第83話 君だとは思わなかった
6月12日 月の日 6時00分 騎士団本部 ???
「これからが本番だよ……! 昨日の夜は思った通りコアを置いても南東方向で止まったけど、朝になれば動く人も多くなる!」
地図と組み合わせることで明確な方向は捉えた。朝を迎えた今、人々の営みは再開される。矢印と動く者が重なり続ければコアと縁が深い者。つまりは操縦者。王都に被害をもたらした人物である。
「ただ、これを持ったまま動くのは不可能だな。私が街に出て調査するから通信具で連絡を取り合おう。今持って──」
「レイン! あたしを誰だと思ってるの! そんなこともあろうかと、という訳であたしが作ったイヤーカフ型の通信具を身に付けてね。レインの髪色と似た花があったから、それを模して作ってみたよ」
宝石によって表現された中心は黄色く五枚の青い花弁、小さくも高貴な輝きを放つアクセサリーは錬金術で丹精込めて作られた。
それは説明通りの効果を持ち、言葉にしていない優秀な効果も持っている。
「これはまた随分と可愛いというか綺麗というか……私にはちょっと派手な気がするが……」
「ぜんぜん派手じゃないって、これぐらいはおしゃれおしゃれ! 隊長に余裕がないと下のみんなも余裕が生まれないって」
「でもこれはどうつければ……?」
その言葉を待っていたと言わんばかりの喜々とした表情でレインの髪に指を通し、右の耳を露わにする。
「しかたないなぁ~あたしが付けてあげるよ……うん、似合ってる!」
「あまりこういうのは身に付けたりしないから……変じゃないだろうか?」
「レインは綺麗なんだから、でもあんまりおしゃれして変な虫が寄ってくるのも嫌だなぁ~」
手際よく装着するとそのままさも当然という表情で髪を弄り始め、カフを付けた側の耳を見えるように髪を編み始める。
「どうやって通信すればいいんだ?」
「念話と同じ要領だよ。宝石部分に触れたり意識を集中して──」
(こんな感じか?)
(うん! 聞こえてる! 特別製でかなり離れても会話できるから何時でも会話できるよ)
(なるほど、それじゃあソレイユはここで魂結の追跡者に動きがあれば逐一報告してほしい。私は東の派出所辺りで待機しているから)
(りょーかーい!)
編んだ髪をそのままにレインは外に出た。その姿を笑顔で見送るとソレイユは左耳に手を触れる。
そもそも念話をすると言っても、技能を付与したもの一つあっても効果が薄い。
アンナ達がいい例である。使い魔契約に加えてお揃いという繋がりがあって相互に念話が可能となった、つまるところ一つでは意味が無い。
「これでお揃いかぁ~」
ソレイユの左耳には太陽を模した赤い宝石のイヤーカフが着けられていた。
戦いが終わっても雨は降り続ける。そういう季節だとしても今もまだ戦いが続いていると錯覚してしまう。いや、現に続いている。刃を交えない戦いが。
出発してから1時間以上は経っただろうか。東の派出所、その屋上。見下ろす王都は少しずつ戦い傷が癒え始めていた。遠くに見える西門はツルが網を張って敵の侵入を防ぐ蓋となってくれている。
大通りを侵食した太いツルも少しずつ切り取られているが王都外に運び出す事はできず通路を塞ぐ障害物になっている。
壊れた門の欠片は1度マテリアのグラウンドに運ばれ、修復用の石材として再利用される。それまでは場所を借りることになって生徒達に申し訳なく思う。
私が強い意思で戦い続けることができれば結果は変わっただろうか? 今の景色は最善なのだろうか? 自分の無力さを思い知らされる。
(レイン聞こえる? 矢印が小さく動き始めた! 4区から今大通り辺りを指してる! 動いている人は?)
西側と比べると、ここ東側は安全と言えるだろう。けれど人の営みは閑散としている。人々に不安が根付いている証拠。
好機と見るのは間違っているだろうけど、今なら判別もしやすい。ここは王都の東端、門は閉じられている。誰も入って来れないし出られない。
地図と羅針盤を組み合わせることで正確に位置を確かめられる。
(丁度4……5人が脇道から出て来た。全員中央に向かって歩いている。変化は?)
(レインの言う通り、ゆっくり針が南の方を向き始めたよ今東南東方向!)
傘をさしているおかげで顔は分からないけれど、位置は分かりやすい。まるで的だ。
あの中に犯人がいる……落ち着け……今剣を抜いても意味は無い……大事なのは全ての真実! 全王に刃を振るった人間を捕まえなければ意味が無い!
お前は元からこの国に住んでいたのか? 計画の為だけに訪れたのか?
どちらでも構わない。のうのうと今の今まで生きていたお前と父の場所を入れ替える。絶対に!
もう目の前に現実として存在している。
1人は北へ、2人は通りのお店へ。
(2名大通りから外れた。変化は?)
(ぜんぜん方角が変わらないよ!)
あの2人は無関係。残り3人……後2人が候補が外れたら……落ち着け、落ち着け……!
そろそろ中央広場に差し掛かる、もう決まる。決まってしまう。心臓が異常に高鳴る。剣に手を掛けるな……まだ証拠は無い! あくまで候補……!
(ちょっと待って待って待って! 矢印が下を向きを始めたよ!?)
「下……つまりそれは……」
魂結の追跡者は騎士団本部の上階に設置している。下を指したということはそこに向かって近づいているということ……答え合わせするように1人は南側の大通り、残る1人は城門を通った。
(ソレイユ、方向は!?)
(どんどん下向き始めてる! 近づいてるってこと!?)
王都中央の城門は騎士団本部、錬金学校マテリア、クラウディア城の3ヶ所に繋がる。下を向き始めるということは……まさかっ!?
胸に湧いた「まさか」は信じたくない。ありえない、今の騎士団員の殆どは十年前の被害者が多い。知らぬ存ぜぬで顔を合わせて会話を続けられる訳がない。
(時間停止──)
騎士団本部の入り口前。ほんの数秒待てば傘を閉じるだろう。
知らなければならない、誰だか。止めずとも分かることでも、見逃す可能性は潰したかった。あの人が犯人なのか? 今の心臓の高鳴りは復讐心よりも疑問と不安で満ちている。
停止した時間、目の前にいる、私よりも低い身長、姿を隠す傘、下から覗かなければ分からない。
止まった傘に手を置いて身を屈める。知るのが怖い。知った顔の人間がアメノミカミを操ったという現実は信じたくない。テツオがあそこまでボロボロになり、西門を破壊した。
その顔が知らない顔だと願って覗き見た。
確定した、確定してしまった彼女がアメノミカミと縁が強い者。操縦していた人間。
私の顔はどうなっているのだろうか……このまま洗面所に……そうだ、時間を動かさないと……
(ソレイユ……犯人は分かった。これから行く先も分かった)
(えっ! これで解決するね!)
(ああ、装備を整えたらすぐに行こう。アメノミカミを操っていたのは……ソル管理室職員……)
傘が閉じられ、茶色の兎耳が目立つ彼女、可能な立場にいたけれど1番警戒されていた場所、可能性はあったが不可能だと誰もが思っていた。
(ミクリア・タシアーだ)
連鎖的に繋がってしまった情報、納得してしまった、彼女ならできると。彼女なら状況を意図的に作れると。今の私は鏡が見られない……
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