第88話 幕引きの花火
6月12日 月の日 8時30分 クラウディア城エントランス
役所の機能は停止しているが一部を避難場所として提供している城の一階エントランス。そこには壁に背を預け床に座っている者、チェスをして暇を潰す者、窓から外の様子を眺める者。避難している国民の殆どは王都の西に住居を構える者であり、帰ることが許されていない。何時まで続くか分からない不安を抱え現状を受け入れるしかできなかった。
避難生活も四日目に突入する。アメノミカミは討伐された、けれど操縦者が未だ捕まっていない現実。閉じられた王都の門。大通りを埋める巨大ツルの残骸。納得せざるを得ない状況証拠が外に出れば広がっている。
ただ、頭では避難することは分かっていても我が家に帰りたい欲はふつふつと湧き、今にも爆発しかねない。
そんな精神状態に追い打ちをかけるような警戒放送が王都に広がり、不安の導火線に火が付こうとしていた。
避難民達が受付に足を運んだりする状況でも一部分だけは結界が張ってあるかのように人が寄り付かない。
それは二階へと繋がる大階段。騎士も平民も立ち入り禁止で、貴族であっても許可が下りねば通ることは許されない。文字通り王の住む領域へ繋がっている。
そんな威光威厳の結界を無視して悠々とおとぎ話の主役のように踏み入れる一人の人物がいた。
王城大階段、その中段中央の踊り場。ステージのようにクルリと存在を示すように回る一人の女性。
「誰だあの人……?」「貴族じゃないわねあの姿」
多くの者は誰か分からない。ストレスの溜まった変人が鬱憤晴らしをするために踊り出した変人だと認識した。
その目立つ行動をすれば誰もが視線を向ける。
「ミクさん……?」
それは偶然か必然か、女性の顔を知っている人物が丁度よく現れた。少女に支えられながら。
彼女は普段から地下で作業をしている。ミクリア・タシアーという名前を聞いても誰も顔が思い浮かばない。
「おや……? 君が最初の観客か? それとも演者かな? 最後の最後まで縁があると言わざるを得ないよ。ただ、そんな身体でここに上がることができるとは到底思えないけどね」
「っ!? 誰だお前は! ミクさんはこんな喋り方じゃない……もっと楽しそうに話す人だっただろうが!」
鉄雄は知っていた。顔も声も話し方も。目に映る彼女は姿形は同じでも、彩る表情も声の抑揚も心の表現の仕方がまるで違う。
「はは、男女の仲でもない君が彼女の何を知っている?」
「……まさかお前っ!」
知っていた。忘れることはない。声が違えど顔を見ていなくても、心の表現の仕方がまるで同じ者を覚えていた。
「テツオ! 彼女がアメノミカミの操縦者とみて間違いない!」
「何とか間に合ったぁ! さあ、もう逃げ場は無いよ! ここに仕掛けは無理でしょ!」
階下にはレインにソレイユ。階上に進めば常在する王を守護せし上級騎士達に押さえつけられる。武力で突破はどれだけ都合の良い未来を引き寄せたとしても不可能。
王城内部は常に目が光り工作を行ったとしてもすぐに発見され無かったことにされる。罠を仕掛けることはどれだけ精巧な造りであっても不可能。
誰が見ても詰みの状況。
「おやおや、観客が増えて来たか」
不気味な程余裕な笑みを浮かべ見下ろす。幼児が見世物に集まって来た、そんな印象を与える程彼女の表情に怯えや恐怖は欠片も無かった。
「何も知らないまま終わるのは不公平だから1つ教えておこうか。我はミクリアであってミクリアでない。彼女は何も知らない。今も彼女は何も分かっていない」
「別の誰かがミクさんを操って、アメノミカミを操ったのか!?」
最初に気付くのはレクスに何度も肉体を貸している鉄雄。同じことがミクリアにも起きている。ただし、何倍もの悪意が籠った乗っ取りが。
「正解だ、それにこの体がどうなろうと我には痛くも痒くもない。正体が暴かれなければ最高の隠れ蓑だったが、その価値は失われた」
「ここで君を、ミクリアを捕まえて保護すれば新たな手掛かりへと繋がる。それも正体に直接繋がるような重大な情報がだ」
「それも正解だ。となるとおや困った? どうしようも無い状況に陥ってしまったかな?」
「さっきは油断しちゃったけど、今回はそうはいかないから! それに、ミクリアさんは獣人と言っても魔力も肉体も騎士には劣る! 暴れ回ったって抑えることなんて簡単なんだから!」
(わらわがお主を操ってるのと同じようなものじゃな、加えて優れた武具を有しておるわけではない)
乗っ取りの経験者レクスは誰よりも理解が早い。
鉄雄の貧弱な肉体ではいくら一騎当千の経験値を有していても、動きに身体が付いて行かない。ミクリアの中身がレクス級の強さを秘めていたとしても、半分も実力を発揮することは不可能だろうと。
「ただ、古の人間は造ってはいけない魔術を生み出してしまったものだ……使い方さえ分かれば誰にでも扱え、甚大な破壊力を放つ禁術。その対価は命──」
「──まさか貴様! 自爆魔術を発動するつもりか!?」
自爆魔術。使用者は必ず命を落とす禁術。
自身の魔力と命を対価として放つ魔術。古の魔術士が戦局を覆すために造り上げてしまった。生命エネルギーを対価に上乗せされた破壊力。その身を爆弾へと変えて周囲を破壊のエネルギーで満たす。中心地にいる使用者は死体すら残らない。
本体は別の場所、つまり自らは一切傷つくことなく口を封じ、全ての証拠を消す事ができてしまう。この場において最高最善の一手であることは間違いないのである。
「大正解だ。さぁ、我が正体についても闇へと消えようか、この少女を贄として自爆魔術──」
「っ──!」
ミクリアの全身が光に包まれ、破壊のエネルギーが放たれようとした。が──
何事も無かったかのように光は収まった。黒い霧に身体が覆われて。
「今の動きが正しかったなんて分からない。でも、この状況は一体なんだよ……」
魔力吸収の黒霧が間に合っていた。止められる保証は無くとも身体は勝手に動いていた。
「くくく、ここまで想像通りだと笑いが止められないな! テツオ! 君なら止めるだろうと分かっていた! レイン! 君なら彼女を殺さないと分かっていた! 爆発する前に息の根を止めれば不発で終わると知っていながらも! 時を止めれば確実に成せたことを! その剣は飾りだったか? 彼が止めてくれると期待してしまったか?」
けたたましく妨害されたことを喜ぶように言い並べる。
全てを読んでいた。彼女が宿す真実はレインが十年間身を削り必死になって追いかけて来た父を救う鍵。レインは殺す事に躊躇するだろうと。
その証明として彼女は自らの剣に手をかけてもその手は震え抜けないでいた。
階下で狼狽える者達を、ミクリアは黒い霧を纏いながら大舞台でスポットライトを浴びた女優のように妖艶な笑みで全てを見下ろしていた。
(こんなのどうすればいいのかわからないよ! 今言ったことが本当ならテツが黒霧を解いたら爆発するかもしれない……そうなった今ここにいる人達は……!)
どう動けばいいのか分からない、腰が抜け足が竦んで動けない者もいる。
妨害していなければ自分達も巻き込まれていた恐怖。それを理解した誰かが叫び慄いた、一人で収まる訳もなく感情のせきは決壊し連鎖する。王城は混乱の渦中へ誘われていった。
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