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第17話 わたしの苦手と使い魔の得意なこと

 4月12日 月の日 19時20分 マテリア寮 アンナの部屋


「あぁ~疲れたぁ~! 想像してたけど帰りが大変だった! 錬金術士が採取するってこういうことなのかぁ」


 太陽も隠れ月明りが輝く時間。ようやく自分達の部屋にまで帰って来られた。出発した時とは比べ物にならないほど両肩に掛かる重量を支えながら息も切れながらなんとか生還できた。

 課題は筋力だけと思っていたがそんな判断は菓子の如く甘すぎた。街灯や家屋の灯りが届かない森というのは思った以上に恐怖を煽って来た。夕暮れの時点で木々の影が怖いくらいに伸びて二つ三つと重なり色濃く闇を作り出していく。徐々に見えなくなっていく足元、冷たくなっていく風。獣達の動きも減り風の音がやけに目立つようになり始める。なにせ静か、人の営みの音がまるで届かない。

 アンナとナーシャがいたから何ともなく帰り道を進めたが、おそらく夜目の利きも俺とは比べ物にならないだろう。彼女達の後ろを歩けなかったらケガしてもおかしくなかった。


「まだ気を抜くには早いって。集めた素材を倉庫に保管して初めて終わりなんだから。でも、ふぅ~……わたしもちょっと疲れたぁ」

「倉庫は確かここだったよな? 片付けぐらいは……」


 金属製の扉の先、そこには腰ほどの高さまである金属のコンテナや、棚、タル。それに、温度を調節できる箱もあるときた。専用の倉庫まで備え付けられているなんて本当に凄い寮だ。ここに集めた素材を保存して錬金術に励みましょう。ということなのだろう。

 ただ、寮の設備が立派だとしても住む人間が扱いきれるかはまた別の話の様で。蓋に閉じられないほど溢れていたり、理屈がわからない順番で素材が並んでいたり、別種の素材達が一カ所にまとめられたりと、複雑怪奇に倉庫が扱われていた。


「うわ~お……」

「何その声……?」

「いや、流石に整理整頓ができてないと思うぞ……来て一週間も経ってないのに随分と溜まってるな」

「むっ、整頓できないのがそんなにいけないの!? それにわたしが使う前からこんなのだったから文句は前の人にいってよね!」


 突かれたくないことを言ってしまったのかそっぽを向いて不機嫌になってしまう。

 アトリエの内情からしてなんとなーくわかってたけど、片付けが苦手のようだな。加えて前住民の忘れ形見が残ってるとしたら整理するのも面倒になるだろうな。


「成程、それはすまなかった。まぁとりあえず、一緒に綺麗にしよう。こんな立派な倉庫なら整理整頓した方が使いやすいだろ?」

「それはそうだけど……」


 悪臭と言えるような身の危険を刺激する要素は今の所は無い。

 残されている物も鉱石や骨、木材ばかりで腐るような生物(なまもの)は置いてなかった。満杯になるほど密集されてない。これならそこまで時間は掛からないはずだ。


「決まりだな。まずはここにあるのを全部出して、使える物とそうで無い物に分けよう。素材については俺は全くわからないからその辺りの区別は任せた」

「えっ! 今から?」

「今からやるぞ。今日採って来たのもきちんと入れないと収集付かなくなるからな」

「はぁ~い……」


 前に使ってた人はよっぽど杜撰(ずさん)だったのか種類別に分けることをしない、土が付いたままの石や木をそのまま。さらに一つのコンテナに木材、石材、動物の骨や角と乱雑に重ねていた。

 残してくれた素材の数は中々あるがアンナ曰く「希少な素材は残ってない」との評。ただ、ある分には喜ばしいことで山の中への採取や街へ買い物に行く手間が省けたということだ。 

 そうしてアトリエの床に種類別に並べていくと床半分は占領してしまった。


「火薬になりそうな石もあったけど、大分劣化してて使えなさそう。他にも毒性がありそうな素材も残ってないよ」

「それなら良かった。じゃあ次は拭き掃除と掃き掃除だな。掃除道具はあるだろ?」

「は~い……ほうきも雑巾もあるよぉ」


 流石に掃除機なんて便利道具は置いていなかった。しかし、こうしてアナログな道具で掃除するのも久しい経験だ。手も一緒に汚れていく感覚、埃との距離感。アンナは全然ノリ気でやってくれないけど俺は掃除するのは嫌いじゃない。居場所が広がっていく感覚は中々楽しいものがある。 

