第79話 決壊
6月11日 16時03分 騎士団本部 病室
「さてと、生きた顔を見られたことだしぼくらも帰るとするかな」
「ごゆっくりご静養なさってください。では、失礼します」
「……主を悲しませないように以後気を付けることね」
思い思いの言葉を最後に彼女達は帰っていく。寝る暇も無いというのは嬉しい悲鳴と言うべきか。
「ふぅ……わたしも1回寮に戻るねぇ~」
っ!? ちょっとこれは予想外だった。無意識の内にアンナは残るだろうと決めつけていた。まだ色々と話をするんだろうと思ってた。
「ああ……気を付けてな」
止める言葉は女々しすぎて出せる訳がなかった。アンナが病室から離れていく姿をどうすることもできずにただ見送る俺。
この病室には俺とセクリの二人だけになる。
「寂しい?」
すっげえ分かりやすい顔してたんだろうな。だって鏡無くても自分で自分の顔が分かるもん。置いてかれた犬の気持ちが今なら嫌って程分かる。
「そんなこと……あるな」
「ふふ、でも気を悪くしたらダメだよ。アンナちゃんテツオが眠ってる間ずっと傍にいたんだから」
「──え?」
「ボクが見てるから休んでいいよって言っても聞かずにずっとそこに座ってたんだ」
ベッドの隣に置いてある丸椅子。俺の目が覚めてからもアンナは結構座っていた。
目が覚めて俺がちゃんと俺に戻れたのは、そういうことだったんだろう。
ずっといてくれたから、すぐに気付いてくれた。本当だったら俺は……。
「あれ? 何で? 大丈夫? 身体が痛くなってきた?」
「──えっ? あっ、いや」
何故自然と目から涙がこぼれているのか。
分かってる。これはダムが決壊したにすぎない。ずっと耐えていた、あの子達にこんな姿を見せてはいけなかった。
今の俺は前とはまるで違う。
前の俺に誰かが見舞いに来てくれるか? それは絶対に有り得ない。
前の俺に心配して傍にいてくれる人がいるか? そんな人は存在しない。
前の俺に、こんなに嬉しいと思う時があったか?
もう、本当に違うんだ。お見舞いに来てくれる人がいる。看病してくる人がいる。お礼を言われる。俺は透明な部品じゃなくなった。俺をちゃんと見てくれる人がいる。
「何も言わないでくれ……」
嬉し泣きというのは止め方が全く分からないということを俺はこの年になって初めて知った。
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