第97話 奴の名は
ミクさんは何を言っている? あの時のやり取りを知っているだって!?
「いやぁ~まさかお国の為に切り捨てられる人間になるとは思わんかったわ。──ここまでどん底な気分になるとは思わんかったわ……」
何も言えねえ……俺も切り捨てられる側の人間だったからある程度気持ちは分かるけど。護国を盾に死を迫られるレベルは想像つかない……。
「でもなあんただけやった。うちのことを本気で助けようとしとったのは。レインさんもうちが知っとるあの人の事しか興味ない。ルビニアっちゅうのも城のことしか考えとらん。正義ってほんまに怖いわ……」
「俺が選びたいことを選んだだけですよ……」
あの空気は今思い出しても気持ち悪くなりそうだ。目の前にミクさんがいるのに誰も目に映っていない、先のことだけを考えて本人の事は何も考えていない。
操っていた奴もどんな形であれミクさんが亡くなれば勝ち。そんな動きだった。
「少し話が変わるけど、錬金術の家系でもないうちがどうしてソルの管理人になれたと思う?」
「……それは必死に勉強したからでは?」
「あっとるけど、それを教えてくれたのがうちを操っとった人や」
「!?」
「試験にも合格できて、ソルの管理人になれてからはほんまによかった。お腹を空かすことも無くなった、妹はマテリアに通えるようになった、貯金もできるようになった。おとうがケガして仕事ができない時でも生活できとった。だから恩義がある。うちだけやなくて家族も助けてくれた恩がある。だから話せん」
ミクさんは初めて会った時も家族のことを気にしていた。
だから家族の未来を守ってくれた奴に感謝しているんだろう。
今際の光景が決め手になってしまったのかもしれない。彼女の信頼の天秤が「奴」か「この国」で量った時、奴の方が重かった。例え捨て駒にするような行為でも、彼女の生活と家族を支えたことに嘘はないのだから。
「──と思ったけどあんたは命がけでうちを助けてくれた。今は魔術も使いにくいけどちゃんと魔力も残っとる。その礼はしたいと思ってる」
「え?」
「まっ! 世話にはなったけど、うちを殺そうとした対価としてちょうどええやろ! 口止め料をさっさと払いにこんのが悪い!」
「いいんですか?」
「うちはあんたには話す、あんただから話すことに決めた。それをあんたがどうしようと自由や。ここにおるのも退屈やし、早いとこここから出れるようにしてほしいわ」
「分かりました。必ず役立てます」
「ええか? 『メルファ・グランサージュ』それがあの人の名前で女性や」
「メルファ・グランサージュ……それがアメノミカミを作りミクさんを操った人の名前」
ただ何故だろうか? この名前は初めて聞いたような気がしない。顔は繋がらないから出会った訳じゃない。いや、気のせいか?
「どこにいるとかは分かりませんか?」
「残念やけど、その辺りはな~んも分からん」
「この記憶は戻ってから気付いたんやけど、レインさんに言えばすぐに分かるで」
「ありがとうございます! また会いに来ます。できたら次は外で会いましょう!」
「待っとる」
後ろ髪を引かれる思いだが深々と頭を下げて俺は牢屋を後にする。
今すべきことはこの情報を伝えること! レインさんも知っている名前なのか? とにかくこの名前を知らしめてミクさんを殺す意味を無くさなければ!
急いで階段を駆け上がって行くと収容所の出入り口にはレインさんとソレイユさんが待っていてくれた。声を遮る物は何も無い。知るべき人は多い方がいい。ここで伝えた時点で終わりだ!
「ミクさんを操っていた人の名前が分かりました! メルファ・グランサージュという人です!」
確かに届いた、二人も門番も反応してくれた。だけれど、俺が望んだような反応ではなかった。
全員が目を点にしたような信じられないと言った表情を浮かべていたのだから。
「メルファ・グランサージュと言ったのか今!?」
「はい! ミクさんがその人が操っていたと。それとレインさんに言えばすぐ分かるって。誰なんですかその人は?」
「ちょっと待ってくれ! メルファさんが? どういうことだ!? だけど、思い付きで出るような名前じゃない……」
メルファさん? 本当によく知っている人なのは間違いなさそうだけど、ここまで狼狽えているレインさんは初めて見るぞ!?
「それはありえないよ……だって! 師匠は10年前、アメノミカミの戦いで亡くなったはずだから!」
ソレイユさんの言葉に俺も目が点にならざるを得なかった。
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