第80話 セクリの特別栄養ドリンク!
吊るされていた栄養液も空になり、針も抜かれて自由の身となる。お客も誰もいなくなったことで張っていた気が風船が萎むように抜けていき、ベッドに深く沈んでいく。
「これで点滴ともおさらばかぁ……」
「でもすごい道具だよね、食べずに栄養を補給出来るなんて。ボクが生まれた頃には無かったから少し心配もあるけど」
「俺の世界じゃ当たり前に存在しているよ。とは言っても腹も空いてるし栄養足りてる気しないし……あっ、果物腐らせるのもよくないし何か用意できないか?」
「沢山泣いて水分も欲しがってるだろうしね」
「まったく……とんだ弱みを見られたもんだ……」
「ごめんごめん、でも消化しやすいように手を加えて来るね」
「助かる」
果物籠が持ち出され、お見舞いの花瓶が残る。黄色ガーベラとオレンジとピンクのバラが添えられ、鉄雄の視線はそれに向けられる。ただ、それだけで穏やかな笑顔ができていた。
セクリが向かったのは騎士団本部に備え付けられている台所。と言っても大人数で食事をするような広さは無く、一人か二人で料理ができる程度であり、大型調理設備は設置されていない。
(寮の設備と比べたらいけないけど、うん。なんとかテツオが喜んでそうなのは作れるかな)
水回りも綺麗で、鍋、フライパン、包丁と完備はされているさらに冷蔵庫も機能しており。中には何時から置いてあるか分からない調味料や水、そして保存食も備蓄されている。もはや口に入れるのが怖いレベルの物である。
よく見れば調理器具の殆どが埃を被っているものも多く、使ってこなかった事実が明らかとされる。ただ、その中で手入れされている物が一つあった。
「これって確か……ミキサー!」
ガラスの容器に底に設置された刃。寮でも使われる果物や野菜を液状になるまで細断できる器具。起動方法は無論、魔力を注入すること。
食堂も閉まり、料理もできない騎士が手に取るのがこの道具。焼く、切る、煮る、炒める等できない者にはできない、参事を引き起こさぬように栄養摂取するために使われる。
尚、野菜や果実、どう組み合わせれば美味しくなるか研究された彼等の秘密ノートが存在していると噂されている。
(それにお見舞いのフルーツって結構お高いやつだよね確か……)
果物籠に収まっていたのはリンゴ、オレンジ、洋ナシ、ブドウ、モモ。セクリは知っている、これらはただの果実ではなくブランド名が付けられる程の優良種だと。
(確かこれは──)
リンゴ 品名「マリア」
錬金術の始祖マリア様の庭で育てられていたリンゴの樹。それを株分けし現代まで繋げた。ただ、当時と比べて気候や栄養状態が変化し味は劇的に向上してしまった。当時の味はもはや想像するしかない。
オレンジ 品名「サンレッド」
夕日のように赤い皮で包まれたオレンジ、果肉は黄色交りの白。目が覚める酸味と呼ばれ朝食によく並ぶ。スライスしシロップ煮にして使われることも多い。
洋ナシ 品名「フォン・ライトニア」
上品な甘みと舌触り、その極上のおいしさから国を代表する果物となる。他国に輸出するほどであり、国内以外では非常に高価。それでも売れ残ることは無い。
ブドウ 品名「ピュアブルー」
青い皮を捲れば純白の果肉。皮の渋さと果肉の甘さのギャップが凄まじく、殆どの人は果肉だけを食べる。ライトニアで作られるワインは殆どピュアブルーで作られる。
モモ 品名「シュガーピーチ」
非常に甘い、香りも甘ければ果肉も甘い。おまけに柔らかく食べやすい。食べた者を肥えさせるのでは? と称される果実。この実だけで作られた果糖も存在する。
(だったよね? テツはまだ起きたばっかりだしお腹も空っぽだし、消化しやすいのがいいよね。折角ミキサーもあるんだし全部混ぜてスムージーにして飲ませようっと!)
冒涜的かつ高価なミックスジュースが作られようとしていた。どの果実も主役級で混ぜ合わせて使うなど、果物屋とお菓子屋が卒倒してもおかしくない。
(牛乳もあれば……あった! ん?)
牛の絵が印刷された紙パックを取ると、普段と違う強烈な違和感。中から液体の動きを感じない。無論、この世界にも賞味期限という概念は存在し、正式なルートを通っている食料品には印字されている。
『990.05.01』
「過ぎてる! ひょっとして…………腐ってる──!?」
パックを開き中身を確認すると。異臭を放ち固体化したチーズの成りそこないが顕現した。誰かが置き存在を忘れ、誰もが他人の物だと判断して手を付けなかった。忘れられた存在がようやく日の目を見た時は既に時遅し。
(……これは後で捨てるとして。でも、栄養のバランスを考えると……それで身体に良くて組み合わせも……あっ! そうだ、別に牛にこだわる必要なんてないんだ!)
腕を組んで考える際に自然と触れる自身の胸。初めて出会い自己紹介した時に教えたある能力。アンナのお墨付きを頂き味には自信あり。セクリの瞳に迷いはなかった。
(無いなら直接絞ればいい! 栄養満点だし人から出たものの方が相性良いはず!)
周囲に誰もいない事を確認するとセクリはエプロンを外し、ワンピースのファスナーを下ろす。豊かな双丘が露わとなり──
「よいしょっと──」
手を動かせばミキサーのグラスに白い液体が徐々に溜まり始めていった。
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