第16話 お土産
6月25日 太陽の日 10時00分 クリスティナ本邸前
「うぅ……まだ帰りたくない……」
「ほら、そんな不貞腐れたような顔で別れるのはよくないだろ? 今生の別れじゃないんだから、ほらテリー君が不思議そうに見てるぞ」
「わかってるけどぉ~……」
サリーちゃんとテリー君に縁が結ばれたのが相当嬉しかったのはいいが、入れ込み過ぎかもしれないな。ただまあ無理も無い。ずっと求めていたであろう家族の絆、それが新たに紡がれた。
大事にしたくて当然だ。例え一時間もかからない距離だとしてもだ。
「お世話になりました。託されたレシピを極めるよう尽力していきます」
「アンナ様を健康面でも精神面でも支えることに手を抜かないように」
「託した物が役に立つ事を祈っておるよ」
「必ず」
胸の内ポケットにちゃんと筆が入っていることを確認する。よし、今一番大事な物は所持している。これが夢を叶える為の『鍵』いや『羅針盤』になる。早いところ安心安全な場所に保管しとかないとな。
「またねお姉ちゃん。来年になったら私もマテリアに入学するから待っててね」
「──えっ! そうなの!?」
「うん。お姉ちゃんのおかげで錬金術士の道も拓けたから、お姉ちゃんみたいな立派な錬金術士になる為にマテリアに行くことにしたんだ。もっともっと沢山の道具を作れるようになって驚かせてあげるから!」
「なら、逆にサリーを驚かせるぐらいお姉ちゃんも負けないように色々できるようになっておくから期待しててね!」
「全力で追いかけるから──」
「待ってる」
従姉妹の二人が交わす握手と決意。何て爽やかで煌びやかなのだろうか。これが青春か……
「それじゃあ行くよ2人共! マテリアへ!」
「ああ!」
「うん!」
──なんて綺麗にその場を後にできたと思ったのに……。
「はぁ~……あの家から通えたらいいんだけどなぁ~」
帰りの馬車でこんな愚痴を零すと来た。
「いやぁ、登下校の時間が歩いて5分で済むって相当便利だぞ?」
「それでもサリーやテリーといっしょに住めるんだよ? 毎日いっしょに食事をしてお風呂に入ったり錬金術の勉強をする……想像しただけですごく楽しそうなんだけど」
アンナにとっては理想かもしれないし叶えるべきかもしれないが。俺はあの家に居場所が無いと思う。というか、位置的に困る。
基本的にアンナは王都の中、それもマテリアか寮にいる。俺も騎士団本部にいる。何だかんだで距離が近い、何かが起きればすぐに駆けつけられる距離にいる。
だけどクリスティナ家が拠点になると、王都の高い壁を隔てることになりかねない。破魔斧は騎士団の監視下にあるっていう状況が色々と重要だから、俺も合わせて騎士団本部近辺にいる必要がある。
アンナの近くにいるために破魔斧を手放したら守る力を失う。本末転倒、都合が悪すぎる。
「サリーちゃんがアンナに求めているのは甘やかしてくれる姉よりも立派で頼りになる姉だと思うぞ? たまに会うから嬉しいってのもある。毎日ベタベタされると逆に嫌がられるぞ?」
「ボクとしても寮で学びたいことが沢山あるから困っちゃうなぁ。それに来年になったらサリーちゃんも寮通いになるんじゃないかな?」
どうやらセクリも俺と同じ気持ちのようだ。あの家もこれ以上使用人が必要無い場合セクリはどうなってしまうのか? という不安があるのかもしれない。マテリア寮にセクリ個人で就くことができるのかも怪しい。
「2人してそういうこと言うんだ……まぁ、それを叶えるのはお父さんを見つけてからかな? しょーがないからこの計画は白紙にしとくよ。でも、無理しなくても会えるのがわかったから今はいいかな」
思い付きの冗談としては俺達にとっては冷や汗物だがな。
同日 10時50分 マテリア寮
「よし……! ロドニーさんの筆はここにしっかりとしまっておくから。二人共忘れるなよ?」
レクスや勲章がまとめてある飾り棚、そこに父さんの筆が小箱に入って新しく置かれた。うん、しっかりと確認した。けど──
「テツの部屋でいいの? お父さんの物だからわたしの部屋でもいいけど」
「テツオの部屋ならそんなに物が置いてないし、移動したらすぐに分かるからいいんじゃないかな」
「これをしっかり守るのも俺の役目だ。見失って一喜一憂する事態になるのも無意味だからな、アンナは安心して錬金術に集中してくれ」
嬉しいことを言ってくれるけど何だか裏があるような……
「もしかして何か気を使ってる? たとえばわたしの部屋が汚い──」
「さてと! 俺はこれから仕事に行って来る。とんだ重役出勤だけどな!」
「部屋の掃除も終わったしボクは他の仕事してくるね!」
「えっ! ちょっと!?」
逃げられた!!
「そんなに汚いのかな……テツの部屋よりも物が多いのは確かだけど……」
でも棚が埋まってるからなぁ。変なところに置いて探すことになるよりもここの方がいいかな?
