第70話 諦めなければユメは叶う
「どうやら無事に抑え込めたみたいだね。アンナちゃんよくやってくれたケガはしてないかい?」
「みんなのおかげですよ。それに、わたしはじょうぶですから」
「ならよかった。それと騎士としては褒めるべきではないのだろうけど、マリアージュ家の君もこの場に来てくれて助かりました。私個人としては感謝させて頂きます」
「貴族の責務……と胸を張って言えたらいいのですけれど、こうして戦場に立ってみて分かりました。まだまだ未熟だと。私達を守ってくださる騎士の皆様に改めて感謝申し上げます」
レインの下げる頭よりも深々と頭を下げるアリスィート。彼女は騎士の役目に対して無知であること、見て見ぬふりをしていたことを改めて理解した。騎士は貴族を守るものと聞いていた。ただ、何を相手にどのように戦うのか何も知らなかった。
「3人共、これから封印ケースを取りに行ってるから10分くらい待っていてくれ。それに入れたら終わりだから」
「…………これで戦いも終わりですね」
「テツオ、最後まで頼んだよ……」
うずくまるように破魔斧を支える姿に「頑張ってくれ」と言葉を繋げることは憚られた。これ以上何かを肩に乗せようとすれば潰れてしまいかねない弱々しさ。騎士として人の生き死には何度も向き合った彼女にとって目の前の鉄雄に対していつ消えてもおかしくない恐れを抱いていた。
「はぁ~……ここまでがんばったんだからお国からごほうびか何かもらえたりしないの? アリスィートは何か知らない?」
「さあね。けど、私達がしでかしたことを考えると到底ご褒美が貰えるとは思えないわね」
「あっ……」
無断で調合室を占拠し、無断で素材倉庫の素材を使い、止めに来た先生を追い出し調合を続ける。少し思い出すだけで怒られるようなことしかしていない。得意顔が一瞬の内に凍り付いた。
「アメノミカミを倒したよ?」
震える指先はコアに向けられるがアリスィートは無言でゆっくりと首を振った。
「対価に釣り合ってないよぉ~!」
無論、同罪で先に捕まったユールティアとジョニーはマルコフの部屋でみっちりと反省文を書かされている。穏やかな人が怒ると怖いという現実をその身にしっかりと感じていた。
「それにしてもこのコアってとても滑りやすいのよね。ツルツルしてて持つのも難しそう」
現実逃避気味にしゃがんでコアを撫でる。表面が氷のように滑らかで斜面にあったら転がり落ちていく姿が容易に想像ができる。
「レインさんが来るまで……ここを動かなければいいだろう……斧が抜けなきゃ問題ない」
「そういえばお昼食べてなかったなぁ~。帰ったらセクリに何を作ってもらおっかな? テツもがんばったから好きなの言っていいよ」
「俺は、先に風呂入りたい……食べるよりも眠りたい……」
「確かにビチャビチャだもんね。お風呂入って温まるのも悪くないね。ああでも、寮に戻ったら先生達に呼ばれそうで怖いなぁ」
「その時は……俺も頭下げるさ……もともと俺がお願いしたことだしな……」
「約束よ! ぜったいにぜったいだからね! だから……ううん何でもない!」
ずっと触れないようにしていた。最後に顔を合わせたのは「ゼロ・ゾーン」を調合する為に別れた時。次に鉄雄の顔を見た時は余りにも別人と思う程憔悴しきっていた。
結果としては作戦は上手くいった。でも、主として無責任に押し付け過ぎたのではないかという後悔が渦巻いている。
そして、声が聞こえなくなったらそのまま消えてしまうのでは? という確信めいた不安がずっと離れなかった。
「レイン姉さま! 無事に終わりましたか?」
門の近くに到着したレインの目の前に壁上より落下し、軽やかな着地音を奏でてサリアンは舞い降りる。
「サリアン……! 君も無事でよかった」
「いえそんな! 私は安全なところにいましたから! 何かあれば何でも言ってください! 元気が有り余ってますから!」
「それなら封印ケースの運搬を手伝ってもらおうかな。派出所に配置しておいたからね」
「はい! それならこの網は切ったりしなくていいんですか? 結局出番は無かったようですし、私達でもギリギリ通れるかどうか。運搬の妨げになりますよ?」
「確かに直接的な活躍は無かったけれど、有るだけで私は安心できたよ。例え不格好な穴の開いた壁だとしても余裕ができた。新しい門ができるまでの代わりになってもらうさ」
水が滴るツルを撫でる。これが無ければ消耗は段違いに跳ね上がっていた、最後の術も発動できなかった。見てくれの悪い門でも精神的な余裕を確かに作っていた。
それにわざわざ植物の門を切ろうとせずとも王都の門の近くには見張りの騎士が王都内外を出入りするための通路が存在する。ここを使えば植物で網を張られた西門を壊すことなく出入りできる。が──
「ん? 扉が開かない……? というより何かがつっかえているのか?」
外側は問題無く開いたが内側の扉が開かない。ドアノブは問題無く回り押す事もできるが板が押さえつけられるようにすぐに止まってしまう。
