第15話 父の部屋
「ここがお父さんの部屋なんだ……」
わたしはお爺さんにお父さんの部屋を使っていいと言われた。もしかしたらと思ってたけど本当に入っていいなんて思ってなかったから跳ねるぐらい喜んじゃった。それをテツとセクリは何だかやれやれな空気で見つめてくれた。ちょっと恥ずかしい。
お爺さんが言うにはこの部屋は旅立った日から特にいじったりはしてなくて、掃除だけは続けてたみたい。いつでも帰って来られるようにかな?
それにしてもお父さん1人だけの部屋なのに随分広いというか……寮の部屋全部合わせたぐらいはあるような……? 釜を置いてる訳じゃないのにこんなに空間が余ってるともったいなく思う。
机も立派だぁ……石製で綺麗、どこの石だろう? 素材にすればいいのが作れそうな気がする……じゃなかった。お父さんもここでレシピを考えたりしてたのかな? そんな姿を想像しながら座ってみても椅子の高さはぜんぜん合わない。
ここにいた時お父さんはどれくらいだったのかな? 今のわたしと同じくらいかな?
「あ、これはマテリアの教科書? 昔のかな…………今と書いてる内容が違う、今の方がわかりやすいや」
技術や素材についても今の方が詳細に書かれてる。それに同じ道具でも配合比率や調合手順が少し違ってる、これが昔のやり方なんだ……どっちがいいんだろう? 素材の量は今の方が少ないし時間もそう。でも効果はどうなんだろう? 帰ったら1度試してみようかな?
ペラペラとページをめくっていくとしおりとしては分厚い教科書に挟まったノートがこぼれ落ちて来た。わぁ、ハマっていたところに変な跡が付いてる。でもどうしてこんな所に?
「これは……? レシピ帳? どんな内容なんだろう……!」
お父さんが過去に作ろうとしていたものかな? え~と……『最高の惚れ薬』『より強力な強壮薬』『姿を完全に消す道具』──
「…………どれも未完成だし、そもそもレシピはめちゃくちゃ、都合のいいことしか書いてない……」
わたしが覚えているお父さんとはぜんぜん繋がらない。きっとお父さんにも理想を考えなしに追い求める時期があったんだと思う……。
何のために作ろうとしたのか気になるけど考えない方が良さそうな気がした。
「他には──」
『最高の錬金術士とは?』
自分が望んだ道具を何でも作ることができる。
人が望んだ道具を理想以上に作ることができる。
助けたいと思った人を助けることができる。
道具があって1流は2流の証明。無手であってもあらゆることに対処できてはじめて1流になる。
親父の跡を継いで領地を管理するんじゃ絶対に叶えられない。金や名誉が到達点にあってはならない、理想と夢を求めてこそ錬金術士。
そして、美人な奥さんを沢山娶ってでかい家を建ててずっと幸せに生きていく!
「…………お父さん……」
立派なことを書いてるけど最後で台無しだよ……。
それにお母さんひとすじだったよね? 覚えている中でお母さんとケンカしてるところ見たことないし、他の女の人との噂も聞こえてこなかったよ。
村の家も全部合わせてこの部屋とそう変わらないんじゃなかった? いつでもお家を広くできそうだったのにぜんぜんそんなことしなかったよね?
「でも、楽しそうなお父さんしか記憶にないなぁ」
ここに書いてあることをどれだけ叶えられたかはわからないけど、わたしは上4つの姿をいつでも思い出せる。
そんな記憶の中を漂っていると、コンコン──と控え目なノックの音が聞こえてくる。
「だれ?」
「サリーです。お姉ちゃん」
「どうしたの? お話したいことがあるならたくさんするよ?」
「今日……いっしょに寝てもいいかな……? ダメ……?」
テツかセクリかと思ったら枕を抱きしめて不安そうな顔でお願いするサリー。
あまりにも可愛らしくて頭の中が爆発したかのように空っぽになって言葉を失ってしまった。カワイイモノランキングでモチフに並びそうなぐらいにカワイイ。
「もちろんいいよ! さっそく寝よっか?」
「何か調べ物してたんじゃ?」
「いいのいいの。今日全部調べ終わったら堂々とここに来る理由が減っちゃうから」
やっぱりまだここに理由なしで来るには難しいかな? ぜんぜん落ち着けないし、安心してボーっとできる場所もないから。
ここはお父さんの部屋でも、わたしの知ってる匂いは残ってない。
「さあ入って入って、お父さんのベッド広いから2人ぐらい余裕余裕!」
「おじゃまします」
さっそく飛び込むようにわたしが奥に寝転がる。
寮のベッドよりも広いお父さんのベッド。1人で寝るには広すぎると思うけど寝相が酷かったりするのかな? でも村でのベッドはこんなに大きくなかったような……。
「お姉ちゃんって寝る時角が邪魔になったりしないの?」
「もう慣れてるからねぇ、気になったりすることはないかな髪も解いてるから寝返りもできるしね」
「へぇ~……」
すごいまじまじと角に向かって視線が向けられてる。多分これって──
「触ってみる?」
「いいの?」
「減るものじゃないし痛い訳じゃないからいいよ。テリーにも触らせたからサリーも遠慮しないで」
思った通りわたしの角を触りたかったみたいで表情が明るくなった。おずおずと手が伸びて来て優しい手付きで角を触って撫でてくれる。
