第94話 面会
6月13日 太陽の日 8時00分 ???
アメノミカミの操縦者であったミクリアが入牢されたことで、アメノミカミ級の攻撃は当分こないだろうと予想され、避難生活をしていた国民は少しづつ自分達の家に戻っていった。
ミクリアの目が覚めるのを待つだけの騎士はおらず、有毒ガスが抜けた『ソル管理室』を調査したところ、レインが触ろうとした掲示物の裏に隠し部屋があり、そこには遠隔で何かを操作するのに特化した設備が配置されていた。
今も尚機能は生きているが対応する操作物も無ければ、席に付く者もいない。破壊ではなく分解され別の部屋に運び出されていた。
全てが収束しようと動く中、ただ一人声を荒げる者がいた。
「まったくどういうことだ!? 何故うちのミクリアが牢にぶち込まれる所業を受けている!? 報告書だけで全て飲み込めると思ったか!?」
「お待ちください室長! 正式な手続きが無ければ出牢は許されません!」
「話を聞くだけだ! 大事な部下に慰労の言葉すら許されないはずがない! ここは私の庭だ! 私が許可する! 私がルールだ!」
「そんな無茶な──!」
「ここじゃあ無茶だと言って尻込みするようなのはいない! 必要ないことに義理を通している私に感謝してくれてもいいんだぞ!」
怒りを露わに床を叩くように歩くは囚人監視室室長『アイズ・ジェネルフ』、ミクリアの上司である。
昨日、毒ガス事件が発生したことにより管理室と同じ階にある囚人監視室に閉じ込められる形となった。ガスの排出確認及び毒性物質の残留確認の作業により通路は封鎖され、夕方近くまで外に出られなかった。
加えていつの間にやらミクリアが地下牢に入れられたと報告された。
無論、アメノミカミの操縦者であり彼女もまた操られていたということも。
「はぁ……仕方ありませんね……ボディチェックはさせてもらいますよ」
「それでいい」
マントも含め服の中に何も無い事を確認すると、収容所の中に彼女は踏み入れる許可を得る。
「彼女は特別区にいるのだろう?」
「ええ、エリア3に入牢にしています」
基本的にここに収容される人間は魔術使用を阻害する刻印を植え付けられる。
ミクリアは被害者であり重要参考人。ただ罪を重ねた囚人達とは扱いが異なり刻印も無ければクッションの効いてないベッドではない。
彼女がいるのは重要人が入牢される特別区画。犯罪者というより保護することを目的としたエリア。他と同じで外からの干渉も脱獄も不可能。娯楽用品などある程度の要求は通るが室長級の許可が無ければ面会も許されない。
「面会時間は守る」
扉の一つ一つが槍も通らない重厚な金属で閉ざされているライトニア地下収容所。
エリア1、エリア2と一階層下がる毎に空気が死臭の如く重く澱んでいく。エリア3に到達する頃には地上の音は何も届かない、無音による耳鳴りを感じるほど。
目的地の扉、鍵が開かれ、重々しい音と共に扉が開く。
「15分が規定ですよ。それに、牢の中に入るのは禁止ですからね」
「分かっている」
アイズが通路に入ると扉は閉じられる。脱獄者を出さないための措置、けれどもこの場にいるだけで拘束感に圧迫されそうであった。
入牢している人物はミクリアただ一人のエリア3。
どの部屋も同じ構造、ベッドがありトイレと仕切り、物をしまうクローゼット。
歩く音だけが嫌に響き、最奥の牢まで歩みを進める。格子越しに見えるミクリアはベッドに横たわっており確認すると、懐からナイフを取り出し、短い金属音と共に鍵を破壊した。
「…………」
そのまま錆びた音を響かせながら扉を開き、感情の無い顔でベッドに近づき、ナイフを眠る彼女に向かって振り下ろした。
布団越しに広がる赤い染み、滴り落ちる赤い液体。
十秒にも満たない流れる動作。一抹の迷いもなく、殺す為に彼女はここにやって来たとしか言えない動き。
「任務完──いや……これは、人形!?」
泉の湧き出ている赤い液体。布団を剥ぎ取れば顔の無い能面人形。取ってつけたかのような兎の耳。
エリア3の扉が施錠される重々しい音が響き、牢屋の扉が開く錆び付いた音が彼女の近くの部屋から耳に届く。
「どうやら命令違反した悪い子がいるようじゃねえか……」
焔の光が通路から溢れ、壁を明るく染める。
姿を見せるはライトニア王国討伐部隊総隊長、獄炎の獅子ラオル・ブレイブ。
「っ!?」
「レインに止まった時の中でここに来てはいけないと伝えられていなかったか? だが、ワシにとっちゃあ貴様がアイズ本人かどうかは関係ない。ぶちのめすだけよ!」
ミクリアを入牢した話は各総隊長は勿論、アイズ本人にも伝えていた。誰にも気づかれないように時間を止めて。
レインの時間停止は触れた相手を同行者にすることが可能。負担は上がるが静止して会話する程度なら問題無い。
怪しまれずにミクリアに必ず接触するであろう相手に変装して口を塞ぐ可能性を危惧していた。父の二の舞にならない為に。
「アメノミカミと激闘している間もワシはずっとずっと王の間の前で見張っておった! まさか真下で自爆行為が行われようとしている最中も見張り! なんとも不甲斐なし! 平和そのものであまりにも心苦しかったわ!!」
アメノミカミ襲来時、過去の失敗を王への凶刃を二度と届かせない為ラオルは現王クラウドの守護者に徹した。けれども警戒虚しく剣を抜くことは無かった。
有り余った体力、溜まった鬱憤。全てを吐き出す気概を持って、現ライトニアにおいて最も強き益荒男が解き放たれた。
「ようやく暴れられる機会が来たということだ! 拳骨で相手をしてやろう!」
牢屋の壁、通路、全てに炎が纏わり付き包囲網が出来上がる。
「くっ──!」
「遅えよっ!!」
人形に刺したナイフを抜かれる前に首を掴んで壁に叩きつける。
勝負にもならない圧倒的実力差。掴んでいる腕はもはや岩石と見間違うほどの硬度。
「どうやらてめえはアイズの姿形を真似ているだけの何かみてえだな。中身は違え、あの嬢ちゃんの勝負勘なら脱出してもおかしくねえからな! それに、10年前ガイアに化けた者がいる話を思い出したぜ! どうやらお前の可能性が高けえな!」
誰も信じなかった「ガイアに化けて前王に凶刃を振るった者」がいる話。ラオルの手にはその可能性が握られている。
「ワシは前王に世話になった! もしもてめえだと言うなら、願ったりだっ!! このまま両手両足を折らせてもらうぜ! 別の誰かに化けても逃げられ──」
瞬きの合間に掴んでいた腕にかかる負担が急激に減る。
「やめておくれ……」
「っ──!? なんでお前が……!?」
目の前には最愛の妻「リオ・ブレイブ」の姿。声も体形もラオルの知る姿。長年連れ添い、結婚してから妻に一度も手を上げたことの無い彼にとっては想像しない受け入れがたき光景だった。
偽物と分かっていても頭によぎる一抹の「もしも」、思わず緩んでしまう拘束。
「まったく甘いんだから──!」
戦闘体勢が解けてしまった鋼の肉体、腹部に蹴りがめり込み、よろめいてしまう。
それが致命的な隙となってしまう。眩い閃光が部屋を埋め尽くす。
「くそっ! 待ちやがれ!!」
手を伸ばしても既にそこには誰もいない。空間転移の道具によりその場から消え去っていた。
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