第75話 雨過天晴
?月?日 ???
全身に波打つ痛みが目覚めの扉をノックするように、俺の意識は覚醒し始めた。
薄闇をフィルターにした弱い光。見た事のない天井。
何だか長い夢を見ていた気がする……別の世界にいって夢みたいに楽しいことを何度もして英雄みたいなことをして……最後には死んでしまう。
夢の世界で死んでしまったから現実に──
「──目が覚めたっ!! セクリ来てっ!! 起きてる!」
「あっ! でも、焦らないで……見えてる? 指が何本がわかる?」
1、2、3。
「……3本」
「はぁ~よかったぁ~」
……………………あっ、何をボケたことを言っているんだ俺は。あれは夢だけど夢じゃ無かった。だとすれば──
「…………何で俺は助かったんだ?」
これは現実だった。このズキズキした筋肉痛な痛みもあの戦いの証。あっ、本当に、痛い……常に熱を持っててずっと焙られてるみたいだ……。
左腕に繋がれているチューブ、それを目で伝っていけば病人が受ける点滴の袋。
…………相当やばかったのか? 俺。
「ほんっとうに大変だったんだよ!! 服を脱がせたら青い痣も沢山あったし! ぜんっぜん起きないし、このままずっと目が覚めないのかと思った!」
「ソレイユ・シャイナーさんが助けてくれたんだよ」
「ぐすっ……ソレイユさんが来てくれなかったらテツは死んでたかもって」
今着ているのは普段使ってるパジャマ。チューブの繋がっている左腕の裾を恐る恐る捲ると、真っ白い包帯に包まれていた。意識を集中するだけでジワリと来る痛み。これを暴くのは正直言って怖い。自分の身体であっても今は目を背けさせてもらう。
「……そうか。あの戦いは夢じゃ無かったんだな」
少しずつ思い出して来た。あの時、俺はやり切った満足感と死にたくないって願いが同居していた。死を受け入れたくないけど、どうすることもできない達観した気持ちだった。
こうしてアンナやセクリの姿を見たら、生きていられてよかったと思う。
「こんどあんなことしたら絶対にゆるさないからっ……!」
「アンナの泣き顔は見たくないからな。約束するよ」
右手をアンナの頭に乗せる。ちゃんと存在している、髪の感触も伝わる。俺もちゃんと生きている。けれど、この程度の動作でも反動が来る。痛い……。
「──泣いてない! 怒ってるの!」
今とあの時の涙は別物。あれが最後に見るアンナの表情にならなくて本当に良かった。本当に……。死んでも忘れられない消せない記憶。俺が作らせてしまった。
「もっと強くならないとダメだな…………──そういえば俺はどれくらい眠っていたんだ?」
「今は6月11日の14時ぐらいだから……大体2日だね」
「そんなに眠っていたのか!? 生まれて初めてだな……」
ちょっとした浦島太郎状態。時間を飛び越えるってこういう事なのだろうか? 48時間経った実感何て本当に無い。
「ふぅ……そうだ聞きたいことはある? 眠ってる間に戦いの報告書って言うのを作る協力したりで色々情報を教えてもらったんだ」
聞きたいことか……王都がどうなったとか、コアはどうなったとか、キャミルさんは大丈夫とか、色々と聞きたいことはある。その中で一番聞きたいことは。
「全部。と言いたいところだけど、まず最初に聞きたいことは──」
「何でも聞いていいよ!」
「アンナとセクリにケガはないか?」
「っ! さいしょに聞くのがそれってどういうこと!」
「ふふっ! アンナちゃん照れてる。ちなみにボクにケガは1つも無いよ。安心した?」
「安心した安心した。アンナは?」
「雑ぅっ!」
「……ちょっと切ったけど、もう塞がってる……安心した?」
「ああ、安心した。小さなケガ一つ無くが理想だったけどな」
むくれた顔で抗議するセクリに顔を背けるアンナ。とにもかくも大きなケガが無くて本当によかった。俺は良くてもアンナはダメだ。
「それじゃあ次は……あっ、何か静かだと思ったらレクスが無いのか……今もコアに突き刺さっているのか?」
「うん。騎士団本部のどこかでコアの解析をしててそれが終わったら返してくれるって」
道理で寝ている間にレクスの顔が出てこなかった訳だ。あいつがいたらもっと早く目が覚めててもおかしくない。それに消えた訳じゃなさそうだし少しは安心した。
ただ、何というか……もうあの時は死しか未来が見えなかったから、遺言みたいなの伝えた気がするんだよなぁ。生き残ったらどうしてああいう言葉は恥ずかしく感じるんだろうか……。
「ちなみに騎士団の皆さんも大きなケガは……そうだ、ホークさんという方が足を骨折したのが大きなケガだね」
「あの人か……大変そうだな」
「足は固定されてたけど杖ついて歩いてたよ。テツが寝ている間におみまいにも来てくれてた」
「流石は騎士というべきか……筋肉で支えているんじゃないか?」
全員が無事という訳ではなさそうだけど、この六個のベッドがある広い病室も利用者は俺一人だけ。酷い惨状にはならなかったようだ。ひょっとしたら入院レベルのダメージを受けたのは俺だけかもしれない。
「他にも調査部隊の皆さんが来てくれたけど、事後処理が忙しいみたいでちゃんとできないことを謝ってた。それで代わりにって果物を頂いたよ」
「後でちゃんとお礼もしとかないとな……そうだ、さっきソレイユ・シャイナーさんって方のおかげで助かったって言ってたけどどういうことだ? アンナと別れた後のことは全然記憶に無いんだ」
正確に言えばずっと下を見てたから何も分からない。しかし何だか聞いた事のある名前な気がする。どこでだったかな……まだ記憶の混濁が酷くて、頭が回らないな……。
「ボクも丁度目を離していた時だったんだ。それで封印ケースを運んで行った時に……」
「え~と……それはね……」
二人して何やら表情が芳しくない。何かその人と一悶着でもあったのか?
そんなことを想像していると控え目な「コンコン」とノックの音が耳に届いた。
「失礼しま~す……あっ! 起きてる! よかったぁ~目が覚めたんだね! 中々起きないから心配してたよ!」
赤いミドルの髪に綺麗な紅の瞳、どことなくマテリアの制服を思わせる服装。陽の光みたいに朗らかな笑顔に思わず見惚れそうになる。つまりは忘れる訳がない。故に俺はこの人のことを知らない。
呆けた顔をしていたのかアンナが右手を軽く握ってくれて。
「この人がソレイユ・シャイナーさん」
と伝えてくれた。
「あなたが?」
「うん、ご紹介に預かったソレイユ・シャイナーです! 気軽にソレイユって呼んでいいよ」
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