なんだかちょっとテレくさい。
「わぁ……硬くて陶器みたいにスベスベしてて綺麗……流線形で天を向いてるんだ……でも先っぽは尖ってない……根本は爪みたい……」
「根本の方をいじられるのはお姉ちゃんちょっと怖いかな」
「あっ、ごめんなさい……」
爪みたいとはよく見てる。隙間がなさそうであったりありそうでなかったり。普段ならぜんぜん気にしないけど集中していじられるとぞわぞわする。そんな部分。
「角を褒めてくれてありがとね。わたしって1本しか生えてないからあんまり褒められることなかったんだ」
「オーガさんって角が何本も生えてるの?」
「わたしが知ってる限りみんな2本だよ。でも位置は左右対称になるけど前の方だったりわたしみたいに横だったりするんだ」
多分お父さんの人間の血が混じったから1本しか生えてこなかったんだと思う。それで困ったことはみんなからあんまり仲間意識をしてもらえなかったことかなぁ……。体はぜんぜん問題なかったけど。
「本にはそこまで書いてなかったなぁ。お姉ちゃんみたいなことって本当に珍しいみたいだからすごいなぁ」
「う~ん……わたしとしてはそんな気はぜんぜんしないんだけどね」
珍しいと言われてもわたしは「珍しく産まれたい!」なんて望んでないし、すごいと言われてもピンと来ない。
「そっかぁ、でもそういうものかもしれないね。あとこれも聞きたかったんだ。あのテツオさんやセクリさんってどんな人なの?」
2人についてかぁ。話そうと思えばいくらでも話せそう。日常的なことでも特別なことでも話の種はいくらでもある。思えばライトニアでの生活は殆どテツとセクリと過ごしてるんだよねぇ。
「テツはねぇ……今はあんな感じだけど初めて会った時はもっとオロオロしてたというか、頼りなさそうだったね。本当に何も持ってない人、空っぽな人だった」
「そんな人とどうして使い魔契約したの? お姉ちゃんならもっと凄い存在と契約できたんじゃ?」
「召喚符との相性が悪くかったのかな、手に負えないのしか呼び出せなかったの。それで友達に提案されたんだ、競売所に行けば今日中に契約できる人が見つかるかも。って」
ナーシャが提案してくれなかったらきっとテツと出会うことはなかったと思う。
思えば召喚符の失敗はテツと引き合わせるための偶然だったかもしれない。なんて……未熟なわたしの言い訳を言ってみたり。
作り方や使い方が間違っていたのかな……レシピ通りに作ったのに。
「初めてテツを見たあの時の光景は今でもはっきり思い出せるよ……100キラって値が付けられて、沢山の人の失望に埋め尽くされたあの、言葉じゃ表しきれないのは……」
「……それが出会いだったんだ。でも今あの人は英雄だなんて言われてるんだよね?」
「でもおかしいんだ、テツがそんな風に声を掛けられてる所は見たことないし。あっ! そうそう、王様から勲章って言うのを渡されてね、たまにそれを笑顔で見てる時があるんだ。よっぽど嬉しかったんだろうなぁ」
「勲章までもらってたの!? 凄い栄誉なことだよ!? 多分、状況からして相当凄いの貰ってると思うよ! 身に付けてるだけで」
「そうなの? あのキラキラしたのにそんな力があるの?」
「滅多な事じゃもらえない物だよ! それと錬金術で凄い成果をした人に送られる勲章もあって、間違いなく国で最高峰の錬金術士だって名乗れるのもあるんだって」
「はぇ~、錬金術士向けの勲章もあるんだぁ……お爺さんやお父さんも貰ったりしたのかな?」
「あっ、ダメだよ……お爺様はクリスティナ家には無い事気にしてそうだったから話したりすると不機嫌になるかも」
「お父さんでも貰えなかったんだ……でもテツは貰えた……種類は違うみたいだけど。なんだか複雑な気持ちになるね」
わたしの使い魔が手に入れてお父さんが手に入れてない。なんかこう飲み込み切れないというか、テツが貰えるならお父さんだって貰えるのが当たり前。なんて思ってしまった。
「あの人って不思議だよね。実際に見ると全然強そうに感じなかった。新聞にも載るぐらいの人だから人を寄せ付けないトゲみたいなオーラを纏ってるかと思ってたんだけど。なんというか綿みたいな印象だった」
「ふふ、確かに。心配性なところもあるし、お酒飲んでるとこも見たこと無いし。モチフにはおもちゃにされてたし」
「モチフに……? 全然想像つかない……」
うらやましいぐらいにモチフに好き勝手にされていた、わたしはぜんぜんなつかれないのに!
「──でも、最高の使い魔だとわたしは信じてる。あの日、あの時、あの場所でテツと出会えたのは奇跡だった。テツがいなかったらこうしてサリーといっしょのベッドにもいなかったと思う。だから感謝してるんだ」
「私も、お姉ちゃんに会えて、う、嬉しかった……かな」
「わたしもだよ。やっぱりサリーは可愛いね」
サリーのサラサラな髪を撫でる。妹がいるってこういうことなんだなぁ……。
この後もベッドで横になりながら沢山お話をした、家族や使用人、勉強についても。
何時眠ったのかは覚えてないそれだけ夢中になって話し続けた。こんな夜は初めてで何度も迎えたいと思った。
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