第73話 光風霽月
どうして、どうしてなの?
なんでわたしと別れる人はみんな笑顔なの?
なんで? わたしは泣いてるの?
もう2度と会えなくなるのに。
お父さんだってお母さんだってテツだって。辛いことが目の前に迫って来てるのになんで笑顔でいられるの? わからないよ……
「放してよ!! 助けられる! まだ、まだ間に合うから!!」
「…………」
アリスは何も言わない、放してくれない。
手を伸ばしてもどんどんと小さくなっていく。いや! もうあんなのは見たくない!
冷たい手は握りたくない。まだ話したいことがたくさんある。
約束だってした、したのに……!
なんでわたしには何もできないの!?
奇跡は起こらない。都合の良い未来はやってこない。それはアンナが一番知っている。
どれだけ時計の針を押し止めようとも、その行為は大河の激流を木の板一枚で止めるようなもの。神の恩寵が無ければ変わらない。その奇跡を持つ者は既に力を使い果たしている。
誰もが必死に死力を尽くした、動いた、戦った、使える物も全て使った。
最後の最後まで諦めなかった者に望んだ未来は訪れる。
重ねた時間は全ての人間に平等に。幸も不幸も与える。そう、平等に。
稼いだ時間は戦場だけに及ぼす訳では無い、王都でも国外でも動いている。その時間にもしも本来なら届かないはずだった想い人への手紙が届いたとしたら?
「──間に合ったっ!!!」
絶望に打ちひしがれる中。西門壁上に到着する新たな影。
戦場に飛び込む希望に満ちた声。天に放たれた一つの渾天儀。
神々しく輝く太陽の輝きが新たに昇る。
曇天に包まれていた戦場全てが炎昼の如く眩く包まれる。
まさにそれは雨を焼く日華の輝き。
「太陽……?」
壁上に佇む彼女の顔を伝うのは雨か汗か、泥で汚れた足元は全身全霊で駆け抜けて来た証。最初から香盤に載っていた彼女が最後の最後で舞台に駆け上がった。
絶望の暗雲を払う太陽となって。
鉄雄が命懸けで稼いだ時間は一人の為にあらず、秤を釣り合わせるかのように彼を救う時間を稼いでいた。加えて彼女もこの戦場に向かっていた。
だから、この結果は当たり前。
死ぬ気で時間を稼いだ男、その時間の恩恵を受けたのはアンナだけではない。
「照準固定! 全封印解除! 太陽炉ソル、最大出力! 術式、金烏紅鏡、開放!!」
光線が照準となり、鉄雄を撫で、真上へと昇り、天の涙と重なると──
「イグニッション!!」
純白の輝きが須臾と瞬き。
巨大な水塊に大穴が開けられ、爆音を鳴らし暴風を生み出した。
「――えっ?」
誰もがその音に驚き天へと外へと視線を向ける。曇天の中の確かに存在する矛盾の日照り雨。絶望を突きつける天の涙が弾けた。
僅かに残った水は熱湯の小雨となり辺りへと散りばめられ。
「あっつ!!!」
死の痛みにしては弱すぎて、生きている者には強烈な刺激。冷めるには余りにも近く真下にいた鉄雄は熱雨の恩恵独り占めすることになった。
「何だ!? あっつ! 何が起きてるんだ!?」
「いったい何が起きたの……?」
「あの水塊が蒸発した……!? でも、誰がどうやって」
周囲に沸き立つ蒸気。風と小雨に流され、死を受け入れていた冷たい身体に熱を与えた。
「……まだ生きていいなんて……儲けもんだな……」
完全に気が抜けて体を支える力も失われ、破魔斧を握る力だけが残されうつ伏せに倒れる。
「はぁ~! 何とか間に合ったぁ~! あたしがいない間にアメノミカミを使うなんて随分ズルイことしてくれたわね! さぁ~て次は何をしてくるのかなぁ~! これからが本番だよ!」
白日を纏いながら何もない空間を階段を下りるようにゆっくりと順々に踏みしめて進む。紅蓮の炎のように赤い髪を靡かせ地面が近くなるほどに発する魔力も陽炎の如く揺らめく。
「一体何があった!? ……え?」
気を休めていたレインが身体に鞭打って外に出れば、夏の陽射しに春の雨、ほんの数分に間に世界は明るく彩られた。その中心に立つは懐かしき友の顔。
「あっ! レイン! 久しぶり! ──って、あわわわ!?」
彼女を捉えた瞳、ほんの一瞬の戸惑いがあれど、張り詰めていた糸が切れたかのように表情が泣き崩れる。
すがるように抱き着き、胸元に顔を押し付けて表情を隠した。
「遅いよソレイユ!! 本当に……! 本当にっ……!」
「遅くなってごめんね……それに、すっごいがんばってくれたみたいだね。だからここから先はあたしに任せて!」
頭を優しくポンポンと触ると、虚空より太陽を思わせる赤い宝玉の付いた紅金の杖が出現し、空いた手で握り締め大通りの空間に向かって威風堂々と突き付ける。
しかし、ソレイユの高い警戒心と裏腹に周囲より何も攻撃の気配が無い。反発するような気配も感じられず滾っていた心も徐々に落ち着いてしまう。
「…………あれ? お~い! ……これはきっと不意打ち狙い!」
彼女はここまで壁上を走って来た。植物に覆われた大通りの惨状を見た、それが西の門を塞いでいることも。そして、離れていたからこそ巨大な水塊が落ちてこようとしたのが良く見えた。だから戦いはまだ続いていると。
「誰か助けてっ!! このままじゃテツが死んじゃう!」
悲鳴のような助けを求める声に体は動き出す。周囲の警戒は怠らず、ソルはソレイユの真上を保持しながら周囲一帯を明るく照らし続ける。
「??? ねえレイン? 一体どうなってるの? 別の場所に移動したの?」
「言うのが遅れたけど、アメノミカミはもう倒されている。あそこに倒れている彼がコアを抑えている」
「えっ?……ええ~!? じゃあ遅いってそういう……え、相手がいないのに……恥ずかしい──!」
殺気すら感じられる覇気が消え失せ、自分の口に出した言葉が全て独り言だったという現実に夕日の如く紅顔に染まってしまった。
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