第100話 何故英雄は反逆の刃を握ったのか?
お墓を簡単に戻した後、再び騎士団本部の会議室にとんぼ返りしてきた俺達。
この陰鬱とした空気はどうしたらよいのだろうか? 今回の襲撃に加えて十年前の襲撃もメルファが行っていた可能性。その事実がみんなにとってあまりにも重すぎるのだろう。
「あの……さっきはその……叩いて……ごめん──」
「謝る必要は無いですよ、俺はそうさせるだけの言葉を言いましたからね。それよりも、メルファ、さんとやらが何故国を襲ったか分かりませんか?」
謝らせる為に墓を暴いた訳じゃない。済んだ話にこだわる時じゃない。
あのお墓は本当に大事にされていた、相手の顔も分からない俺でも心臓が締め付けられるような罪悪感が凄まじかった、多分この国の人達には墓荒らしができる訳が無い。
それだけの信頼を手にしていた人が国を裏切った事実。理由があるはずだ。
「……彼女が国を裏切る理由。いえ、国に裏切られたからこそ襲撃したのでしょうね」
「師匠が裏切られた?」
「少し長くなるかもしれませんが、話しましょう。彼女のきっかけは恐らくこれでしょうから──」
ライトニアの錬金技術は人々の生活を支えていました。その中で最も重要な大黒柱を担っていたのが『浄水装置』です。ご存知の通り王都に川は流れていません、壁外より水を引いて利用していますが、それだけで全てを賄うには限界がありました。ですが浄水装置のおかげで水に困ることなく発展し続けることができたのです。
──30年近く前の話です。
当時使っていた装置の寿命が近づき、新しい装置が必要となりました。そこで品評会という形で人口増加や国の発展に対応できる優れた性能の浄水装置を募集したのです。
国を支える装置に自分の作品が選ばれる。この名誉は何事にも代えがたいものでしょう。
階級問わず国の多くの錬金術士が自信ある作品を展示しました。その中で最も優れた装置を作り上げたのがメルファ。選考結果が出る前から私を含めた参加者は彼女の作品が選ばれると思ってました。
……けれど、通らなかった。別の方の名前が呼ばれた時のどよめきは今でも覚えています。
賄賂か何かがあったのか今でも分かりませんが、錬金貴族が作った浄水装置が採用されました。
それはメルファさんのよりも大きく劣化したもので、貴族の実力を示すとしても、国の名誉を背負うにしても余りにもお粗末なものでした。
ですが、問題はここからです。浄水装置が新設され1ヶ月経った頃、王都各地より汚水が噴出する事件が発生します。
原因はすぐに分かりました。新たな浄水装置の汚水処理速度が間に合わなくなり、不具合が発生し逆流を起こしたということです。
病気が蔓延する事態に発展するかと私も焦りましたが、騒ぎを収めたのがメルファさんです。
彼女が解毒薬もとい殺菌剤をばら撒き、さらには装置の修繕を行い被害は最小限に収めることに成功しました。ただ、爪痕は深く1週間近く王都に悪臭は残る事態となりましたが。
「流石は師匠! ……ん? でも、これで国を襲うほど師匠ってそこまで心が狭く無いような……」
いいえ、これで終わった訳ではありません。浄水装置が早くも壊れたということは作品その物に問題があったのか選考にも問題があったのか。どちらにせよ国民の非難が集中しました。爵位の剥奪も視野に入り、選考関係者も逮捕される事態に陥りました。
そこで彼等は何をとち狂ったのか、装置に工作をしたのはメルファさんだと決めつけて。
「壊れることをまるで読んだような動きで、完璧な対策がそれを裏付けている」と。
誰もそれを鵜呑みにすることはなく、彼等には罰が下されました。
浄水装置については残念ですが新しく彼女の作品替えるだけの予算も素材もありませんでした。問題点を洗い直し一部を改良したのが現在も使われている装置です。
「あの時の彼女の顔は忘れられませんよ、人が人を見限る表情というのはああいうのだと知りました」
「それがきっかけで師匠はアメノミカミで王都を……」
「いえ、だとしたらもっと早い段階で実行していもおかしくないかと。これは30年近く前の話なので違うかと」
「それはそれですごいな……普通そこで逆襲してもおかしくないでしょうに……これも爆発の種だとして何が火を点けたんですか」
「おそらく原因はソレイユさん。あなたに関係しています」
「ええっ!? あたし!?」
確信を持って見つめるマルコフの視線に思いもしなかった言葉。自身が十年前のきっかけとなっているという言葉に目を見開いて驚愕した。
