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第19話 アンナの家とダンジョン

 4月13日 太陽の日 8時10分 錬金学校マテリア


「お爺さんからの手紙ですか!?」


 朝食を頂いている時間に寮の使用人より告げられるマルコフからの呼び出し。朝礼前に教員室に来るようにと伝えられたことで、普段より30分以上早い登校となる。

 不平不満の一つでも口に出そうと思っていたアンナに渡される祖父ハリー・クリスティナからの手紙。

 予想外で想像しなかった手紙に黒い感情は消え去り心が浮ついていた。


「ええ、ご確認なさってください」 

「はい! ありがとうございます!」


 手に取った瞬間に顔が綻ぶ、初めて自分宛に届いた祖父からの手紙。軽い物のはずであっても何よりも大事に受け取る。

 宝箱を開けるように好奇心を胸に抱きながら蝋封された手紙を開き、祖父の言葉を喜々として読み始める。


「なになに……」


――

 アンナへ

 まずは錬金学校マテリアへ入学おめでとう。

 錬金術を扱えることを証明できてうれしく思う。

 しかし、経験の浅さはあるだろう。マテリアにいる者の殆どが幼少より錬金術を学び、優れた講師の下で研磨してきている。

 そこでその差を埋める為に我が領地にて新たに発見されたダンジョンをアンナと使い魔の2人だけで探索するように。

 場所は王都クラウディアを東に進んだニアート村。

 掌握はせずとも錬金術士の遺物に触れることで成長のきっかけとなることを信じる


 ハリー・クリスティナ

――


「だって……! ダンジョンかぁ、話には聞いたことあるけど行くことになるなんて思っても見なかったなぁ」


 秘密の漏洩だとかプライバシーを一切考慮せずに部屋にいる全員が理解できるように音読で話した。

 祖父の文面から心配されていること感じ取り、少しは家族と認められたのかもしれないと喜び大事そうに丁寧に手紙をしまう。


「ダンジョン? あのダンジョンなのか!? まさか本当に存在する世界なんて……」


 鉄雄の「あの」はゲームや漫画で見るような「あの」ダンジョン。

 宝が眠っていたり最奥には凶暴凶悪な主が佇んでいる。ご褒美が待っている攻略されることを前提にした迷宮。

 空想の中だけの存在と思っていたダンジョンがこの世界にあるという現実に興奮を隠せず鼻息が荒くなり始める。


「「あの」が何を指しているのか分かりませんが、簡単に説明しますと錬金術士によって創られた迷宮です。昔の錬金術士が残したレシピや道具。もしくは歴史や知識と言った希少価値のあるものが残されています」

「おおっ……! 想像通りロマンがありそうだ……!」

「しかし、相応の危険リスクも存在しています。数多く設置されている罠、魔力を糧に生きている兵『マナ・モンスター』。作り手特有の防衛機構。終わりが分からない道。一流の騎士でも帰って来れないことも多々あります」


 興奮を治めるように冷静に危険性を告げる。遊び半分では命が入場料になりかねない。ただ、鉄雄の心の奥底では抑えきれない高揚感が溢れていた。前の世界では絶対に経験できないファンタジーのリアル。

 その舞台に上がれることは何事にも代えがたい欲望であった。


「でも、そんな場所にわたし達だけで行ってもいいのかな? いくらなんでも無茶な気がするけど……」 


 向かうようにと書かれた手紙であっても不安は拭えない。自身の力量もそうだが、鉄雄の貧弱さ。危険に対応できるだけの力があるのか。という不安。

 好奇心に塗れた鉄雄を見ることで逆にアンナは冷静になっていた。


「確かに勧めようとは思いません。むしろ止めたいぐらいです。ですが手紙の通り錬金術の遺物に触れることは今は無いの認知外の知識に触れることでもあります。大きなきっかけを与えてくれるでしょう。本気で向かう覚悟があるのなら止めませんが」

(今よりもっと成長できる?)


 ただ、その言葉で火が付いてしまう。ここに来た理由。目指すべき目標。

 危険に立ち向かうことで大きく成長できる可能性。頭の中では村で行われていた狩猟を思い出していた。大型の獣を狩れればそれだけ多くの食料が手に入る。毛皮は防寒着に骨や爪や牙も装飾や武器へと。危険を乗り換えた先に手にした報酬は未来の糧となった。

 迷っていた心の羅針盤は行先を示し始める。


「行きます! チャンスがあるなら挑戦したいです!」

「……なるほど、思えばこの状況。偶然が重なり好機とみなしたのでしょう」

「どういうことですか?」

「新しいダンジョンはクリスティナ家の領地で発見されました。つまり管理下に置かれることになります。そして、誰を調査に向かわせるかは自由に采配できる立場であり、お2人が選ばれたというわけです」

「クリスティナ家、領地? え、アンナもクリスティナ……まさか? アンナって貴族の方であらせられたのか!?」

「貴族? どういうこと?」


 自分の主が貴族階級の人間。疑問と驚きが溢れる。何せ野生児溢れ、森に生っていたいた木の実を平気で口に運ぶ少女。貴族の姿だとは到底思えない。


「もしやアンナさんはクリスティナ家が何かご存知無いのではありませんか?」

「お父さんが住んでいた家です!」


 自信満々に胸を張って得意気に応える。


「…………なるほど、いえ納得したといいますか」

「あれ?」


 マルコフの呆気にとられた顔を見せることは滅多に無い。生徒が問題を素っ頓狂な答えで間違えても作ることは無かった彼がここまで目を点にする返答をアンナは見事に繰り出してみせた。


「調べれば分かることなので話しますが、クリスティナ家は貴族の称号を得ている名家。ライトニア王国の東方面、ヴィント地区を任されている『錬金伯爵』です」

「れんきんはくしゃく?」

「……色々繋がってきましたよ、一昨日あの子が貴族がどうのこうの言っていたのはアンナが貴族令嬢ってことだからですね? でも、本当なんですか?」

(貴族……ああ、たしか偉い人。あれ――?)

