第10話 大人の理想と子供の理想
「──チェックメイト」
「……本当だ」
アンナの錬金講座が終わるまでの暇つぶしでチェスの相手をさせてもらっているが全くと言って相手にならない。何せこれで5連敗だからだ、俺はルールを知っている程度、加えて二手三手先の盤面を読む頭脳は残念ながら持ち合わせていない。
SRPGなら好きなんだがなぁ……。
「英雄と持て囃されても、知を競う盤面遊戯は苦手なようだな」
このしてやったりみたいな顔。どうやら俺が先程遠回しに言った「サリーちゃんが錬金術に目覚めてないのはあなたにも関係あるんじゃないですか?」という言葉がよほど気に入らなかったご様子。年を取ると他人の意見を聞かなくなって自分の考えが一番ってのは世界が違っても変わらないようだ。
「英雄と言われてるなんて初めて聞きましたよ。それに、アメノミカミの戦いはこんな盤面で表現できるほど単純じゃありませんでしたよ」
相手のコマが全部クィーンに加えて一定ターンで復活するみたいなギミック。それぐらいに圧倒的な強さだった。おまけにこっちの駒は一個に加えて後から援軍が来るギミック。とんだ酷い調整だ。
それでもまあ、なんとか生きて帰って来られた。皆の力があって助かった。俺一人じゃ絶対に勝てなかった。
「単純すぎてレベルを合わせるのに苦労すると言いたいのか?」
「頭の体操には丁度いいですね。俺がやりたいことはコレとは関係が薄そうなので片手間が似合ってますよ」
喧嘩をしたい訳じゃないが、どうもこの人とは馬が合いそうにない。ロドニーさん捜索という目的意識は一致しているが、描く絵は全く別物かもしれない。
俺はアンナとロドニーさんが一緒に仲良く過ごす姿を目標としてる。
けれどハリーさんはどうだろうか? この家に帰ってくる姿を想像しているのはいいけれど、ちゃんとアンナの姿もあるか心配になる。
「──……よ! できたよ! できたよっ!!」
「そんなに慌ててどうしたんだ? それにできたって?」
貴族の家に似合わない賑やかな足音と荒々しく開かれる扉。何とも喜々とした輝く笑顔でアンナはやってきた。
「サリーが! 錬金術で! 調合で! 道具を作れたっ!!」
「おお! それは──」
「何だとぉっ!?」
「めでたいことだな」と繋げたかったがハリーさんの尋常ではない驚きに言葉がかき消された。
駒が倒れる程に荒々しく立ち上がり高血圧で倒れないか心配になりそうなぐらい目がギラついてアンナを捉えている。
それに、信じられないといった表情のナディアさんが口に手を当てて目を見開いている。
ピンと糸が張ったように部屋に緊張が広がったのが肌で感じる。どうやら俺が認識が甘かった。錬金術ができるようになるというのは「自転車が乗れるようになった」程度で流すようなことではないらしい。
「お姉ちゃん速いよ……!」
成し遂げた本人が少し遅れてやってきた。
両手で大事にそうに何かを包み込んでいる。そこに完成品があるのか?
まさに固唾を飲んで見守る。
そのまま彼女が進む先はハリーさんでもナディアさんでもなくセクリの方へ。いや、その視線の先は──
「はい、テリーにあげるね」
「あう? ……あむ! むー!」
サリーちゃんがテリー君に渡したのは。
「おしゃぶりか?」
紛れも無く赤ちゃんに咥えさせるおしゃぶりである。
「そう! テリーが普通のおしゃぶりに満足しないみたいでサリーが作ったの! まさか手助けするまでもなく完成させるなんて」
お気に召したのかご機嫌そうな振る舞いでセクリの腕の中でわちゃわちゃしている。
何というか、俺がアンナに歯ブラシとかをねだったのを思い出すな。何だかんだで古くなったら新しく作ってもらって今もアンナ製の歯ブラシを使ってる。1回店売りのを買って試したみたけど何か違う。違いなんて微々たるものだろうけどそこが大事なんだと思う。
テリー君もそういう何かを幼いながらも感じ取ってるのかもしれない。
「それが錬金術で生み出した物だと?」
望んでいた錬金術の成功なのにハリーさんは怪訝な顔で喜びの感情を微塵も含まない声で呟いた。
「お爺様……?」
「錬金術で作る必要性の全くないモノを? まったくこんな下らん物を作りおって……貴族がこんな……まったく嘆かわしい……こんな物を作らせる為に教えた訳ではない! そんなおもちゃみたいなので「できた」とは言わんのだっ!」
静まり返った空気、アンナも視線が泳いでいる。サリーちゃんも顔を俯かせてしまっている。
