第103話 俺の居場所
6月20日 火の日 9時50分 クラウディア城前
日々に降る雨も雲に残っていたのを絞るような小雨だけとなり、雨期が終わる知らせなのか晴れ間が目立ち始めて来たこの頃。
王都に残っていたアメノミカミ襲撃の被害は殆ど無くなり王都に蔓延っていたツタやツルは綺麗に処理された。
そして、最も被害の大きかった西門は仮組だが門が戻り。王都の玄関としての役目を取り戻し始めた。
「あぁ……足が重い……」
「ちょっとぉ! 歩くの遅いって!」
そんな新たなスタートを切ろうとしているライトニア王国、その中で俺は憂鬱な気持ちで一杯だった。
レインさんにはっ叩かれた後、碌な会話もしておらず関係は最悪と言っても過言じゃない。同じ部屋にいても話しかけにくい空気が凄まじい。
その空気の中で「クラウド王が呼んでいる、明日の10時に王の間に来るように。アンナちゃんも連れて」という有無を言わせぬ言葉で血の気が引いてきた。
「一体何を言われるやら……あそこっていい思い出が無いんだよなぁ……」
「見てるだけのわたしもいい気分じゃなかったって。それにわたしも呼ばれたってどういうこと?」
「分からん……レインさんは詳しい事を言ってくれなかったし……お説教なら別のところでしそうなものなんだが……」
「う~ん……変なことじゃないといいんだけど?」
不安しかない。
アンナがあれだけ罰を与えられたんだし、俺も俺でアレは命令違反になるんだろうか? 王城で起きたことだから王直々に罰を与えられるのか?
ああ、もう本当に偉い人って苦手だ……。
「ボクは呼ばれてないけど気になるから付いて行くよ! そんな不安な顔してたら悪い事が本当に起きちゃうかもしれないって! ほら笑顔笑顔!」
セクリのこの空気感にある意味助けられる。
けれど、状況の流れからして良い話と判断するには難しい。
「お待ちしていましたよ、案内致しますので付いて来てください」
「あ、はい!」
王城に踏み入れたら、既に待ち構えていたルビニアさんに丁寧な所作でお辞儀をされる。もう、逃げられない。なるようにしかならない。
大人しく付いて行くと、記憶に新しいミクさんの自爆を食い止めた大階段を上り、思い出したくない生死の選択を強いられた王の間の目の前に来た。
彼女はすぐに扉を開けず、こめかみに人差し指を当て数秒経つと。
「──では、お開けします」
念話でもしていたのだろう。
仰々しく開かれる扉。厳かな雰囲気で満たされた王の間が露わになる。
玉座に座る王様の視線がまっすぐ俺達に向けられ、左右には各騎士団の隊長と副隊長が整列している。その中にレインさんとゴッズさんも勿論いる。
忘れることは無い嫌な記憶が蘇り、反射的に破魔斧とボトルに手が伸びた。
「安心してください。あなたが想像していることではありませんから」
「落ち着いてって、そんな感じじゃなさそうだって」
「そうそう、そんなに緊張してるなら一度ボクの胸に埋めてみる? 落ち着くはずだよ?」
「ここでそれをやったら不敬罪になりそうだ」
破魔斧を握る手はセクリに握られて抑えられる……確かに怯え過ぎていたのかもしれない。
いくら何でももう一度生死の選択を迫るような真似はしないだろう。並んでるみんなも武器なんか持ってないし、小綺麗な恰好をして戦う様子なんて無さそうだし。
「今回あなたをお呼びしたのは、今戦いの功績を称え勲章を授与するためですよ」
「???」
言葉の意味がよく分からなかった。
クラウド王の視線はまっすぐこっちに向けられている。「あなた」? 左にはアンナ、その視線は俺。右にはセクリ、その視線は俺。振り向いても後ろには誰もいない。つまりは──
「俺、ですか!?」
「ええ、あなたです。こちらへ」
手をかざすは王の目の前。
いや、本当に俺なのか? 勲章ってあの勲章か? 立派な成果を収めた人に与えられる栄誉の証明みたいな物か!? それを俺が受け取るのか!?
