第18話 広がる名前
~調査メモ~
テツオとアンナは毎朝一緒に出勤登校している。
6月25日 太陽の日 11時40分 王城役所
王城一階は役所の機能も有しており毎日大勢の人が申請書や登録といった書類を提出している。
普段は静謐な空気に包まれた穏やかな空間が、今日は荒々しい声が飛び交い、その場にいた人々に緊張を強いていた。
「カミノテツオを出せっ!!」
「レイン・ローズでもいい、彼について説明してもらいます!」
「しょ、少々お待ちください!」
慌てる職員に詰め寄る怒りの形相の男女二名。鬼気迫った様子に今にも暴力に訴えないかねない勢いである。
そこへ一人の男が怒りに水を差すようにやってきた。
「そんなに怒りを露わにして一体何があったんですか?」
「その恰好……あんたも騎士だな? いいか、あんたん所のカミノテツオがうちで無理矢理娘に手を出そうとしやがった!」
「こちらでは依頼を前金だけ受け取って期限になっても達成されず逃げ出されました! 詐欺ですよ詐欺!!」
「……そんなことを!? 本当の事なんですか!?」
神野鉄雄が婦女暴行に詐欺行為を働いた。疑いようの無い犯罪行為に耳を疑ってしまう。
二人の表情は真面目そのもの、虚偽でも冗談でもない。現実にそれが起こってしまった。
「ああ、つい先日のことだ……うちは北で宿屋兼食堂を営んでいるんだが、そこへカミノテツオがやってきた。国を救った英雄だっていうのは知ってた、英雄様がうちに来て満足してくれたとありゃあ箔になると思って力を入れたら調子に乗って娘に手を出そうとしやがって……! おまけに脅迫に食い逃げだ! どんな教育してやがんだここの騎士団は……!」
「相当酷いことをしでかしてますね……」
「こっちも酷いものです!! 私はヴィント冒険者組合で受付をしていて、基本的にあなた達騎士では処理しきれない依頼をこちらで請け負っています。そこで前金も支払われる程の凶暴な魔獣討伐の依頼が出ていました。その依頼を手にしたのがカミノテツオです。「騎士団の給料じゃやっていけない」という話で受けに来たと。実力は分かっていましたし所属も住所も知っていますので受領しましたが……結果は期限切れ! 魔獣の被害が出ただけじゃなくて組合の評判も落ちましたよ!!」
言葉の端々が荒々しく、受付のテーブルを指で叩きながら苛立ちを露わにしていた。信頼で成り立つ部分が大きい冒険者組合。この被害で依頼者の低下が容易に想像できてしまう。
「偽物なんじゃないですか?」
「いや間違いないね! 奴は自分でカミノテツオだ。って名乗った上に魔力が無かった! それぐらい俺にだって見極められる。加えて斧を持っていた!」
「ええその通りです! そうそう別人が成り代われるものじゃありませんよ! 「アメノミカミと戦い、王城を守ったのが俺だ!」と声高らかに言ってもいました!」
別人では無かったと豪語する二人。
その証拠は神野鉄雄である大きな要素。魔力が無い、破魔斧を所持しているということ。そして男。見極めるにはそれだけ十分だと言わんばかりに。
「何の騒ぎだい?」
「あっ! レインさん! あなたの所のカミノテツオが詐欺を働いたんですよ! 被害は私のところでけではありません! どういう教育しているんですか!?」
「そうだそうだ! あんたが隊長で教育係なんだろ! さっさと呼んで来い!」
レインは憮然と目の前の状況を観察し、呼吸を整えてから口を開いた。
「テツオがそんなことを……それは本当なのか?」
「冗談でここまで来やしねえ! 娘に酷い事されかけて黙る親はいねえ!」
「本当なのか……?」
「いやだから──ん?」
レインの瞳と言葉は真っ直ぐと一人の男に向けられていた。
釣られるように二人の視線はその男に向けられる。先程から話を聞いていた男に──