この爺さんがどこまでの物を望んでいたかは分からない。けれど、大人と子供のものさしは違う。これはあの子にとっては大きな一歩のはずだ。蔑ろにしていいはずがない。
なら、俺がすべきことは決まってる。
「はっはっはっはっは!! いやぁ~実に面白い!」
「……何がおかしい?」
「これは失礼。世界が変われど男親というのは大して違わないことに思わず笑ってしまいました」
成長やモチベーションの阻害を取り払うことだ。
「サリーちゃんでいいかな? 安心していい。ハリーさんの言葉は全部嘘っぱちだ。本当の事なんて一つも言ってない。なにせ男が年を重ねていくと相手を素直に褒めることができなくなるんだ。そのくせ人知れず影では認めたりして俺は分かってるなんて言うんだ」
「え……? そうなんですか?」
「同じ男で大人の俺が言うんだ、間違いない。それにお爺様は最初に弟に調合品を渡したことに嫉妬しているんだ。どうして最初に私にくれないんだ!? ってな。子供の君には酷かもしれないけど面倒で嫉妬深くて心と言葉が一致しなくなるのを分かって欲しい」
「何を言う貴様!?」
敵意がビンビンに俺に向いてる。なにせまあクリスティナ家で一番偉いであろう人に「赤ちゃんに嫉妬するお爺ちゃん」って泥を塗ってる訳だからな。
だが、口調からして的外れって訳じゃなさそうだ。
「孫に嫉妬する訳にもいかないから叱る事でしか鬱憤を晴らせなかった。という訳だ。だから君は目覚めたばかりの力を振舞ってお爺様の分の調合品を作ってくるといい。誰よりも心待ちにしているのはハリーさんなのは事実だろうから」
(アンナ。今の内にサリーちゃんを部屋から出すんだ)
(えっ、うん! わかった!)
アンナと俺の主従契約による恩恵の一つ。念話による口に出さず頭の中による会話で指示を送る。
「それじゃあお姉ちゃんともうひとがんばりしよっか!」
「──あっはい、わかりました! お爺様の分も作ってきますね!」
扉も閉じられ足音も聞こえなくなる。となれば待っているのは予想するまでもない──
「……何のつもりだ若造? ワシを道化と辱めて満足か?」
殺意混じりの怒りの感情が伝わってくる。
だが、俺も俺でハリーさんに失望している。
「……家族の成長を素直に喜べない大人になったらいけませんよ。あなたにとっては小さな一歩かもしれませんけど、あの子にとってはとても、とても大きな一歩ですから」
努力の成果が実ったのに、それが小さいからと言って大人が非難していいはずがない。
「貴族の娘に求められる責務を理解しとらん者が何をほざく?」
「貴族の前に一人の孫娘ですよ。それに俺がいなかったらアメノミカミに国は壊されて貴族どころじゃなくなってたんじゃないですか? 階級の色眼鏡にこだわる前に血の繋がった家族として接するべきでしょう」
「貴様っ……!」
ここは人以上の強さを持った存在がいない安全な世界じゃない。俺以上のこの人は砂上の楼閣だってことを理解しているはずなのに。
もしも、自然災害でもなんでも強大な力によって階級が奪われてしまったらどうするんだ? 近くにいる家族から見放される可能性もあるんだぞ?
……まあ、俺は自業自得で見放された身だからそこまで言える立場じゃない。積み重ねが手を握る力を強めたり弱めたりする。ある日急にじゃない、その時になればもう手は離れてる。
「でも、知っています。こんなことを言ったってあなたぐらいの年代の人は変わることはない。無駄だって。なのでこれ以上の言葉を交わす必要なんてありません。まだサリーちゃん錬金術を見た方が人生が豊になりますので失礼します。ああ、そうだ。テリー君にもお姉ちゃんが錬金術してる姿を見せるべきでしょう。セクリ丁重にお連れしよう」
「あ、うん。じゃなくて──かしこまりました」
ここには口喧嘩をしに来た訳じゃない。これ以上は空気が悪くなるだけ。逃げさせてもらう。セクリに巻き添えさせる訳にもいかないしテリー君も一緒のおかげで体の良い言い訳が立って助かった。
この人は自分の意見は曲げないだろう、説得なんて本当に無意味。
だからこれを言葉にしたら恐らく最悪な事になりそうで頭の中で完結させるが。
自分ができなかったことを、ひょっこりやってきたアンナにやられてしまったことも苛立ちの一つなのだろう。運に見放されたような態度をしていながらも腹の中では随分執着している様子が見て取れた。
簡単に言えば男のプライドを簡単に叩き折ってしまったということだ。
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