第74話 理想の姿
「こんな状態になっても破魔斧は放さなかったんだな……」
力無くうつ伏せに倒れながらも右手だけは別の人間が握り締めているかのように力が込められていた。
死んでも絶対にアメノミカミを動かさないという鋼の意志を感じ取り、隊長として敬意を払った。
「状況は全然読めてないけど後は任せて!」
「レインさん! と……あなたは?」
見慣れたレインと一緒にやってきた初見な赤髪の女性。誰とも知れず相手でも安心感のある笑顔に警戒心が薄れた。
「あたしはソレイユ・シャイナー。通りすがりの錬金術士だから安心して」
「私の友だ、来るのが遅かったが誰よりも頼りになる」
「し・ん・ゆ・う。の間違いだけどね。ちょっと遅かったのは否定できないけど……」
「ソレイユ……え?」
「あなたが!? 確かに絵画の方とよく似て──!」
その名を知らない者はこの国には存在しない。アリスィートの瞳が子供のように輝きだす。
十年前の英雄として祭り上げられた彼女は絵画に収められミュージアムに飾られていた。
「お喋りは後にしよっか。まずはこの人を助けるから──来てフェアリー」
虚空より、三角フラスコを模した宝石に金色の装丁具をあしらった物体が五個出現し、ソレイユの周囲に漂う。
「ピラミッド」
五個のフェアリーと呼ばれる物体が四角錘型の頂点に位置すると光線で結ばれ、続き面を形成し屋根を作り上げる。
そして、光量が穏やかになったソルが宙を自在に動き近づいて来ると照明のように屋根の下で停止する。
「ヒールレイ起動っと。これで体力の回復は大丈夫。後はソルで温めつつあたしの魔術で……フレア・ゾーン」
路面に手を当てると全員の足元を巻き込んで炎が広がり、倒れている鉄雄は炎に纏わり付かれる。
「ええっ!? 燃やさないで!」
「大丈夫大丈夫。37℃の炎だから火傷の心配はないよ。このまま水溜まりに浸かってたら体温が減る一方だしね」
「確かにほのかに温かいわね……」
直接肌に触れても痛みはまるでない、むしろ程よい温もりに足から温められ雨で冷えた身体を少しずつ癒していた。
結論からいえば炎の形を取っているが低温の熱エネルギーに過ぎない。が、誰も彼もこの運用はできないししない。必要性が限られ戦闘向けでは無いから。ただ、錬金術に利用するために彼女は覚えて使いこなしている。
「とりあえず仰向けに……えっ!?」
穏やかに眠る表情に死を感じ取ったのか焦り胸元に耳を当て直接心音を確かめ、弱々しくも規則的に波打つ音に安堵の溜息を吐いた。
「はぁ~。かっこつけながら手遅れかと思ったよぉ。でも、自己回復するだけの栄養も足りてないみたいだから注射も一本打っとくね。ええっと……ここじゃなくて~」
右手首から先が虚空に消え黒い靄のような何かで途切れた部分が隠される。傍から見れば手が切断されたように見えてしまう。
「「ええっ!?」」
「あったあった──」
アリスィートとアンナは奇術のような出来事に目を丸くした。
別の空間と繋げて道具を取り出す錬金道具。彼女達は既知としている。ただ、何も無い場所に手を伸ばして物を取り寄せる技術は初見である。バッグやマント、見た目と異なる収納力とはまるで違う。「ここから出すのだろう」と言う予想すら立てられない。
見かけだけの技術では無く虚空より再来した右手には注射器が握られていた。
それを迷わず鉄雄の首の血管に刺し透明な液体を注入し、保護パッチを当てて処置を済ませる。
「よし、これで一先ずは安心かな?」
癒しの光か、丁度いい温もりか、注射の栄養か、白みがかった顔に桃色が含まれ始める。その様子にアンナは大きな安堵の溜息を吐いた。
「封印用の道具は作ってなかったけど、ヴェステツォントの砂をかけとけば平気でしょ──」
虚空より再び取り出されるのは革袋、開け口をコアに向かって斜めにすると、きめ細やかな明るい色をした砂がたっぷりとかけられ、濡れていたコアの水分を吸い取り、ソルの輝きによって効率良く乾燥させていった。
「アメノミカミは水分の多い所なら無敵に近いけど、晴れてて乾燥してるところだと弱っちいから。わぁ、流石に砂漠の砂なだけあって吸水速度がえげつないなぁ」
(錬金術ってここまでできるんだ……ここまでできるのに──)
理想的と言える程何でもできた。だからこそ頭に浮かんでしまった。「この人が最初からいてくれたら?」というもしもを。半死半生の狭間で倒れる使い魔と太陽の錬金術士を交互に見やる。そして、ソレイユの腕を掴んだ。
「……なんで、なんでそれだけの力があるのに! どうして全部が終わってから来るの!! もっと早く来てくれたらテツは……テツは!」
「アンナ! 止めなさい!」
「…………ごめんね」
分かっていた。口に出た時点で醜い嫉妬だと。情けなくて悔しくて、抑えきれなかった。本来なら自分がすべきことを簡単に済ませたことに羨ましく、憧れた。
彼女の行動は自分がしたかった理想の行動そのもの、脅威を焼き払い、安全地帯を作り、治療も行う。自分のできなかったことが目の前の彼女は全てやってのけた。
錬金術士の強さは備えた道具の数であり、それらを完璧以上に扱う理解と頭脳。アンナにはどちらも無かった。使い魔を贄にするように逃走しかできず、誰かに助けを求めることしかできなかった。
「どおしてわたしにそんな力がないのぉ~……!! うぁあああああん──!!」
恐怖、安堵、嫉妬、混ざり膨れ上がった感情が抑えきれずに爆発した。
この慟哭と滂沱は未熟な自分の証明。決して忘れることは無いと同時に立派な錬金術士になる為の燃料となるだろう。
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