第13話 本家の夕食
6月24日 月の日 18時30分
サリーちゃんの調合を見学したり、屋敷の案内を受けたり、色々話を聞いていればあっという間に夕食時となってしまった。アンナは寮に帰ることが頭から抜け落ちているかの如くこのクリスティナ家に順応していた。
おかげで今から寮に向かっても王都の門は閉じられている。明日の6時にならないと開かない。つまりは帰れない。そんな俺達に対してハリーさんは。
「今日はこのまま泊まっていくといい。食事と部屋の用意も済ませておこう」
と快く受け入れてくれた。俺だけ放り出されないかひやひやしていたのは内緒だ。
明日から錬金学校マテリアも再開される。ただアンナは明日から30日まで謹慎処分中。焦る必要は無いにしても反省している状態は作っておかないといけない。
さて、大事なのはこれからお食事時だということ。
「…………」
食事というのは各家庭の個性がよく見える場所でもある。その家特有の癖というべきかルールが。
無駄に長いテーブル、上座に位置する所にハリーさん、その近くにナディアさんとテリー君。その反対側にサリーちゃん。の隣にはアンナ。それぞれの席には綺麗に並べられた銀のナイフとフォークにスプーンが複数。
5人で使っても半分以上ぜんっぜん余ってるのは仕様なのかと疑問を呈したい?
「君も座って食事を取るといい」
「……使い魔の自分が皆様と食卓を共にするのは芳しくないかと」
普段ならアンナとセクリと一緒に食事をしているが、流石にここは本家本元貴族のお家。上下関係の厳しさは計り知れない。
誘われてもホイホイと釣られて席に付くのは無礼が過ぎるだろう。
「構わん」
「……では失礼します」
二度三度繰り返す必要があるのかないのか、断り切ることを望んでいるのかいないのか、人の心は分からない。俺はこのタイミングでアンナの隣に座る。
それと同時に手際良く食器が並べられる。
「お食事を運ばせて頂きます」
席に付いた瞬間、とあることを思い出して背筋がヒヤリとした。
貴族の家ではこれが当たり前なのかと? 毎日これをしているのかと?
(アンナ!! 注意しろ!)
ビクリと跳ねて恨めしそうな視線を俺に向けてくる
(これから夕食なのにいきなり何?)
(その夕食に大いに関係する事なんだ──)
「まずは前菜、初夏の野菜を使ったテリーヌです」
「わぁ……きれい……」
そう言葉をアンナが漏らすのも無理はない、俺も目の前に置かれたテリーヌに目を奪われる。
トマト、ヤングコーン、アスパラ、パプリカ、それらの断面が色鮮やかに四角いキャンパスに絵を描いていた。
囲むように曲線を描いているソースは……酢か? 酸味のある香りでも果実系、バルサミコ酢とかいうやつか? 正直こんなテリーヌとは初めて相まみえる。おせちに紛れ込んでた小さめのしか記憶にない。
(ってそうじゃなかった。俺の話を聞くんだ!)
(はやく食べたいから短くね)
(テーブルマナーを知ってるか?)
(何それ? ……机がどうしたの?)
やはりか!
(簡単に説明する、食器が沢山並んでいるだろう? この料理を食べる場合1番外側の食器だけしか使っちゃいけない。今回はナイフとフォークだな)
(ふ~ん……)
くっそ興味なさそうな感じだ。寮でも教えたり学ぶ機会は無かったもんなぁ。ここまで丁寧にお膳立てされてると「食事マナーはあります」って言ってるようなもんだ。
お上品に食べることに慣れてしまっている彼女達にとって、下品に食す姿はどのように映るかが怖い。嘲笑うことはしないだろうが、内心獣と認識するかもしれない。
食事というのは本当に個性とか積み重ねが見えてくる。他者を認識しているか、料理に向き合っているか、人の成り立ちが垣間見える。
(……これができてると姉の威厳がより保てると思うぞ)
(しょうがない、言われた通りに動いてあげる!)