「……そんな暇はありませんでしたよ。俺も話を聞いて驚いたぐらいです」
「まさかてめえがカミノテツオか!! よくも娘を……を──?」
男は反射的に鉄雄の胸倉を掴むが、疑問と矛盾がすぐさま浮かび上がり力はすぐに抜けて放してしまう。
記憶の人間と余りにも異なっていたから。
「どういうことですか!? 彼が本当にカミノテツオなんですか!?」
「彼が正真正銘カミノテツオだ。ただこの状況は何だい? テツオを出せと言っているのに、目の前にテツオがいて何の冗談かと思ったぐらいだ」
本人が隣にいるのに出せと声を荒げる二人。調査部隊で活動している中でも初めての経験であった。
「初めまして、カミノテツオです」
しっかりと挨拶をする鉄雄を前に二人は呆気に取られた顔で頷くことしかできなかった。
「……なるほど、テツオの名を騙って詐欺を働いていたということか」
「どうやらそのようです。話を聞いてて俺もどうすればいいか分かりませんでしたよ……」
俺の全く知らない所で俺が何かをやったという話を聞かされて、正直頭の中が混乱した。すぐに偽物だって判明したからよかったものの、俺に濡れ衣を着せられる羽目になってたらどうすればいいかサッパリだったぞ。
「なあ、本当にこいつが本物なのか? 英雄だなんて持て囃される品格全然感じねえぞ?」
「確かに騙しに来た男達の方がまだ、何というかいやらしさというか力を持っている雰囲気が出てましたよ」
「ちなみに君達が出会ったテツオの偽物はどんな姿だったのかな?」
「身長はそんなに変わってないですけど、もっとキツネみたいな顔でした、髪色は同じ黒でしたけど今思えばあれは染めてるような……」
「こっちで見たのはタヌキ顔で少し太ってたぜ、だが弱そうな印象は無かったな」
どうやら俺の姿は全然知れ渡ってないようだ。人相書きはあったみたいだけど、騎士団の中で完結してそうだし、スマホやテレビがないこの世界で姿形を大々的に教える方法なんて殆どないんじゃないか?
そうなると名前と何かしらの説得力があれば騙せてしまう訳か……国の代表クラスならいざ知らず急に名前だけ目立ち始めた俺はカモでしかないということだろう。
「好き勝手言われるのも癪なんで、俺が本物かどうかはコレを触ればすぐに分かりますよ」
「まさかコレは!?」
「破魔斧レクスです。側面を触るだけで魔力を奪う感覚を味わえますよ」
そしてこれが俺の証明書。何だか悲しくなるな……少しは成長できたかと思ったがレクスがいなくなれば俺は消えかねない存在感。親しい人達だけに俺を理解してもらえれば幸せだけど、偽物が名を騙る状況となるとそうも言ってられない。
「うお!? 何だこれ!? これが本物の力!?」
「興味深いですね……! 最初からこれで確認してれば良かったですよ……」
「俺としてもこれは早く解決しときたい問題です。被害がどんどん増えていく可能性もありますし、最悪アンナの評判にも響きかねません」
「それだけに収まらないかもしれない……今はまだ自国内で済んでいるが、もしも他国で同じことをされたら、これ好機にと難癖を付けてくることもありえる。テツオの姿を周知させる必要があるな」
「…………! それって新聞か何かで写真付きで配布することはできませんか?」
今、天啓とも言える素晴らしい策が降って来てしまった!
これが上手く行けばとんでもなくアンナの役に立つ事ができる。
「なるほど、それはいい案だ! 国から正式に新聞社に依頼すれば断られることもないだろう。早速王に許可を取ってくる。君はここで少し待っていてくれ」
「了解です!」
なんて、ただ待っている俺じゃない。理想的な成功の為に俺は身に付けている黒いスカーフに触れる。
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