第81話 その事実は知りたくなかった
「できたよー。特製のスムージーだよお代わりもあるから遠慮しないでね(思った以上に沢山出ちゃった……あの時以来出して無かったから溜まってたのかな?)」
「何か不思議な色してるな……全部混ぜたからか……?」
白、桃、青、黄緑、複数の色がマーブル模様にコップに収まっていた。
見た目の歪さに驚きはしたものの材料は知っている。果物籠に入っていた果実だけが使われていると。味を確認するように舌に乗せる程度、すると極上の甘味が直撃し、目が大きく見開く。喉を鳴らしながら飲み進めていく。
「……ふぅ、結構美味いな! いい感じに甘いしいくらでも飲めそうだ」
「本当? ならよかったよ(美味しいって言った! ボクのアレが入ったスムージーを美味しいって! もしもここでボクのアレが沢山入っている言ったらどんな反応をするんだろう? 今のまま美味しいって言ってくれるのかな? それとも気持ち悪いって言うのかな? どうしよう。すごくドキドキしてきた。どんな顔をするのか分からないよ!)」
喜ぶ笑顔の裏には、より大きな感情が渦巻いていた。もしも拒否されたら? というスリルを感じながら、紛れも無い好意に裏付いて行動している。主に対して元気なって欲しいという慈愛。決して害ある物は入れることはない。ただ自分の身体から溢れるモノが栄養に富んでいたから使った。
「でも、残りは後でいただくよ。飲み過ぎ食べ過ぎはよくないからな」
(普段用意するお菓子や飲み物に混ぜるとどうなるんだろう? 味の変化に気付くのかな? 何を変えたんだって言われた時に正直に答えればいいのかな?)
悪意など決してない。好奇心と奉仕精神の歯車が綺麗にハマっただけである。
「どうしたセクリ? 何か顔が赤いけど疲れが溜まってきてたか?」
「ううん! そんなことない元気元気!」
ただ、子供のようにイタズラを思いついた喜々とした表情では説得力は薄くなるだろう。
「アンナもいない今だからこそ、セクリにお願いしたいことがある」
「何でも言っていいよ!」
「……助けてくれ」
「? ……っ!?」
その瞬間に顔色が悪くなり脂汗が滲み出る。表情も苦虫を噛み潰したような人様に見せるに値しない顔となる。
「いったいどうしたの!? 痛んでた? 実はまずかった!?」
「いや、ずっと小さな痛みに耐えてたんだけどアンナがいなくなって気が抜けたら一気に来た……! 熱くて、痛い……!」
「ずっと!? じゃあみんながお見舞いに来ている間ずっと!?」
「楽しくて、嬉しくて、余裕だったが、一人になった途端これだ……」
気が完全に抜けた。何をどう耐えればいいのか、分からない。痛む部位を手で押さえるというが、鉄雄にとって同時多発の痛みに、抑える手にも痛みが走る。
つまりはどうしようもないのである。
「俺みたいなちっぽけな存在が、大事な人を守ろうと思ったら。これぐらいの対価を払うことは想像できた……むしろ、安いぐらいだ──」
「もう! とりあえず力抜いて! 急いでお薬塗って包帯も取り換えるから!」
「こんな姿、アンナに見せられない、心配かける……でも、セクリなら……大丈夫だろ……」
棚から塗り薬を取り出し、ベッドの隣にある台へ置かれる。その薬は錬金術で作られた『キュアクリーム』。分かりやすく言えば軟膏。鉄雄の症状に効果的な特注品をソレイユが運良く持っていた。
「まったく強がりさんなんだから。まずは服脱がせるから、ボタンを外して……はいバンザイするね」
「いててて!」
「がまんがまん」
ボタンを外し、腰、脇、二の腕と撫でるように服を持ち上げ、流れるように一気に上を脱がせ、包帯で巻かれた身体が露わになる。
「こんなことになってたのか!?」
「そうだよぉ。動かないでね」
続き、ハサミを肌と包帯の隙間に通し、冷えた金属が鉄雄の肌を撫でる。小気味よい音と共に切断され、腹部、腕と徐々に隠されていた素肌が目に映ることになる。
自分の身でありながら薄目で恐る恐ると確認する。
「あっ、大分色が引いてるね。よかったぁ~」
「こ、これでか? 訓練でケガした時と、変わらない気がするぞっ!?」
「もしかしたら……今までずっと痛みが酷くて気絶してたのかな……?」
「こ、怖いこというな……えぇ……なら、本当によく生きてたな俺……」
あくまで想像、誰にも知る由はなくとも。妙に説得力のある言葉に寒気の震えが襲い掛かり痛みも同行する。
「はい、力を抜いてぇ……少し冷たいかもしれないけど塗っていくね」
指先で円を描くように、ゆっくりとクリームの山を崩して、細い指先が身体を撫でる。そして手の平で体温と体温が交わるように侵食し肌になじませ、クリームが延ばされていく。
「あっ、楽になって来た……」
火に水が掛けられるように身体に宿る熱が引いていく。腕、胸、肩と塗られていき範囲が広がるたびに表情に余裕が生まれる。
「じゃあ次は下の方も──」
当たり前と言った表情でズボンに手を掛けると引き下げられる前に鉄雄の手がそれを防ぐ。
「いやいや、流石に足は俺が──」
「大丈夫大丈夫! 照れること無いって! 下の世話や清拭はボクがしっかりやってたから今更──」
「その事実は……すげえ、死にたくなるな……」
丸二日完全に意識は途絶えた。けれど身体は生きている、故に老廃物は自然と排出される。
何もおかしくないが、毎日顔を合わせる相手に全てを世話をされた事実。家族のようで家族でない相手、諦めの境地に達したかの羞恥心が身に染みていた。
事実、怪我の確認も含め全身くまなく観察された。鉄雄が知らない黒子の位置もセクリは知っている。
「じゃあ抵抗しないでねぇ」
もはや抵抗する気概も無くなり、大人しく全身塗られる道を選んでしまった。
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