 埃塗れの部屋を掃除し終わり改めて確認。棚とかコンテナがあるから狭く見えるけど、それらが無くなると俺のいる使い魔の部屋とそう変わらない広さな気がする。


「さてと、綺麗になったことだし、素材を入れていけば……」

「待った。そのまま入れると二の舞になりかねない。コンテナに大まかな石とか木みたいな種類別に分けて、さらに個別に名前の書いた袋に入れて保管しよう」

「えぇ~そこまでするの? どこに置いたか大体わかるからいいのに」

「俺が困ってしまう。素材の名前言われても形と一致しないから本当に困ることになるぞ?」


 採取中に教えてもらったのは大体覚えたけど、ここに並んでいる物は初めての物が多い。石なんて差異が少ないと見分けが付かないし、植物も葉脈だけで区別しろと言われてもできる訳が無い。


「どんな脅しの仕方なの……仕方ないからおとなしくしたがうよ」


 それから素材の種類毎に袋に詰め、この世界の言語とカタカナで名前を書いてコンテナに入れたり棚に乗せたりと。


「これは『熱炎石』強い衝撃で火がでる」「『ネツエンセキ』っと」「これは今日教えた――」「『ニガヨモギ』、薬になる……」「『グラスリル結晶』も沢山ある、色々と使えるから便利」「『グラスリルケッショウ』、長いな」「種類がわからないから『動物の骨』でまとめておくね」「『ドウブツノホネ』っと。何の材料になるんだこれ?」


 図鑑を見て自分の知識を広げていく感覚。楽しく有意義な時間を過ごせた。さらに物を綺麗に並べることで表現できる統一感。容量を大きく圧縮できた達成感。今はもう誰が見ても恥じない綺麗な倉庫へと生まれ変わった。


「はぁ~疲れたぁ~……もう9時過ぎてる……」

「お疲れ様。後の片付けはやっておくからお風呂行って来るといい」

「そうするぅ……」


 今日は随分と動いた。疲れた姿を見せないのが理想だろうけど流石に厳しかった。少しぐらいは役に立てただろうか? アンナの使い魔として見捨てられないように精進していかないとな。



 マテリア寮、大浴場。

 寮に住んでいる生徒達が利用できる浴場。未来の国の宝達が一日の汚れと疲れを落とすそこは半端な安っぽさは微塵も無い。

 清潔感と高級感を演出する大理石の床、十人は軽く入れる広い湯舟、水瓶を持った彫刻品から流れる温水。鏡にシャワー。娯楽的な設備は無いものの入浴、洗浄において不便となる要素は無い。

 先日鉄雄はこれを見て、自身の知る銭湯の機能と大差ない事に驚愕していた。


「はぁ~……やっと休めるぅ~」

「あら? 珍しいですわね。ご一緒になるなんて」


 アンナより先に浴場を利用し、洗い場で泡に塗れながら新緑を想起させる髪を洗っているナーシャ。


「ナーシャ……ついさっきまで倉庫の掃除してたの。テツが妙に張り切っていてね。助かったけど大変だった……」

「よかったではありませんか。あのまま積み重なっていったら別の物質を生み出していたかもしれまんわよ?」

「テツといいキレイにこだわってる人間って多いのかしら?」


 隣に座り蛇口を捻ると、思考を停止させてシャワーを頭に受け続ける。髪を濡らしシャンプーを使い泡立てる。


「ふんふーん、ふん」


 鼻歌混じりに上機嫌に髪や体を洗う。アンナは村にいたときでも入浴の習慣はあったが露天風呂しかなかった。湯としての性質は一級品でも設備としては無いに等しく、回転率や温度調節で不便さが目立っていた。しかし、錬金術により設備が整えられ全員が清潔に過ごす術を手にし、不衛生とは無縁の生活を手にした。


「はぁ~……ここの便利さに慣れたら村のお風呂は使えなくなりそう~」

(わたくし)も同じですわね。ここの技術を持ち帰るのが良さそうですわ」

「それいいかもぉ~」


 ナーシャの視線はアンナに向けられる。世にも珍しい半オーガの肉体に興味を持たないはずが無かった。

 日焼けでは無い天然物の褐色肌、その肌と対極的な色の鮮やかな銀の髪、目立つような厚い筋肉がある訳では無いが無駄な肉のが無い引き締まった体。特に目立つのが鍛えられた足の筋肉。

 思わず全身を舐めるように見てしまいそうな興味深い体付き。そして何よりも――


(角ってどうしているんでしょうか……?)


