第99話 英雄の墓
「偉大な錬金術士。メルファ・グランサージュ、ここに眠る」と記された墓石の目の前に来た。
墓を見ればその人がどれだけの事を成して来たのか分かるというが、メルファさんとやらは随分立派な徳を積んできたようで、苔や泥の付いていない綺麗な墓石に最近替えられたであろう献花。その周囲も綺麗に整えられている。湖の近くあることからまるで死者の別荘地のようにも見えてしまう。
そして、彼女が使っていたであろうボロボロになった杖が備えられていた。
「この下に眠ってるってことですよね?」
「ええ、その通りです。この時期になるとお墓参りに来る方も多いんですよ」
これからすることを随分とやりにくくさせてくれる言葉だ。
それに、ここまで整備されているとシャベル片手に墓荒らしなんて不可能だ。遺体の屋根となっている石を撤去しなければ掘り起こすことは叶わない。
「彼等は簡易的に墓を作った。その後に墓石を設置して今の形となった」
「キミにこれを壊す覚悟はあるの? 眠ってる師匠を無理矢理起こす覚悟が?」
そりゃ随分と罰当たりだな。ビンタの痛みは引いてきたけど凄まじくトゲの含まれた言葉に心が痛む。態度が180度変わるってこういう事なんだろうな。
「本物はずっと別の場所で寝ていますよ」
俺がやるしかないな、罰当たりな墓荒らしも。
本当に眠っていたら俺はどうすればいいんだか……。ミクさんの言葉を信じていても、悪い想像は頭によぎってしまう。この国にはいられないだろうなぁ、英雄の墓を暴くなんて蛮行。
「消滅……」
破魔斧にボトルを一本差し込み、刃に消滅の力を纏わせる。丁寧に細断し石の屋根を剥がしていく。少しずつ地面が露わになる度に背中越しに伝わる強烈な敵意が濃くなっていく。
傍から見れば俺は普通に犯罪者じゃないか?
「…………」
本当に誰も手伝う気が無いのがヤバイ。
メルファさんとやらは本当にこの国にとって英雄だと言うのが肌で感じる。小雨降る中濡れた地面。一人でシャベルで土を掘る。俺は一体何をやっているんだ?
あるか分からない遺体に注意しながら土に突き立てる。深さはどれくらいなのだろうか?
泥水で靴とズボンが汚れきり、膝の高さぐらいまで掘った頃地面の柔らかさに変化があった。
「ん? これは……」
手で土を払っていくと肌に感じる土とは違う感触。変色した布の袋が露わになる。形状からしておそらく顔。
つまりこれは……? 俺が間違っていたということか!?
「あっ! やっぱり──」
「どうするんだテツオ……」
頭が真っ白になりそうだ、このまま俺も土の中に埋めてきそうな恐ろしい殺気が迫ってきている。
だけど、何かおかしい……十年という歳月は人の形を何も変えないのか? 布越しだから感触が違うのか?
このまま後には引けない。
「失礼します──」
刃を当てて袋を破く。すると──
「うおっ!?」
俺は思わず驚いて飛び跳ねてしまった。
色々覚悟はしていた。骸骨と向き合う可能性も。だが、何の顔も無いのっぺらぼうが目の前に出てくるとは予想もつかなかった。
「──えっ?」
「これは………どういうことだ?」
「骨………ではありませんね」
ゆっくりと布袋を土中から取り出し、袋破り全身を取り出すと。
「マネ……キン?」
生身でも遺骨でもない。
隅々まで確認しても人の形をしていた木製の人形が入っていただけだった。もう一つ土中に埋まっている可能性は意味も無いしありえない。
「師匠は死んでなかった……?」
「状況的に埋めたと言った騎士さんの記憶を操作したんでしょう」
これで決まった……アメノミカミを操り王都を襲ったのは、ライトニアで英雄と呼ばれた錬金術士メルファ・グランサージュ。
「そして、十年前の襲撃も彼女が起こした。死んだと見せかけることで捜査の目から掻い潜ることに成功した」
「そんな……!?」
「そういうことに……なってしまうのか……」
「1度戻りましょう。メルファさんが生きていた……すいません、感情が混乱してしまって。生きていたことは嬉しい。でも、あなたの言う通りで、悲しめばいいのか怒ればいいのか、何も……」
俺にとっては達成感しか湧かない状況でも。三人にとっては違う。慰霊の言葉を伝えた相手が生きていた、それも国を襲った犯人だった。事実であってもすぐに認められる訳がない、受け入れる時間が必要だろう。
俺も少し落ち着こう、大きな事実が分かった今ここは一つの大きな区切りだ。むやみやたらに情報を流布すれば、国は大きく混乱しかねない。国の英雄が国を滅ぼそうとした裏切り者。ここにいる三人でこんなに混乱しているんだ、大勢が知って連鎖的に不安が爆発したらそれこそミクさんを解放なんて話は無くなる。もっと酷い状況を呼び込んでしまうんじゃないか?
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