第66話 終演の幕開け
6月9日 水の日 13時56分 ライトニア王国
(セクリ、作戦開始だ!!)
(了解──)
始まりの号令を届かせる役目は使用人のセクリ。念話を通じて届く期待を感じ口の端に宿る笑み。堂々と右手を天に向け、狙うは壁上の分身体。
「お師匠様は走りだしてください。すぐに撃ちますので」
「分かったわ。あなたは撃った後すぐ離れるのよ。大通りの方に向かうのよ!」
ソルの機能を停止させると、その場にはセクリが放つ輝きが残る。春の日差しのように温かく明るい輝きが。
階段状になった建物の屋上を飛び越えながら壁上と繋がる橋へと向かうサリアン。
「ボクの心配なんて人がいいんだから……──天の鏑矢」
伸ばした腕を砲台とするように天に向かって眩く光の柱が顕現する。その輝きは強さだけではなく優しくも温かく、雨雲で覆われた王国にほんの一瞬春の陽射しを訪れさせるほどで、人々はその輝きに畏怖を覚えず見惚れるように視線を奪われた。
「ひええええ──!? 何が──!?」
(始まったっ!!)
理解せし者にとっては号砲。動き出すはアンナ・クリスティナ。役目は陽動。
慌てふためく見張りの脇をすり抜けると、屋上に降り立つ一人の姿が追加される。
「アンナ! 受け取って!」
「確かにです!」
サリアンにソルを手渡されると仄かに熱の残ると共に抱え、同時に託された未来を抱き走り出す。
傍目に映る、身体が崩れて溜め込まれた水が滝のように壁を伝って流れ落ちていく様子を収め、憂いなく前を向いて加速する。
高所の壁上、雨の中目に映る光景は彼女にとって未知。遠くに映る新緑に染まった山々と水を含み黒みがかった平原、灰色の曇天が眼前に広がる。
眼下には営みの消えた住宅街と小さく写るアメノミカミ。
おめおめと逃げ帰ることしかできなかった初戦の悔しさを思い出し、怯えも恐れも無く奮起した心で二度目の戦場へと降り立つために空へと駆け出した。
始まる重力に従って落ちていく身体。襲い来る全身を荒々しく撫で上げるような風。
(確か師匠の教えでは──!)
(高い所から落ちる際は魔術で空気を掴むか、障壁を足元に円形状で展開して速度を弱める。後は──)
理屈も理論も見本も全て知っている。けれど──
「強化で耐えるっ!! って言われてもおおおおおぉあああぁぁぁあぁあああっ!!?」
完璧に実行できるかはまた意味が違う。地面に向かって跳び下りる経験などアンナには無い。髪を逆立たせながら必死に足元へ魔力で防御障壁を展開し、バランスが崩れないように片膝と片腕を付いて耐えながら、今までにない集中力で全身の強化と硬化を実行し激突に備えた。
「何の光だ!?」
突如として分身体の視界が消滅。狼狽える見張りの姿も映らなくなり、本体から見えるは分身体がいた場所から虹の輝きを纏う光の柱が天へと伸びていく風景。
「──レインさん!! 急いで背後を塞ぐっす!!」
見惚れそうな光景に、現実へと引き戻す聞かれることを厭わない必死の通信。普段指示を送る人間からの指示。疑い迷い拒否感全てが綺麗に消えて身体が動き出していた。
「了解した──」
「さ──」
敵の指示をむざむざと実行させる訳が無い。しかし、既に彼女は最短最適の無音の空間を開いた。
「約5秒が限界か──!」
停止した空間、目の前には幾本にも枝分かれした水の触手が迫っていた。その全てをすり抜けて細かい雨粒のトンネルを作り背後を、西側を陣取った。すれ違い様に絶対零度はおろか氷魔術を叩き込む余裕は残されていない。
「──せるか!?」
水触手は空を切り、互いにぶつかり水飛沫を広げる。刹那的に「時間停止」を使用して回避したことを理解し、本体の損傷を確認、無傷と把握した瞬間に盗み聞いた指示に反射的に対応するために背後へ攻撃体勢を取ろうとする──
「──あああぁぁぁあぁあああっ!!?」
が、近づく叫び声と爆ぜる地の音に思考が一瞬停止した。視界は360度同時に見られない、挟み込むように立たれた場合、どちらかを選ばなければならない。
雨粒ですぐに消えた土煙の中には三点着地を決めたアンナ・クリスティナがそこにいた。ほんの20mも無い。
一度退いた者が再び現れる意味、死に物狂いで時間を稼いだ者がいた現実。切り札の一つを無に帰し、一つは半減。間に合ったという答え。
「アンナ・クリスティナッ!!」
警戒する対象は決まっていた。
「…………またせたわね」
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