第96話 彼女の記憶
ライトニア王国地下収容所エリア2、そこは他の囚人達と比べればまともな待遇を受けられる場所。けれど、雑多な音はなく石や埃の匂いが鼻に届くだけ。牢の中に入っていることも変わらない。
「…………え? えっ!? うちなんでこんなところにおるん!? ちょっと、誰かおらんの!?」
目が覚めたミクリアは自室とも仕事場とも違う光景に混乱する。加えて彼女には牢屋を見学した記憶もある。自分がそこにいる事実がより大きく心を揺さぶった。
「すまない、少し遅れたかな?」
「あんたはレインさん! いったい何がどうなっとるん!?」
「君に何が起きて、どうしてここにいるのか1つ1つ説明しよう。いいかい──」
レインの口から紡がれるは隠し事の無い言葉。
ミクリアが何者かに操られて、アメノミカミを操作し国を襲ったこと。
王城にて乗っ取られて自爆しそうになったこと。
命を狙った刺客がやって来たこと。
そして──
「君の身体に魔術刻印が埋め込まれていたが、テツオがそれを消したと言った。私達としても身体に異変が無いか知っておきたい」
収容所に入れたのは何もミクリアの安全だけではない。堅牢な造りのここは仮に自爆が起きたとしても被害は最小限に抑えられる。
国とミクリア、両方を守ることに適した場所なのである。
「すんません……まだ頭が混乱して何がなんやらで……」
「分かった。今は静養してほしい、心が落ち着いたらまた後で……」
けれど、1日経てど2日経てどミクリアはレインの望む情報を何も話さない。アイズが面会に向かっても操った者のことは何も話さない。心ここにあらずと虚空を見つめる。
契約を結んだ記憶も失われたのか。それとも未だ刻印は身体に残っているのか。
あまりの手応えの無さ、というより拒否感すら示す態度。自分では聞くことはできないのだと悟った。
「そんな訳で病み上がりで済まないが君からも話してくれないか、テツオ?」
そこで、もしかしたらという想いの下彼女を救った人物に頼る事にした。
「話すのは構いませんけど、俺でいいんですかね?」
「いいんじゃない? あの人のこと気になってたみたいだし、ちゃんと顔見て話した方がテツも安心できるでしょ?」
大階段で倒れた鉄雄はあれから寮でセクリに甘えさせられしっかりと休養し、体力は殆ど元通り回復した。
ただ、王都の修繕作業が進む中ずっと休んでいた身が罪悪感を沸かしていた。雨の降る中瓦礫やツルの撤去作業。備えの哨戒任務。必死に働く騎士団員を尻目にベッドの上でごろつき、マッサージを受けていたりしていた。
「ボクとしてはこんな機会早々来ないからもっと付きっきりでお世話したかったかなぁ」
心底残念そうで寂しそうな表情と声で惜しむ。
使用人としての矜持を堪能する日々が終わろうとしていたのだから。
「俺の事は置いといて──俺が使った術の影響で記憶も消してしまった可能性もあるんじゃ?」
「彼女は何かを知っているけど話したくない。そんな様子だった」
「根拠は?」
「勘だよ」
「なるほど──」
迷いの無い瞳に有無を言わせぬ説得力があった。
「それに彼女は被害者だ。尋問のような真似はしたくない」
薬、脅し、取引、口を割らせる手段はいくらでも用意できる。
けれど、彼女が置かれている状況に鞭打つ真似は騎士ではなく外道が行う所業。真実をいくら知りたくても、自分の意志とは関係なく自国に被害を与えてしまったという事実に心を壊し記憶を封じてしまった可能性もある。
「じゃあ早速行きますよ。許可は下りてるんですよね?」
「問題無い。なら行こう。早いうちに話が聞けなければ彼女の身が危ない」
6月16日 風の日 10時05分 地下収容所 エリア2
収容所。前の世界で入ったことも無ければ覗いたことも無い場所。壁が石造りなのはこの世界特有だとしてもこの静けさや重々しさは変わらないのかもしれない。
ただ、ミクさんの安全の為とはいえこんな陽も当たらない空間にずっといるなんて心が病んでもおかしくない。
「今日はあんたか……」
レインさんが急く理由も分かる。目に生気が全然ないし耳も元気なさげに垂れ下がってる。
ミクさんは悪い事をしていない、反省の必要が無いからこんな所にいたって心が擦り減るだけだ。
「お久しぶりです。やっぱり偽物とは違いますね」
「あんたも何かうちに聞きたいことがあるんやない?」
ミクさんを安全にここから出す方法。一つとして操っていた奴の情報を全部バラすこと。報復攻撃はあるかもしれないけど、敵が分かれば守りやすくなるしこっちの捜査も始まる。迂闊に手がかりを与える真似はできないだろう。
けど、今のままだとミクさんが殺されてしまったら何もかもお終い。
ここに入る前レインさんにも「背後にいた者の名前を聞き出してほしい」と念入りに言われた。
「ええ、あります。ちゃんと聞いておきたかったことが……──体に問題はありませんか?」
でも、この不調の原因が俺かもしれない。人の身体から強制的に刻印を消し去る術。どんな影響が襲うのか想像が付かない。情報を聞き出すことが大事でも今の俺にとってはミクさんの身体が無事かが気になってしょうがない。
「は? 急に何を言いだすん?」
「ミクさんを実験台にしてしまったようなものですから。だから、ずっと気になってました失敗したんじゃないかって、目を覚まさなかったらどうしようって。今も元気が全然なさそうで……」
それにのうのうと休んでいた俺と違って彼女はこんなところに押し込められていた。
休めるものも休めないだろう、家族に会いたいだろう。けれどここ以外だったら簡単に殺されるかもしれない。考えれば考えるほどどっちが正しいのか分からない。
「……実はうちな……聞こえとったん」
「? 何がです?」
「大階段でのやり取り」
「────!」
「あの人の置き土産っちゅうかな? 全部聞かされた。みんながうちをどうしようとしとるか。記憶の共有っちゅうのがあの時できとった」
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