゴッズ・ゲンド』。大柄筋肉質の男。背中にあるのは巨岩をも切り砕けそうな身の丈程の大剣。魔力至上主義の世の中で岩石のような肉体へと鍛え上げた稀有な男。故に単純な力勝負でならレインを上回る。
彼には五歳となった娘がおり。目に入れても痛くないと言ったレベルで溺愛している。故に村人達の気持ちが痛い程に分かってしまう。
「はぁ~めんどくさ……。ただでさえ危険な斧の捜査任務なのに、追加で救助任務? そんな余裕は無いっていうのに」
気だるげに答えるは『キャミル・スロース』。アンナと変わらない身長に加え、筋肉の薄い貧弱な肉体の金髪メガネ少女。だが、圧倒的な魔力を有する魔術士。魔力量と魔術の腕前でならレインを凌ぐ実力者である。普段はめんどくさがりで運動嫌いだが、知識も深く頭の回転も速いので調査部隊の頭脳担当としての役目を担っている。
「何を言う! 子供は未来の宝! ここで退いたら調査部隊の名折れではないか!!」
「冷静になりなさいよ、状況的に厳しいのよ。食料や武装が万全でも前情報は0。あんたも知っての通り、どこにいるかも分からない人を探すのは困難極まってるのよ。それに道を作りながらの探索。生きてるか死んでるかも分からない。捕らわれているのか動いているのかも。挙げればキリがない」
「むぅ……すまぬ……」
数ある障害となる要素を挙げられ冷静になる。これから向かう先は何も分かっていない迷宮。どんなに入念な準備をした実力者でも足をすくわれ命を落とすことも珍しくない。
「でも、ダンジョン探索を行うことに変わりは無い。どうやら状況的に救助することが賊の捕獲に繋がるとみて良さそうだ」
「どゆこと? ……あ、そいつらもダンジョンのギミックに襲われてるかもだから子供達のついでに見つかるってこと?」
「正解。何が原因で帰っていないかは不明だけど、罠が原因なら同じ場所に囚われている可能性もある。根気よく調べれば――んっ?」
制服のポケットに閉まっていた通信の水晶が熱を帯びて輝き。通信が繋げられたことを知らせる。
「レイン。伝えておくことがあります」
「どうなさいましたかクラウド王?」
「探索の許可は下りました。なので遠慮せずに向かってください」
「了解しました」
「それと、マテリアの生徒とその使い魔の2名がダンジョンの探索を行っているようです。賊と間違えぬよう注意を。連絡は以上です。ご武運を」
「連絡、感謝致します」
輝きは収まり通信は終了する。王の太鼓判を得たことで意気揚々と進む気持ちが後半の情報によって焦りが湧いてきていた。
「…………どうしよう。この状況で突入していたら絶対に巻き込まれている。救出対象としなければ」
「村の連中は誰も話題にしてなかったわよ? 何かの間違いじゃないの?」
「まだ到着していないのではないでしょうか?」
マテリアの生徒。すなわち錬金術士の卵。国の未来を担う者。騎士が守るべき対象の上位に位置する存在。錬金術士の素材採取に同行の依頼を受けることも多い。
「どうだろうか……講師同伴ならありえるだろうけど、生徒と使い魔。遅く来るとは思えない。真っ先に足を踏み入れてもおかしくない」
「確かにそうですな。しかし、誰も口に出してないということは相当朝早く突入したのでしょうな」
「賊と子供とマテリア生徒……探すの多くて頭痛くなってきそうよ。狭いダンジョンならいいんだけど広ければ地獄よ。最悪全員死んでるか、捕まってるかのどっちかじゃないの! 部屋でのんびりしてればよかった……」
悪い想像が湯水の如く湧いてくる。最初に与えられた任務だけでも危険度は高い。加えられる子供達の捜索救助任務と錬金術士の捜索任務。
情報共有も行えず、先に突入している二人も子供達の捜索に一役買っているとは知る由も無く。救護対象と判定する。
「とにかく遂行することに変わりはない。ライトニア王国騎士団調査部隊。久々の高難度任務といこうか」
「はい!!」
「は~い」
凛とした表情と軽い足取りでダンジョンに踏み入れるレイン。その瞳に迷いも緊張も無い。降りかかるであろう脅威など彼女にとっては児戯に等しいのだから。