「と言っても直接あなたが何かをしたわけではありません。10年と少し前、品評会がありましたよね、マテリア生徒の自由課題として」
「あっ! ありました! あたしも出しました! 懐かしいなぁ……最優秀賞狙ったんだけど全然かすりもしなくて悔しかったな」
あまり良い思い出はないのか伏し目がちに当時のことを想起する。
「ちなみに何を発表したんですか?」
「光から魔力を生み出す道具を作ったんだ」
「光から、魔力……?」
「うん。魔光石って魔力を吸収して光を生み出してるじゃない? だからその逆で光を吸収して魔力を生み出せないかって思って作ってみたんだ。そうすれば晴れてたら安定して魔力を発生させられる! って」
頭の中には太陽光パネルが浮かんでおり、陽の光を浴びて魔力を貯めている絵が出来ていた。
「いいアイデアだと思ったんだけど賞は貰えなかったんだー。作るのに時間がかかり過ぎたし小型過ぎて変換量も少なかったのが原因かな」
「……この世界って結構魔力に溢れていると思うんですけど、それって意味があるんですか?」
鉄雄はそこが引っかかった。
前の世界で言うなら電気会社の必要なく個人で集めることが可能な程電気がそこら中に溢れているようなもの。
今いる地下でも微弱ながらも魔力は漂っている。故に湧く「魔力を作りだす必要はあるのか?」という疑問。
「確かに魔力は溢れていますが、自然の流れに左右されて不安定でもあります。自然の魔力を集めて稼働している装置よりも人の魔力を送って動かす装置の方が多いんですよ。それに破魔斧を使っているあなたならよくわかるのではないですか?」
「ああ、確かに。どこにでもあるけど常に満ちていることはないですね」
いつでも潤沢に魔力を吸えるのなら破魔斧レクスは無敵。けれど、そんな環境はまず無い。アメノミカミ戦が特別なだけ。現在は『マナ・ボトル』があってようやく戦いの場に立てる。
周囲の魔力を吸えば再び流れ着くのを待つしかない。
「自然の力を借りて魔力を生み出せる道具というのは希少なのですよ。生物が生み出した魔力が流れているのが殆どですから」
「そういうこと! その機構を組み込んだのがソルでもあるよ」
「ソルって確か……組み合わせたらひょっとして永久機関というやつじゃ?」
ソルが光る、その光で魔力を作る。その魔力でソルが光る、その光で魔力を作る。無限に続く輪が容易に想像できていた。
「多少はムラがあって1:1交換みたいなことはできないけどね。でも、組み込んだおかげでかなり長い時間使えるようになっているんだよ」
「でもそれが賞を貰えないっておかしくないですか!? 可能性が色々ありそうな……あっ──」
鉄雄とレインの表情が固まった。マルコフが言わんとしていることが理解できてしまった。
襲撃のきっかけとなったのは何か。
「気付きましたか……おそらく自分がされたことと同じ事が弟子であるソレイユさんにも起きてしまった」
「確かにその年の優秀賞は貴族候補でした。10年前のアメノミカミ襲撃はその後、時期も合ってる……」
「同じ事が二度起きて、怒りが爆発したってことか……」
「彼女はマテリアの教師で立派に務めを果たしていました。正しく評価されない現状を打破したかった可能性もあります。王都を崩壊させ、再構築させることで。
今思えば、彼女は浄水装置を破壊するつもりだったのかもしれませんね。今使われている物も当時彼女が作った物と比べれば低品質。我慢ならなかったのかもしれません」
「師匠……そこまで思い詰めていたなんて……あたし、賞は貰いたかったけど外の世界を旅することばっかり考えてたから大事に思ってなかった。もっと師匠と話してれば違ってたのかな?」
「でも、止められて正解だった。住んでいる人全員を巻き込むような所業。性根が同意できても結果は到底同意できるようなものじゃない」
メルファ・グランサージュが裏切られたのは国そのものよりも、国に根付いた評価思想。錬金貴族は自分達の格を落とさない為に裏で工作していた。本当に優れた物を理解していながらも自分達の血統、階級が何よりも貴いモノだと疑わなかったから。
これは積み重ね。小さな何かが刃を作り上げていた。作るだけで握るつもりの無かった刃、けれど大きな何かが反逆の刃の握るきっかけを作ってしまった。
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