「いいから行ってらっしゃい!!」
「すごいね! これは帰ったらお祝いの料理を作らないといけないね!」
背中を「バシン」と力強く押され、花道を歩く。真面目な顔の隊長達に見送られながら王の前へと進んでいくが腕と足がどうなってるのかさっぱり分からない。玉座の前の緩い階段でさえこけそうになってしまう。
疲れなんて全然ないのに頭がグルグルと回転しそうになる。ここで粗相を起こしたら洒落にならない。落ち着け俺、呼吸を整えるんだ……!
「此度は国土防衛に尽力して頂き心より感謝します──」
ルビニアさんが格式高そうなトレイに乗せているのは、王様の言った通りの勲章。金の円型土台に赤、青、黄、緑の宝石がクローバーのように飾り付けられ、それを十字で区切るのは銀、いや白金じゃないか!? この輝きはもはやこれは勲章という名の一個の美術品。あまりにも恐れ多い。
俺の胸元に取り付けられようとした時、俺は、その重圧に耐えきれず一歩後ろに下がってしまう。
「受け取れませんよ……! これは、この戦いは決して俺の力だけで解決したわけじゃないです。俺だけが受け取れる物じゃないです!」
こんな重いモノはおいそれと受け取れる訳がない。あの戦いはみんなの力が集まり揃ってどうにか退けられたにすぎない。胸を張って授かれる程図太くない。
アンナが完成させなかったら? レインさんが来なかったら? ホークさんやキャミルさんが激流を抑えなければ? ナーシャやアリスィートが分身体を破壊してくれなかったら? 俺一人じゃ絶対に倒すことは叶わなかった。
違う、全員が貰うなら分かる。のに、ここに立っているのは俺一人だけだ。
「そう決めたのは皆さんですよ──」
「え?」
王様の視線は俺の後ろ。
振り返れば全員の視線が俺に注がれている。
それは、今まで俺が見たこともない感じたことの無いもの。
「僕は君の戦いをずっと門の上で見ていた。それを受け取るのに十分な活躍だと胸を張って言える」
「……私の不始末を拭ってもらった。その上で正体まで辿り着けた。異論はない、何かしらの形で礼をする方が筋だろう」
「ワシの出番は結局最後の最後、そこまで温存されるとは思ってもみなかったぜ。誇りな! ワシの出番を喰ったこと、それが何よりも功績だって!」
認めてくれている。
ありえなかった、こんな温かい視線を言葉を向けられることなんてなかった。あの競売場みたいに失望された視線しか俺には似合わないんじゃなかったのか? 受け取っていいのか?
アンナもセクリも、祝福するような瞳で俺を見てくれている。
俺は……ここに立っていていいのか?
「受け取ってもらえますね? こちらが国防武勲章。国を守護した英雄に渡される栄誉をある証となります」
「……ありがとう、ございますっ!」
心を覆っていた大きなカサブタが剥がれた気がした。
これは、俺がこの世界で認められた証。胸に掛かる成果の重み。剥けた心に新たな装いが付けられた。
同情でも、施しでもない、俺が……俺の行いが評価された……。
「おいおいおいっ!?」
「雨期も終わりなのに雨模様か……」
「あぁ、もう男の子が簡単に泣いたらダメだよぉ」
「まっ、こういう時ぐらいはいいんじゃない? ……見たこと無いぐらいいい顔してるし──」
鏡を見なくても分かる、今の俺は不細工で酷い顔で洪水状態だって。大人がこんな厳かな場所ですべき行為じゃないことも分かってる。でも、止められなかった、止めたくなかった。
そして、こんな姿を晒しても俺の心は清々しく晴れ渡っていた。
本作を読んでいただきありがとうございます!
今回で第三章完結となり、次回からは第四章に入りますが各章の修正作業に集中する為、年明け投稿となります。
読んでくださった皆様よいお年を!




