第2話 父の生家
6月24日 月の日 9時30分
青々と切りそろえられた芝生。咲き誇る花々。手入れの行き届いた庭園。
錆一つない立派な門を潜り抜けると世界が切り替わったのかと思うぐらい空間が煌めいていた。
「こんなに大きくて広いとボクが何人ぐらい必要なんだろう? リーダーだったら片手で足りそうなぐらいだけど」
「随分と立派な屋敷だなぁ……これが貴族の家の普通ってことなのか……?」
「ここがお父さんが生まれ育った家なんだ……」
そう、俺達は今クリスティナの本邸に踏み入れた。
事はつい最近、アンナがマルコフ先生より手紙を渡されたことから始まる。
眩しく喜々とした笑顔で持って帰ったその手紙の内容を簡単にまとめると「アメノミカミ撃退ご苦労だった。近況報告も兼ねて顔を合わせて話をしたい」ということ。
「お待ちしておりました。私はクリスティナ家の使用人長を務めさせていただきます『シャルル』と申します」
貴族の使用人というのはこうも品格に溢れているものだろうか? 寮の長も確かに品位に溢れていたがどこかしら親しみやすさはあった。けれど、シャルルさんとやらは磨かれたナイフのように振れることが許されない。そんな隙の無さすら感じてしまう。
「初めまして。自分は神野鉄雄、こちらは使用人のセクリ。そして、我が主アンナ・クリスティナです」
「よろしくお願いします! アンナです!」
とは言え、アンナの家族を守ってくれている敬意を払うべき相手。そんな失礼な物言いは俺の主義に反する。初対面で悪印象を与える訳にはいかない。
そんな彼女に緊張した声で挨拶するアンナとおしとやかに頭を下げるセクリ。
「ご案内させて頂きます。主様はご支度にお時間を頂きますのでそれまでは客間でお待ちいただきます」
「ご丁寧にありがとうございます」
意匠があしらわれた白き扉が開かれ、屋敷の中が明らかとなる。
俺は生まれて初めて地主や富豪に分類される家に入った。想像はしたことはあっても生の情報というのはまるで違う、奥行きがある、匂いが違う、空気が違う。
「わぁ……すごい……」
アンナが語彙を失うのも無理はない。俺も良い言葉が思い浮かばない。
玄関を上がれば、平民は圧倒しそうなぐらいに廊下は広く天井は高い。俺の部屋が普通に何個か入ってしまいそうだ。
これを家の基準にしたらいけないと肌で感じる程、綺麗で静謐な雰囲気で溢れている。これほどの場所に当たり前に住んでいたら絶対感覚が麻痺する。
「こちらでしばらくお待ちください」
「ありがとうございます」
案内された客間もまあ見事な物で、テーブルも椅子も一目で安物じゃないと分かってしまう。寮にあるのもお高そうだとは思っていたが、ここにあるのはそれ以上だ。
尻を椅子に乗せたら心地良く徐々に埋もれていく感覚。身体がダメになっていきそうで怖くなってくる。
リラックスしている俺を尻目に異様にソワソワしているアンナがいた。
「アンナ、大丈夫か? 視線が定まってないぞ!?」
「ぴっ!? だ、だいじょうぶ。じゃないかも……わたし、お爺さんに会うのって始めてだし、こんなに大きい家なんて知らなかったし、き、きんちょうしちゃって……それに、何を話せばいいのか全然思いつかなくて……頭が真っ白で……」
「そんな身構える必要なんてないって、向こうにとっても初対面なんだし、思った事を話せばいい」
「うんうん、折角の出会いなんだから大切にしないとね」
「だいじょうぶかな? 服も制服だし、髪の毛は、角もだいじょうぶ!?」
「はいはい、今日に合わせてクリーニングもしてるから大丈夫。角も磨き立てで綺麗、サイドテールも長さバッチリ! 安心してね」
心配しているアンナをあやすように身だしなみを再チェックするセクリ。
俺じゃあここまでアンナを整えることはできなかっただろう。セクリが毎日のようにアンナの髪を結ってくれたり角の手入れをしてくれるから、毎日より可愛いアンナに会えている。
正直言ってここまで勉強する余裕は俺には無かった。ダンジョンでセクリを仲間にしたアンナの判断は間違ってなかったと日数を重ねる度に確固たるものになる。
縁の下の力持ち、屋台骨、大黒柱。いなかったら今日という日が不格好な物になっていただろう。俺も俺でバッチリ仕上がった騎士団制服を着ている訳だし。そうだ、俺のスカーフ曲がってないよな……?
そうして、アンナの不安が薄れた頃合いを見計らっていたかのように、シャルルさんが呼びに来てくれてくれた。
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