アンナの舵取りがすごい簡単になったような気がする……。
(テリーヌを切る時は音を立てないようにな)
(……難しくない!?)
とりあえず、俺も食べ始めるが──
「おいしい……」
内心見た目だけにこだわりすぎて味が整ってないのではないか? と警戒していたがまったく違った、甘さ酸味ほのかな苦み、硬い柔い、触感も様々。楽しさすら感じる。
クリスティナ家の皆さんはこういうのを毎日食べているのか? そんな疑問を解くのに十分な振る舞いをサリーちゃんもナディアさんも見せてくれている。
穏やかな表情で音も立てずに丁寧にナイフとフォークを操って切り分け、大きく身体が動くことなく口に運んでいる。大きなリアクションもない。
(……寮でも学食でも食べたことない味で頭が混乱する)
たどたどしい手付きながらもなんとか綺麗に食べていくアンナ。
「次はスープです」
お次は琥珀色の透き通ったスープ。鳥系の香りが鼻に届けられる。
(これはスプーン1つでいただくものだ。飲むときも音を立てないようにな)
(それぐらいはかんたんかんたん!)
先に口に運んでみれば美味しいのは理解できるがその先がまったく分からない。コンソメスープ系統なのは分かるが甘み、塩味、うま味、バランスの良さも素晴らしい! 何がどうしてこの味を組み上げたのか理解が及ばない。
(こんなに美味しいんだから小さいスプーン使わずにもっとドバっと飲みたいなぁ……)
(気持ちは分かるが品がないからダメだぞ。後は量が少なくなったら奥側に傾けてすくうんだ)
(……どうして食事をするだけでこんなにも面倒なルールを作ってるんだろう?)
(全員が気持ちよく食事をするためだったり、優雅さや余裕を知らしめす為じゃないか? それと食材に対しての敬意もあるだろう)
ただまあこんなに美味しいスープをラーメンみたいにドンブリ持ってゴクリといきたい気持ちは分からなくもない。すぐに全部頂いてしまっておかわりを求めたくもある。あくまで客人、気品ある食卓で図々しい真似は許されない。
「ボロネーゼでございます」
今更ながら思ったが、テリーヌにボロネーゼ……普通に俺の認知している料理と同じ物がお出しされているんだよなぁ。
昔、俺がいた世界からやってきた料理人が色々と料理を教えたりしたのかもしれないな。
(これはどうするの?)
(頬張るように食べなければ大丈夫だ)
(ふぅ……ようやく普通に食べれそうでよかった)
これが最後のフォーク。つまりは料理はこれで最後。これはそこまで面倒なマナーは無かったはず。俺も何も気にせずいただこう──
「──っ!?」
舌からガツンと広がる牛肉の味。細長い麺に味わい深いミートソースがよく馴染んで絡んで、甘美味い中に香ばしさがある。噛めば肉汁がジュワッ漏れ出し溶けていく。
思わずすするように食べてしまいそうになるが、そこは堪えて頬張らないギリギリを攻めて口に運んでしまう。手や口が理性を無視して動き出しそうになる。
確かな満足感が溢れてくる。テリーヌとスープで感じていた物足りなさをこの皿は満たしてくれる!
あっという間に皿の上が空になると。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま!」
そう手を合わせて敬意を取らざるをえなかった。
アンナも俺と同じ思いを抱いていたのか殆ど同じタイミングで食べ終えた。
「あ、アンナ。口にソースが付いてる。今拭くからジッとしてくれ」
「もぉ、子供扱いしないでよ。サリーだって見てるのに」
「ソース付けたままの方が子供だろうに」
この役目は普段セクリだからな、こういう時ぐらいは俺に譲ってもらわないと。
「あの放蕩息子といえど、娘に作法ぐらいは授けていたようで安心した。まだまだ不格好だがな」
念話様様だったな本当に……。けど、ここまで息が詰まるような食事はあまり経験したくないな。寮のテーブルで肘が当たりそうな距離で気軽に食べる方が性に会ってそうだ。
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