第3話 クリスティナの皆様方
ここがクリスティナ家のリビングに当たる場所か……こう家自体が広いとどれがリビングなのか判別し辛いな。俺の認識じゃあ客間の広さでも十分リビングになれる。
置かれている調度品に視線が奪われそうになるが、シャルルさんや他の使用人を除いて注目すべきは3名、いや4名。
その中で上座に位置し椅子に腰かける老齢な人が──
「よく来てくれた。ワシがハリー、ハリー・クリスティナだ。お前の祖父にあたる。忙しい時期だろうにまずはこうして会えたことを嬉しく思うよ」
この人がハリー・クリスティナ……錬金伯爵クリスティナ家の代表。白髪交じりの薄い水色の髪、老齢と思ったが見た目的には50代が良い所じゃないか? 杖を突くには背筋もしっかりしてるし、手の皺も思った程じゃない。マルコフ先生と同じくらいか?
見た目も大事だが、アンナをマテリアに誘う命令をレインさんにした人でもある。アンナの祖父といえど無条件で信用はできない。
「は、初めまして! アンナ・クリスティナです……!」
「アンナの使い魔、神野鉄雄です。以後よろしくお願いいたします」
「お嬢様の使用人をさせて頂いているセクリです。よろしくお願いします」
片膝を付いて堅苦しい挨拶をする俺とセクリ。普段じゃこんな態度したことない。深く考えると笑いそうになってしまう。
「うむ、話には聞いておる。お主がアメノミカミ撃退の中心人物ということもな」
「恐縮です。ですが、あの戦いは皆の力があってこそ成しえたことです。勿論アンナの力も大事な一つでした」
やっぱり伝わっていたか……。とにかく調子に乗るような言動は避けるべきだな。あの日頂いた勲章も今は大事に飾ってある。もしも身に付けていたら褒めて欲しいように思われるかもしれないからな。まあ、そんなことよりも無くしたくないのが本音だけれど。
「アンナも錬金術士として立派……まあ、立派に活躍したと言っていいだろう。そんなお前に少し頼みたいことがある」
一瞬口を噤んだが、おそらくは謹慎のことだろうな。あれがあるから諸手を挙げて喜ぶことはできないんだろう。
「頼みごとですか?」
「サリーに錬金術を教えてやってくれ」
そう言ってハリーさんが視線を向けたのは気になっていた一人の少女。サリーと呼ばれた少女に俺達も視線を向ける。パステルグリーンの髪色にツインテール。琥珀色の瞳。可愛げのある印象だけじゃない慎ましさもありいいとこのお嬢様って感じられる。
彼女はアンナと向き合うとスカートの裾を摘まんでお辞儀をしてくれた。
「初めましてお姉様、サリーです。アメノミカミ襲撃のご活躍も耳に入っており、お会いできるのを楽しみにしていました」
「おねえさま!? ……わたしが?」
目をキラキラさせて口元がめっちゃ緩んでる。こんな笑顔初めて見た気がする。
「この娘はロドニーの弟リドリーの娘だ。仲良くしてやってくれ」
「確かにお父さんが弟がいるって言ってた! わぁ……! お父さんの言った通りになった! わたしが──おねえちゃんだよ~!!」
速いっ──!?
肉食動物さながらの動きと速度でサリーちゃんを抱きしめる。アメノミカミ戦の経験値がアンナにもしっかりと蓄えられているのを感じるスピード。
タックルじゃなくハグ。少女に対して一切ダメージがいっていない絶妙な力加減。
「わわっ!? 一体何を!?」
「わたしはね、ずっとず~っと! 兄弟が欲しかったの! こんなに可愛い妹ができるなんて思っても無かった! うりうり~!」
「ちょっとお姉様! ひっつきすぎ!」
「お姉ちゃんって呼んでくれないと離さないよぉ~」
戸惑い顔なんてお構いなしにデレデレした顔で頬ずりまでしている。
この場の空気に全くそぐわない行動だが、俺はアンナを称える。まさか堅苦しさが完全に破壊されるとは思いもしなかった。
嬉しそうで俺も微笑ましく思う。けど、少し嫉妬もしてしまう。俺じゃあこんなアンナの表情はまず引き出せない。でも、血の繋がった従妹。多分アンナがずっと求めていた存在なんだろう。
「こほん! それに自己紹介はまだ終わってない……」
ハリーさんの視線が椅子に座り赤子を抱いた少し儚げな印象を受ける女性に向けられる。状況から推測すると──
「ナディアです……リドリーの妻です。この子はテリー」
やっぱりそうか。そしてここにいる主要な人は全員名乗り終えた……だとするとどうして父親のリドリーさんはここにいないんだ? 月の日は大体どこも休みだと聞いていたけど貴族には関係なく仕事だろうか?
そんな考えを抱いている俺と違って、アンナの視線はその愛らしい姿に釘付けになっており、サリーちゃんを抱えながらテリー君を抱いているナディアさんに近づいて行く。
半オーガの剛力を遺憾なく発揮するこの姿、もはや人攫いと変わらないな。
「わぁ! 赤ちゃんだ! 人の赤ちゃんって初めて見たぁ。やっぱり角とかは生えて無いんだぁ……男の子?」
「はい……3ヶ月です」
「ちいちゃくて可愛いなぁ……ほっぺたとかできたてのパンみたいでもっちりしてるぅ……えへへ……嬉しいなぁ、可愛い弟もできて」
その目は食べようとしてないか? と警戒してしまうが。別の意味でアンナのやろうとしていることを止めなければならない。
「待つんだアンナ! 触るんじゃない!」
「……何? この想いを邪魔するのは許さないよ」
「赤ちゃんは何でも口に入れたりする、健康を守るためにも触る前は手を綺麗にしてからだ。お姉ちゃんならすぐ理解できるだろ?」
刃物みたいな鋭い視線を向けてもたじろがない、使い魔たる俺は主の間違いは正す役目がある。
赤ちゃんは大人のおもちゃじゃない、他人の子なら尚更触る時は細心の注意を払うのが礼儀だ。
「そうだね、なら行って来る!」
そんな訳で俺達は一度洗面所まで案内してもらって、そこの潤沢な設備や豪華さに驚きながらも手を綺麗にしてから戻って来た。
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