 特に気になる一部分。身体や髪の洗浄は自分達と変わらない。しかし、角はどうしているのか? 近くにいれば自然と気になる一点。放っておくのか磨いているのか素朴な疑問であるが故に常に目で追ってしまう。


「んー……よしっと。後はゆっくり湯舟に」

「あっ、私もお供しますわ」


 答えは思った以上に簡単に見せられた。泡を纏った手で優しく撫でて湯を流す。それだけで最後に指先で先端の様子を確認。

 彼女の角の表面は滑らかで、先端はほんの少し削られ丸みを帯びている。見た目以上に非常に頑丈で先端が掠ったりすると切り傷となる恐れがあるので良識のあるオーガ族はマナーとして先端のケアを心掛けている。


(やっぱり大きいよね……食べてる物が違うのかな……?)


 アンナにとってもナーシャの身体つきには興味があった。出るところは出て無駄の無い肉体。湯舟に浮かぶ二つの双丘。村の中で一番大きかった人よりも大きい。

 加えて服を着ている時よりもこうして肌を見せている時の方が大きい事実に疑問の種は成長していった。


「ところで鉄雄さんについてどう思いましたか?」

「えっ!? ……どうって?」

「アンナさんの使い魔としてやっていけそうか。ということですわ」


 思慮外の質問に一瞬戸惑いながらも。頭に浮かぶ鉄雄との光景。


「……不思議だよね。魔力も無い、力も無い、知識も無い。びっくりするぐらいに特別な力を持ってなかった」


 世辞も慈悲も無い言葉。淡々と事実だけを伝えるように。裸である今は何も飾る必要は無い。今この場にはただのアンナ・クリスティナでしかいない。


「なのに嫉妬するようなことが起きたり、わたしが苦手なことを平気でできる。頼りになるのかならないのかわからない。でも――」


 ほんの数日。お金で手にした主従関係。それでも一人きりからは抜け出せた。無条件で味方がいる。弱いが故の気の置けなさ。


「いっしょにいても良いと思った」

「そうでしたか」


 慈愛に満ちた安堵の表情を浮かべる。友がこれからの学校生活に不満や憂いがあってはいけない。心にあった心配事が消えたことが何よりも嬉しかった。


「だけどずっとガチガチなのが気になる。あの調子で疲れないのかな?」

(恐らくは不安でしょうね……競売場の出来事は相当根深いものになってるでしょうし)


 鉄雄の心の染みついている一種のトラウマ。

 それはこの世界に来てから作られたわけではない。転移する前に過ごしていた日々は全てが綱渡り。機嫌一つで切られかねない立ち位置。発する言葉にも細心の注意を払う必要があり、相手の調子に合わせてこちらの調子も変える。ほんの少し間違えれば落下させられる口実ができてしまう。そんな中で生きてきた。

 傍目から見れば能天気に過ごしているように見えても内心ではあらゆる事態に対応できるように、クラウチングスタートの構えをしているようなもの。

 不機嫌な顔や声は他者に不快感を与える。望まぬ行動は言葉の刃の的。

 言葉に込められた感情の色を理解できるように耳や感受性が鋭くなってしまった。

 誰にも何も言われなくなった時間が唯一身を休められる時。


(教えるのは簡単ですが、アンナさんの言葉でなければ意味がありませんからね)

「まだこちらの生活に慣れていないのかもしれませんね」

「それもそっか。後は食事も作れるようになってくれればいいんだけどなぁ」

「ふふ、確かにお料理ができると異世界の料理を作ってくれるかもしれませんからね」


 湯気のように消える冗談交じりで言った要望も、鍛えれば料理も戦闘もできる可能性を秘めている。尖った能力は無くともできることは格段に多い。

 何も無いは逆に言えば何にでもなれる。主の調教によって大きく色が変わることに彼女はまだ気付いていない。

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