「それならレイン姉さまはここで休んでてください! 私が邪魔な物をどかして通れるようにしますから──」
溢れる忠誠心が身体を動かし返事を聞かず外に出て網の隙間に無理矢理体を通して王都内に入る。
「あっ──速いな……でも、やっぱり少し疲れたな……」
誰もいない狭く短い通路の真ん中壁に背を預け力を抜く。視界がほんの少し歪み。
「そうだ……3人には10分で戻ると言ったけど嘘ついてしまったな……謝らないと……」
滑るように尻餅を付いて瞼が下がっていく。彼女もまた限界が近づいていた。体力も魔力も残っていない。一度折れた心を奮い立たせて戦場に戻って来た。
簡単なことではない。ずっと心は蝕まれたまま戦い続けた。自身の替わりに戦い続けた鉄雄の姿に後悔と自責の念も湧いた。
誰の視線も無いここで彼女は自分の情けなさに向き合うことになった。
「壊れた門の破片が跳ね返ったのか、太いツルに押しやられたのか。加えてツタが張り付いてるなんてね……とにかくこれをどかして役に立たないと!」
サリアンの言葉通り扉の前には壊れた門の破片とツルとツタで塞がれていた。無論、ここだけがというわけではなく門近辺では当たり前に出来上がっている障害物の一つ。
力任せにツタを剥ぎ取る最中、様子が気になった騎士の一人が声を掛ける。
「おっ? どうした? こんな時に瓦礫の撤去なんかしちゃって? また被害が広がるかもしれないだろ?」
「もう終わったわ! 後は封印ケースに収めれば完了! 分かったら人呼んで瓦礫をどかして通路を使えるようにするのよ! ここを優先!」
「り、了解した! ──おい! 誰か手を貸してくれ! お前は2階に置いてある封印ケースを持ってきてくれ、後くれぐれも警戒態勢を緩めるな! まだ終わったわけじゃない!」
有無を言わせない迫力に押され言われた通りに動き出す。
派出所に送る指示によって人の流れが変わり、その中からサリアンの知る顔も流れ出てくる。
「無事に作戦が完了して何よりだね」
「ちゃんと避難してたようでよかったわ。戦場に飛び出して足を引っ張らないか心配してたわ」
セクリは発射後巡回中の騎士に見つかり派出所に避難することになっていた。
「まったく酷いんだから。それよりもボクも手伝うよ、2人にも早く帰って来てほしいからね。沢山頑張ってくれたんだから沢山ご奉仕しないと!」
「ふぅ、まぁ帰ったらしっかりとお世話してあげなさい。テツオも時間を稼いでくれたしアンナのおかげで解決できたのは事実だから」
「なら早くこれをどかして迎えに行かないと!」
喜々としてツタを光線で焼き切りながら運び出す。一日と離れていないが苦難と戦った主人に対して奉仕したいという欲が溢れていた。
「あぁ~! ほんっとうに疲れたぁ~! 魔力も空っぽ、お腹も空いた! 私は先に休ませてもらうわぁ~」
ゼロ・ゾーンの余波を受け、魔力も殆ど失いキャミルは雨粒を受けながら大の字になって空を見る。
城門防衛にほぼ魔力を使い切り。なけなしの魔力でラスト・リゾートを模した初級以下の威力を持つハリボテの黒龍を作り上げて放った。
そう、アレはハッタリ。鉄雄は気合を入れて斧を振っただけ、疲労困憊の身体が生み出した鬼気迫った演技が敵を欺いた。
結果、放つ魔力よりも止めるために使われた魔力が圧倒的に多く、想定以上の効果を発揮できた。
「ここまでがんばったのは何時振りかしら……後は封印して、検査して誰が作ったのか誰が操作していたのかを調べる……やるとしても今日からは絶対に嫌ね……」
大変なのはむしろこれから。誰もが喉から手がでる情報が手に入る可能性。気を抜く暇を与えられる訳が無い。そんな未来を想像して空を眺める。
「未来は灰色かしらねぇ~……なんて──え?」
反射的に腰を上げて空を注意深く観察する。呆けてない頭が理解する未来に心が理解を拒みそうになる。
「嘘でしょう……!? 勘違い、見間違い──なわけないでしょう!」
魔力はほぼ無い、けれども動けるだけの余裕はあった。
「テツオッ!! 空から水の塊が落ちてくるっ!! 逃げてっ!!」
喉が破れそうな程の必死な叫び声。その言葉に素早く反応したのはアンナ。空に視線を向けると雨粒に混じりの景色で距離が離れていてもハッキリと見える水の塊が落ちてこようとしていた。
「諦めなければ野望は叶う。いい言葉だ。私もそう教えられて、そう教えてきた。ただ、そんな性根を持つ子はいつの間にか消えていた……」
天に浮かぶアメノミカミ。確かに破壊した、けれど、全てではなかった。空中で水を支える機能をもったサブコア。それがたった一つ消滅に巻き込まれなかった。戦う能力は持たない、それだけでは意味が無い。水を操るメインのコアが無ければ意味が無い。
意味を持たせる為に先程まで戦った地のアメノミカミと同等の水量が、コアのある位置目掛けて落水した。
「醜くても最後まで足掻く姿。カミノテツオ、君に敬意を払って私も最後まで諦めないとするよ」
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