第90話 何が彼女の救いになるのか?
「さて、城の人間達が避難するまでは状況も変化しないだろう。ただ待つのも性に合わないし退屈だからミクリアでしてきたことを語らせてもらおうかな」
「それは自供ということか?」
「好きに捉えてもらって構わない。謎は謎のままというのも美しいが、彼女の名誉を守るのも礼儀というものだろう?」
このままではミクリアは王都崩壊の共犯者となってしまう。弁明すること無くこの世を後にすれば、多くの者が抱いた怒りや憎しみを向ける矛先が霧へと消える。乗っ取り操った者がいたとしても、名前も姿も分からない相手に人は石を投げない。
だが、正義を胸に抱いた人間達の行動力は残酷的に活発。復讐という大義名分を盾に怒りを晴らす的を探す。自然と次に的になるのは近しい存在。そう、家族。
十年前、レインが受けたような弔い合戦が繰り返される可能性があまりにも高い。
「君達も何となく分かっているだろうけど、地下収容所のソルを故障させたのは紛れも無く我の仕業だ。管理室の装置はデータを読み取るだけでなく操作も可能。魔力供給量と光量を操作し過負荷状態を気付かれないように発生させ寿命を削っていた」
「雨期のタイミングで故障したのは偶然では無かったということか!」
「中々苦労させられたよ。けれど、その日々でソルの対策ができたのも事実。長い長い破壊工作の時は我が替わり、ミクリアは記憶すらない。そして証拠を消し、彼女に替わり帰宅する。その繰り返しだ」
「つまりミクさんは完全に何も知らないってのは嘘ではないってことか……」
「その通り! 我が生涯に賭けて誓おう! この娘は一切の悪事に染まることなく国へと貢献してきた! アメノミカミによる侵攻も、ソルを故障に導き偽装工作を行ったのも我の意思。この娘は何も知らない! ただ我が自我を奪い操作していたに過ぎない!」
声高らかにミクリア・タシアーは無実であると宣言する。
紛れも無く被害者の一人であると。
ただ、鉄雄の顔には疑問が残っていた。
「けどそんなに上手く行くものなのか? レクスと交代している時の記憶は俺にもある。そう都合よくできるのか」
「交代している間は幻覚や刷り込みと言った仕事をしている夢を見せているようなものだよ。そして契約した事実は厳重に封印している」
「えげつねえな……」
ソルの状態を確認するという任務に就いて真面目に仕事をしていると本人は思っているが、実際は常に情報は抜き取られ、工作されていた。
国の為に働いてのに実際は真逆。国を危機に陥らせてしまった。
「全部が全部都合よく済む訳がないよ。厳重に封印しているってことは逆に言えば記憶は綺麗に残ってるってことだよね? その記憶も消したいじゃなくて消せない。契約も消えてしまうから。どう? あたしの答えは間違ってる?」
「ああ、可愛くないぐらいに見事な正解だよ」
「じゃあ封印を解けば──! ……どうやって?」
望んでいた反応に出会えたかのように鼻で笑った。
「体に魔術刻印を施されているんだと思う。サクリムを無詠唱で使おうとしたのがいい証拠。多分乗っ取りの安定化や記憶の封印で複数の刻印があるんじゃないかな?」
「それも正解だ。錬金術だけでなく魔術も随分と勉強しているな、」
「じゃあそれらを全部解除したらミクさんは助かるってことですね!」
希望に溢れた鉄雄の表情と言葉とは反対にソレイユは口を噤んで目を伏せてしまう。
「そんな簡単な話じゃないんだ……基本的に刻印は付けた人しか剥がす事はできないの。別の人が剥がそうと思ったらどれだけ時間が掛かるか……それに繊細な作業が求められるから解除に協力的じゃないととてもできそうにないんだ……」
「……こいつは自爆することを望んでいる。協力する訳が無い。でも、ミクさんの時に事情を話して──!」
「随分と悠長な事を言うんだな? 例えこの場を切り抜けられたとしても我は別の場所で発動するだけだぞ? 君はずっと彼女と共にいるのか? 君の意識が失った瞬間発動するのは目に見えているとは思えないか?」
「それは──」
余裕の正体。それは誰もどうすることができないから。自分の正体に届きそうな要因を全て洗い出し入念に対処の用意が出来ていた。手が届いたとしても頑丈な錠前が付いていれば真実には触れられない。
自爆して他者を巻き込むかそうでないか。結果は変わらない。死人に開く口は無いのだから。
「サクリムさえ無かったらどうとでもできたのに! 時間をかけて解除することもできるのに!」
「やはり……この方には申し訳ありませんが被害を広げない為にも命を頂くしかありません」
「待ってください! まだ……まだ何か手があるはずです!」
「避難もほぼ終わろうとしています。もはや最悪は大階段が血に汚れてしまうぐらいでしょう。何か納得できる方法があるならお聞きします」
(どうする……どうすればいい……! このままじゃ時間切れだ。黒霧も無限に使えるわけじゃない! そっちで時間切れになったら本当にお終いだ! 自爆されるのが本当に最悪だ! 他者を巻き込んで死ぬ未来だけはミクさんに与えてはダメだ!)
名前も顔も知っている年下の女性が目の前で命の危機に瀕している。
(聞け鉄雄! こちらにはミクリアの自爆を確実に止める方法がある!)
(何……!? そんなことできるのか?)
(簡潔に言えばこ奴の『魔力の核』を破壊することじゃ)
(魔力の核って? ……いやまさか、魔力を生み出す器官か何かを破壊するってことか!?)
(話が早くて助かる。まさにそう言う事じゃ、魔力を失えば自爆魔術は二度と行えぬ。城は無事、こ奴も死なぬ、誰も犠牲になることはない。わらわなら確実に成功させられる!)
鉄雄を乗っ取りレイン達と戦った時、レクスは騎士団隊長達の魔力の核を破壊しようとした。つまり、付け焼刃ではなく身に付けた技術であるという事。
(……もしそれをしたら、ミクさんは俺みたいに魔力の無い人間になるってことだよな? 自爆魔術じゃなくて普通の魔術も使えなくなる……)
(……うむ、間違いない。だが、そうしなければ常に自爆の危機に晒される。糸を引いてる者はこの娘が死んでも構わんと考えておる。それに、乗っ取りも防げるようになるかもしれぬ。さすれば時間も稼げて刻印も解除できるだろう)
人は普段できていたことができなくなる時、強い絶望と怒りを宿す。自ら手放したのではなく他者に奪われたのなら尚更である。
けれど得られるものは多い。命も助かり、刻印も無くなる。乗っ取られることも無くなる。糸を引いていた人間にもたどり着ける。全てが上手く回る未来。
(本当にそれでいいのか……それをしてしまったらもう二度とミクさんは日常には戻れない気がする……ただでさえ今不信感が集まってる状態だ……本当に救ったことになるのか?)
(よいか? これができるのはわらわだけ、お主じゃできぬ。交代も短時間一回限り。お主が決めろ。必ず成功する)
(俺が……選ぶべきは……!)
選択権が委ねられたのは神野鉄雄。
大きく深呼吸をすると、真っ直ぐミクリアを見据え。
「──みんな、聞いてください」
決断した。
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