「ええ!? わたしってあのアリスィートって人と同じなの!?」


 村の生活では貴族のきの字も出てくることは無かった。貴族という言葉を聞くのもライトニア王国に来てから、故に植え付けられた貴族の形が良くも悪くもこの学校で出会ったアリスィート・マリアージュになっていた。


「正確には違います。アンナさんの立ち位置は非常に不安定なんです。クリスティナの本邸で育った記録も無ければこの国で生まれた記録もありません。なので爵位が無いのはもちろんですが正式に家名を継いでいる訳ではないようです」

「??? しゃくい? なにそれ?」

「そこもか……しかしそうなると、今のアンナって勝手に貴族の名であるクリスティナを語っている女の子ってことになりませんか?」

「それって何か問題あるの?」


 貴族関連について何もわかって無さそうなアンナに深い説明は理解され無いと判断し、大雑把ながらも自分の持っている拙い知識とすり合わせて言葉を選びゆっくりと説明し始めた。


「大ありだな。簡単に言えば貴族は王様から土地を任されている人達のことを言うんだ。例えばクリスティナの名を使っている人が街で問題行動を起こしたとする。すると街の人はクリスティナ家に不信感や不満を覚え始める。住んでいる所を管理している人が問題のある人だと安心できないとみんな思い始めるわけだ。最悪反乱が起きたりして国に迷惑をかけたことで爵位は没収。なんてことが起きる。だから、簡単に貴族の家名は使っちゃいけないんだ」

「概ねテツオさんの言ってる通りですね。ただ、この国の人達は思慮が浅くありませんので偽証は無意味ですよ。しかし、アンナさんが問題を起こした場合、クリスティナと明確な繋がりとなる証拠はありませんのでそのまま縁を完全に切られて貴族の名を語った悪党としてより重い罪で裁かれる可能性もあります……」


 ライトニア王国に存在する爵位は公爵(こうしゃく)伯爵(はくしゃく)辺境伯(へんきょうはく)子爵(ししゃく)の四つに分類され。

 王都の管理を任されている公爵、壁外の管理を任されている伯爵、国境の守護と管理を任される辺境伯。子爵はそれら三つの貴族の子供に与えられる爵位で将来的に土地の管理を受け継げる者を指す。

 錬金術の扱える家ならば爵位の前に『錬金(れんきん)』が付け加えられる。そして錬金術の扱える家の方が発言力は上がる。


「え、え? そうなるの? え、でもわたし生まれたときからアンナ・クリスティナよ?」


 尽きぬ疑問。錬金術についての問題ならこれまで積み重なって来た知識と経験の応用で大人顔負けの答えを導けるが。政治のこととなれば赤子同然の知識しか持ち合わせていない。


「まあ、多分この国の決まり事なんだろうな。でも、逆に捉えればアンナが良い事をすればクリスティナ家の評判も上がって、自然と認められるんじゃないか?」

「うーんと……つまり錬金術や色々がんばったらクリスティナを名乗っていてもだいじょうぶってこと?」

「そうなる。で、あってますかね?」

「ええ、優れた実績や実力を持ち、国に利益をもたらす方だと証明できれば誰もあなたを不心得者だと声を上げる者はいないでしょう。クリスティナ家である証拠はありませんが、そうでない証拠もありません」


 種族として受け入れがたく、認められぬ家名。人間だけの錬金科に紛れ込んだ異物。アンナを取り巻く壁は厚く高い。今は希少な錬金術士という盾を持っているから誰も何も言わない。しかし、粗探しでそれを破るだけの手札が揃えば国から追放の手段を取る者が現れてもおかしくない。不安の影は常に纏わりついている。


「それならまずはこの手紙に書かれたダンジョンに向かわないとね! という訳で明日そのダンジョンに向かうので本日は早退させていただきます」


 だが、当の本人はまるで分かっていない。アンナは政治もお家問題も理解の範囲外。自身と縁ある問題であってもそれに気づかない。

 理解したのはとにかく頑張って評価されればアンナ・クリスティナでいられる。ということだけ。


「えっ!? そんな簡単に早退してもいいのか?」

「構いませんよ。錬金術に関する活動であるなら。学校の授業は将来の可能性を広げる手助けであるべきですから。これは学んできたことを試し、自分の限界を知る機会なのです」


 錬金学校マテリア。錬金術士を集め成長させ、錬金術の発展を提供する場である。

 ただ学校という箱庭の中で錬金術の研究を行う場所ではない。

 学生達を成長させるにはただ机に向かわせればいいだけではない。知識を教えるだけでは限界がある。他者と競い合うことで腕前を磨く。衣食住の憂いを無くし研究に集中させる。

 そして、越えるべき壁を与える。


「最後に。何の悔いも無い程準備を万全にして出せる全てを出し切ってください。ダンジョンは太古の錬金術士が生み出したアトリエの成れの果て。待ち受けるのは磨き上げられた技術の結晶。自分の力以上の困難に直面したら退くことを忘れないでください。帰ってくるまでが課外活動ですから」

「「はい!」」

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