第20話 本心ともしも
脅すような言葉にゴクリと大きく喉が鳴る。これまでのは取材のスパーリングだと言う訳か。
「──あんたは最前線に1人で戦わされていた、その時どう思っていた? あんたも騎士だが新人、この国に来て1年も経ってない、あの場に立つ心なんて無かっただろう。なのにどうして死の間際まで戦った? 教えてくれ──」
本当に内臓を抉るような強烈なのが飛んできた。目も声も真面目な本気の──
この人が最も聞きたかったことがこれだと感じ取れた。
何故、たった一人になってもアメノミカミと戦ったか。傍から見れば無謀でしかない戦い。例えどれだけ凄まじい力を持ったとしても、相手は自然現象とほぼ変わらない。人間が勝てる訳がない相手。
結果としては俺も死にかけた事実がある。だから聞きたいと思ったんだろう。
「……俺がいた世界にこんな言葉があります「義を見てせざるは勇無きなり」って」
「聞いた事が無いな……」
「正しい事だとわかっていながらそれをしないのは勇気がないからだ。という意味です」
「ほう……いい言葉だ」
だから、世界を越えた今でも頭の中に残っている言葉なんだと思う。
「……俺はあの時、戦うつもりなんて微塵も無かった。いざとなったらアンナを連れて逃げればいい。そんなことを考えてました」
「賢い選択だ。誰も責めないだろう」
「人間死んだらそこで終わり。自然と分かるもんです。でもですね……年端も行かない女の子が、フェルダンを盗んで外に駆け出して行ったんですよ。以前の戦いで雨恐怖症の兄の為に……アメノミカミを倒せば兄はもう怖がることはないだろうって」
「…………」
「怖かっただろうに……その姿を見た時、俺は何をしているんだろうって思ったんです。惨劇の斧と呼ばれる程の力を持っていながらアンナを盾にして保身に走った自分が、どんなに惨めで情けなく見えたか……この子を前にして同じ事を言えるのか? って」
あの子の姿は誇り高く、自分が捨てたモノが目の前にあった気がして、目を逸らしたらもう二度とこの道は見つけることはできないと思ってしまった。
「自分で理想の自分から離れるような真似はこれ以上したくなかったんです」
子供の時に想像した理想の大人には俺は成れなかった。年を重ねていく内に忘れてしまっていた。忘れた事も忘れていた。二度と見つける事は無かっただろう。
それがあの日あの時、目の前に現れた。子供に教わった、見せつけられた。
あまりにも純粋で、どんな花よりも脆くてどんな宝石よりも美しい。
正義なんて言葉で片付けられない、優しさ、親愛、勇気、人の善意。どれでもあってどれかに絞れない。損得なんて考えて無い、自分がやると決めたからやる。そんな覚悟も映っていた。
あの輝きをもう一度自分の手にしたかった。
「……テツが変わったのはあの子がきっかけなのは分かってたけど、そこまで思ってたんだ」
「その子は誰なのか話せるか?」
「話せませんよ、流石に耳に届いたら恥ずかしいですし。それに、書かれることが良い方向に行く気がしないので」
ジョニー・ガイルッテの妹、ラミィ・ガイルッテ。まだ十歳ぐらいの縁もゆかりも無い少女の姿に俺は憧れた。その輝きを曇らせてしまう可能性は摘んで置きたい。
……これは俺の自己中心的な我儘。何も知らせないのが彼女の為になると信じている。
「分かった──けれど、納得できた。ずっと気にはなっていたんだ。使い魔になっただけであそこまで戦うなんて考えられなかったし聞いた事が無かったからな」
「本当にねぇ……テツがいなかったらどうなっていたのか……こんな風に取材って言うのも無かったと思う」
「それを言うならアンナが俺を拾ってくれたから今があるんだ。俺がいたからってこの状況は作れなかっただろうな」
物事って言うのは本当に連鎖的に繋がっている。たった一つの小さい言葉でさえも未来では東と西に歩むようにまったく違う道に続いていたりする。
「競売所でその日最低価格を叩き出した男。それが鉄雄だったな……記者として真実が1番大事だが、「もしも」っていう想像は嫌いじゃない。これはオフレコにするが、もしも彼女が購入していなかったらどうなっていたと思う? まっ、お遊びだと思って気楽に答えてくれや」
もしもアンナが俺を買ってなかった未来か……。
お遊びとはいえあまり考えたくない状況だな。だけど、普通にありえた可能性だった。
「……もしも。もしも俺がアンナに拾われてなかったら俺はこの国にはいなかったでしょうね……誰にも買われず競売所の牢屋に戻されていたはず……でも、あの時点でレクスはこの腕にあった。だからあそこから脱出するためにレクスの力を使っていた……その先は……」
「その先は……?」
「想像できないですね! ライトニア以外全然詳しくないんで。別の国行ってるかも野垂れ死んでいるのかも謎に包まれてますね」
この国にはいない。それは絶対に確定している。再びあの檻には入ることは避ける、誹謗中傷に耐えられない。だから遠く遠くへと逃げる。
加えてレクスとの付き合い方も今と違うだろう。黒い斧のままのはずだ。
願うべきは力に溺れて人を殺める事態に陥っていないことだ。
「セクリに会うこともないよね? テツがいないとセクリの封印って解けないんじゃないかな?」
「あぁ~……確かにボクは今も封印されてたままかも」
「確かアンナちゃんはテツオで入学試験に合格したけど、その線が無くなる訳だから……まさか?」
「うぐっ!? だ、だいじょうぶだって! わたしなら何とかしてるはずだって! ……多分」
マテリアに入学できていない可能性もある。とレインさんは考える訳だ。
当の本人も不安そうに狼狽えているが大丈夫だろう。それは俺が一番よく知っている。決めるべきところでは決めているんだからありえない。
──あれ……? つまりそれは俺以外の誰かがアンナの使い魔になっている状況という訳だ。
知らない何かがアンナの剣となり盾となっている……共に過ごし、信頼を積み重ねる……許されないのでは? アンナの隣には俺がいるべきではないのか?
こんなの脳が破壊されてしまう!
「まあ、今が一番綺麗に収まってるでいいんじゃないか? 俺はアンナの使い魔になれたことを誇りに思ってるし!」
「テツ……!」
「うんうん。二人が出会ってボクもここにいるんだし。これが1番だって!」
そう、これが1番だ。これ以上の今は存在しないだろうな!
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