第71話 その一粒で再び始まる
「この瓦礫をどかせばっ!」
(帰って来たら何をつくろうかなぁ)
「この行いに後悔はありません、いかような罰もお受けいたします」
(天才たるぼくに何という扱いと言わざるを得ないね……)
(無事に戦いは終わっているだろうか?)
「はぁ~緊張したっすねぇ、隊長に怒られないといいっすけど」
気付けたのはたった一人だけ。それも偶然に。誰もが一仕事を終えてネクタイを緩め気を抜いてしまった意識の空白期間。
「テツオッ!! 空から水の塊が落ちてくるっ!! 逃げてっ!!」
雨音に遮られることなく届いた悲鳴に近い叫びに、アンナが最初に動き出す。
「……空? え……」
「何呆けた顔しているのよ? 空に何か……なっ!?」
「何が……あった……?」
空を見上げれば巨大な雨粒、小さな湖の如し水塊が視界に映った。三人は一瞬言葉を失い頭が状況を受け入れられなかった。けれども現実は落下地点は疑いようのなくコア目掛けて。ここに留まれば間違いなく直撃する。
「急いで逃げなきゃ! テツ、コアを持って──あっ……」
自分で口にして瞬時に理解した。不可能だと。求められることは単純明快、破魔斧が刺さった状態を維持したまま水塊の落下地点から離脱すること。
対象はただ真っ直ぐに、形を保つ程度の魔力が込められている。何もカラクリは入っていないただ重力に従って形を保った水の塊が落ちてくるだけ、距離も遠く直撃まで時間はある。避けようと思えば問題無く避けられる。
醜い最後の足掻きに過ぎない。このコアが凡人の作った物であったなら。
「どうするのよ!? この人を抱えて逃げるならすぐに──」
「ダメだ……! 手を離せば確実に抜ける……それに、このコアには再生機能がある……」
「そんな!?」
忘れる訳がないたった一度だけコアを掠めた一撃、それが無に帰す光景を。コアから破魔斧が抜ける事態が起きれば大量の水も相まって戦いは繰り返される。
相性の良い味方は残されていない。これ以降の戦いは先とは違う十年前の再現。騎士を土嚢として侵攻を抑える事しかできなくなる。
「コアごと運べば……うっ──!? 滑るだけじゃなくて重い!? こんなの……」
遅れてアリスィートも理解する。封印ケースが必要と言った意味も。素手で簡単に運べる代物ではないということ。
(考えないと! ……何か手は、そうだ! 空に向かってオールプランターを投げ──れば……ダメ、ツルがそのままハンマーみたいにここに落ちてくる。水も全部吸えるかわからない……)
自分の持ってきた道具を全て確認するが、オールプランターしか入っていない。仮にフェルダンがあったとしても破壊はできず、ゼロ・ゾーンがもう一つあったとしても落ちる未来は変わらない。
「このまま破壊はできないの? 戦いが繰り返されるよりも安全よ!」
「すまん……消滅の力、使えそうにない……できても、二分割だけだ……」
息が切れた鉄雄には今を維持することが精一杯。このまま刃を進ませることならアンナでもアリスィートでもできる。しかし、真っ二つ。
「もしも……水を浴びて再生したら……1%でも2つになって再生したら……私達じゃどうしようも……」
「ありえない……話じゃない……」
機能停止が最高、再生の時点で最悪、二体となって再生すればもはや絶望しか湧いてこない。余りにも分が悪い賭け。運よく刺さった状態だからこそ安定して機能を抑えられている。その支えを失えば? 斧だけを残して三人が逃げたとしても落水の衝撃で抜ける想像も容易。
(そうだ! ツルを使って傘を作ればテツもコアも守れる! ……どうやって? 形の変え方なんてわたしは知らない。ナーシャがここにいれば……違う! わたしが1番体力も魔力も残ってる! わたしが、わたしがなんとかしないと……! ──なら!)
「わたしが真上に障壁を展開するから! アリスはテツを連れて逃げて!」
両手を水塊に向かって掲げて大真面目に水塊を受け止めようとする。主に忠誠を誓う鉄雄でも不可能と判断しかできなかった。
焦りと不安な頭が導く答えは世界が違っても年が違っても常に最悪の道標なのは同じであるということ。
アンナは術の数に加えて戦況に応じた引き出しが圧倒的に少ない。鉄雄には自前の想像力とレクスの戦闘経験のおかげで初見でも柔軟に対応できていたが、単純明快な質量差を覆す技術はアンナには無い。
「アリスィート……! ……アンナを頼む」
自分の運命を悟った泣きそうな歪な笑顔。けれど、言葉に迷いは無かった。空から落ちてくると知った時点で心の奥底で予想できていた未来。
「あなたは……まさか……!?」
既に理解していた。どんなことがあろうともこの斧が抜けてはいけない。何を犠牲にしてもこの状況を保持しなければならない。それが自分の命を対価としても。
このまま落ちれば間違いなくコアに水を与える。それを防ぐには鉄雄自身の身体を傘にしてコアを覆うことしか手がない。ただ、その衝撃を耐えきるだけの破力も体力も精神力も何も残っていない。
「2人は早く逃げ──!? アリスィート? どうしてわたしを掴んでるの?」
指笛の音が鳴り響き、竜馬の足音が近づいてくる。
「悪い、約束守れそうにない──」
「っ! いいから……! はやく、いっしょに……!! あの部屋に帰れば……!」
アンナの言葉に鉄雄は首を振る事でしか答えられない。アンナを傘にすることは最も望むべきことではない。
助かりたくても何も手が残されていない。大切な存在の無事を見届けることが最後の希望。
「離れるわよ!」
「いやっ! わたしはマスターだから! テツを守らなきゃっ!」
腕を払い鉄雄に近づこうとするのを無理矢理襟を掴んで引き寄せる。
「何もできないのにいたって邪魔になるだけなのよ!! 私達、いえあなたの無事を彼は1番望んでる!」
「いや……そんなの……!」
「ヴァンロワ! 手伝って!」
ヴァンロワに襟を噛まれ、アリスィートにお腹に腕を回され無理矢理動かされる。
自分が無力だと理解した瞬間、振り払う力すら湧かなくなっていた。
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