第84話 初手チェックメイト
6月12日 月の日 8時10分 騎士団本部 ソル管理室
騎士団本部の地下三階、声を出せば反響する程物も無ければ人もいない。だが、それも無理はない、ここより下は父ガイア・ローズも収監されている地下監獄。罪人達の穴倉なのだから。
そんな穴倉を照らす地下の人工太陽を管理する部屋。名の通り『ソル管理室』。
二人は部屋の前に立っていた。
息を潜めて中の様子を探っても目立つ音は無い。目配せを一つすると、レインはドアノブに手をかけ。
「失礼するよ」
一気に開いた。
「うあっ!? ビックリしたぁ~! 誰や! ここは立ち位置禁止……ってレインさんやないですか! それに後ろの方は?」
耳が垂直に立ち、手に持っていた書類を落とすほど驚く様子を見せる。
「ソレイユ・シャイナーです。初めまして」
「ソレイユ……? ああっ! もしかしてソルを作った!?」
「そのソレイユ・シャイナーです!」
サムズアップを加えたにこやかな挨拶を行っているが、内心は殺伐としている。二人はミクリアの動き全てに疑いを持って一挙手一投足を見逃すつもりはない。
犯人であるなら必ずボロが出る。今の驚きは演技ではないのか、逃げる手段を画策しているのではないか。
殺気を抑えつつの警戒。
「いやぁ~! 助かりますぅ! うちじゃあどうしようもないのにみんなから責められて大変だったんですよ。これで修理もできて、アメノミカミも攻めて来れない! 平和に暮らせそうでよかったですわ!」
屈託のない笑顔で堂々と口にしたミクリアにレインは一瞬「どの口が言うか」と声に出そうになってしまう。
ここに来る前に再度魂結の追跡者で地下を指していたことを確認した。目の前の彼女がコアと強い繋がりを持っていることは間違いない。
「……その件も含めて話をしたいと思ってね。今いいかな?」
「ええもちろんです! 狭くてごちゃついてますけどどーぞどーぞ! 座るとこも無くて申し訳ありませんが」
椅子と言える椅子は一つだけ。それもミクリア専用と言えるぐらい年季が入り上着が掛けられている。
(本当にこの人? すごい自然体でアメノミカミを使った人には到底思えないよ?)
(あの時あの場所で該当するのは彼女しかいない。今はとにかく彼女だけでなく部屋にも怪しい所がないか調べよう)
(うん、分かった)
念話による相談で次の一手を決める。
管理室で目立つのは測定器に書類の山、以前テツオが訪れた時と変化はあまりない。精々紙の山の形が変わった程度。
「ミクリアさんは昨日もこちらにいたのかな?」
「いやぁ、避難警報が出たらすぐに家に帰りましたわ。ここにおったってやれることはあらへんし室長も避難指示出しとったから寄り道せずまっすぐですね」
「アイズ室長か……彼女は監視室にずっといたのだろうか?」
「まあ室長はここの番人ですからね。ずっと地下にいたんやないですか?」
ソル管理兼囚人監視室室長『アイズ・ジェネルフ』。若くして室長の座に就いた女傑。レインとは強さのベクトルが違えど紛れも無い強者。嗜虐的で攻撃に躊躇いが無い。囚人達が脱獄を実行した時は彼女の宴が始まる。それも余りにも一方的な彼女が楽しむ為だけの娯楽と化して。
「あっ! そういやみんな噂しとったけど、カミノテツオってのが大活躍したんのは本当なんです?」
「ああ、彼がいなかったらアメノミカミは退けられなかっただろう」
「すごい活躍だったよ! まさかあたしの出番がまるでないとは思わなかったなぁ」
その言葉に安堵したように胸を撫で下ろし、耳もペタンと垂れ下がる。獣人の感情は耳や尻尾で露わとなりやすい。本人も大きく動いてることなど自覚していないだろう。
「それならよかったですわ。ちょっとは期待しとったんです、すごい力を持ったんがおったら家族もついでに守ってくれるんやないかって。やっぱあいつ守る力があるやん!」
ミクリアは最初から神野鉄雄に賭けていた、異世界人で何のしがらみも無く、正しく力を振るっていることを分かっていたから。
「あたしが来たのでもう大丈夫! それと気になったんだけど、その測定器ってどんなものなの?」
「折角なんで見てみます? いやぁ~ソルを作ってくれた人に見てもらえるならそいつも嬉しいでしょうね」
計器のある部屋の一角は他と違って小綺麗にされており、特別な装置であることが傍目からでもうかがえた。
そして、その位置にソレイユが行くということはミクリアは二人の間に陣取ることになってしまう。
(あまりにも自然体だ……嘘や演技はまるで感じられない、気を使っている様子はあるが違和感はない……どうなっているんだ? それともこの状況は彼女にとって何でもないティータイムと同じなのか?)
完全な矛盾。
もしも、彼女が操縦者なら破魔斧レクスを扱う鉄雄は計画を狂わせた憎い存在。安堵したり褒めるような言葉を心の底から吐こうとすれば負の感情は必ず彩る。目の色も言葉との差異が生まれる。仮に耳や尻尾を意図的に操作できたとしても全ては隠せない。
それにレインは必ず気付く見逃す訳がない。
加えて本当に操縦者ならこの時点で詰んでいることは理解させられる。前門の虎後門の狼が生易しい程二人は強者。その間に立つ事自体が間違い。
時間を止められるレインがこの場にいる、出入口を塞いでいる。天地がひっくり返ったとしても不可能である。
というより初手でレインが扉を開けた時点で詰んでいるのだ。
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