と、そんなことを考えていると。
コンコン──とよく響く音が聞こえて来た。
「は~い! 誰?」
「アリスィートよ。アンナ、今いいかしら?」
「アリス!? わたしの所に来るなんてめずらしいこともあるんだ」
ドアを開けると大小二つの紙袋を抱えたアリス。何だか甘い匂いもする。
「渡す物と話す事があるからよ。上がってもいいかしら?」
「いいよいいよ遠慮しないでいいよ」
「おじゃまするわ。昨日もここに来たけど留守にしてて驚いたわ、謹慎は確かに今日からだけど反省の意を示しておかないと怒られるわよ」
「それはごめんね。昨日はお父さんの家に行っててお爺さんや弟妹に会ってたんだぁ」
「実家に帰省とは中々大胆な事してたのね……そういえば使用人の、セクリさんはいないの? 手土産にお菓子を持ってきたけれど」
「セクリは別のお仕事中。テツも騎士団本部に向かったからわたしだけ」
「そう……なら私がお茶を淹れるわ」
ズンズンと迷いなく台所に入ろうとする。
「あっ! アリスはいちおうお客さんだからわたしが用意するよ」
「いえ、あなたお茶の作り方全然嗜んでいないでしょう?」
「ぐぅっ!? 確かにそうだけど」
耳が痛い! 村でもお茶を飲むことは多かったけど、セクリがやってきてから作法というかおいしい淹れ方を知った。今まで飲んでたのはただの葉っぱの煮汁だった。
苦いだけじゃないというのはこっちに来てからだったなぁ……。
「それにこのお菓子に合うお茶は私が1番知っているのよ、大雑把に作って格を落とさせるのは私の主義に反するわ。だからこれは私がやりたいからやっている。あなたは座って待ってなさい」
「はぁ~い……」
そう言われたらわたしは情けなく引っ込むことしかできない。料理はある程度できるけどお菓子とかお茶になると計量が面倒になって頭が拒否してくる。細かい作業は調合だけで勘弁してほしい。
初めてここの台所を使うはずなのにセクリと変わらない手付きで綺麗な水をやかんに入れて火にかけて茶器がある場所に手を伸ばしてた。他の部屋も同じ形で造られてるのかな? それに皆似たような所に物を置いてるってことなのかな?
「お茶のカップは誰が何を使うか決まってるの?」
「どれも同じ形だし特に決まってないよ」
「個人で気に入ったのがあった方がお茶も楽しめるわよ? え~と、茶葉は……ローズ、アップル、ミントーン、ザクロ、カラフルベリー……思ったよりもあるわね、痛んでも無さそうだし、ちゃんと用意されてて安心したわ。まぁあなたが買ったのじゃなさそうだけど」
「ほとんどナーシャが持ってきた物だったかなぁ? お茶を買ったって話は確かにしなかった気がする」
テツはたまにお菓子を買ってくるけどお茶を買ってきたことないし、セクリもお菓子作ってくれるけどお茶を買ったなんて話はなかった。
「ナーシャね、確かにあの子なら自分で栽培もしてるから余ってはいるでしょうね。淹れる技術なら使用人とそう変わらないんじゃないかしら?」
「へぇ~確かにわたしもナーシャの淹れてくれるお茶好きだからなぁ。初めて飲んだ時頭が混乱したのを覚えてるや」
「錬金術士だからって変な物入れたんじゃないでしょうねあの子?」
セクリと同じやり方でお茶を用意してくれて、お皿にお菓子も移してくれて……。あれ? アリスって貴族のお嬢様っていうのじゃなかったっけ? こういうことってあんまりしないんじゃないのかな?
「待たせたわね」
「ありがとね。あっ! このお菓子って確か……マドレーヌだ! 前セクリが作ってくれておいしかったやつだ!」
「そう……あの人も前作ったんだ」
貝の形をしたお菓子ってテツは言ってたけどわたしが知ってる貝とは形がぜんぜん違ってるんだよね。まぁおいしいから形なんて気にしないけど。
「う~ん、いい感じに甘くておいしいね。それにちょっとすっぱいお茶とよく合う……どこで買ってきたの? 貴族専用のお菓子屋さんとか?」
「……私が作ったのよ」
その言葉にマドレーヌとアリスの顔を何度も見比べた。
アリスが? これを? セクリよりもいい感じがしたこれを?
嘘吐いてる様子なんてない。間違いなくコレを作ったんだ……あっ、だから合うお茶を1番知ってるって言ったんだ。なるほど納得。
「お菓子作るの好きなんだ?」
「っ──! それよりも! 本命はこっち!」
赤い顔をしながら叩きつけるように取り出したのは──
「宝石? 綺麗な青色してる……これは何?」
「簡単にいえばアメノミカミの結晶。あの場に残されていた唯一の戦利品。あなたが持つのが相応しいと思ってずっと持ってたのよ」
「え──?」
アメノミカミの結晶? そんな物をどうしてアリスが持ってるの!?
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