第64話 地点2、打ち上げる者
6月9日 水の日 13時55分 王都クラウディア 10区屋上
王都の大通りには煌びやかな観光客に向けた店が立ち並ぶが、横道一本跨ぐと途端にその華やかさは薄れていく。安価な国民達を住ませる集合住宅、調合器具の生産所、日用消耗品の大型錬金場が建っている。
高さの統一感も少なく、階段状に建物が並ぶのも珍しくない。脚力の優れた者はそれを伝って壁上に向かうことも多く、サリアンもその一人である。
「ここなら向こうに気付かれない……下から上に光をぶつけられる」
工場の屋上にサリアンとセクリは陣取り、分身体を下から見上げる。かの存在は表面に雨粒を受けて波打ち、零れぬ水塊として鎮座していた。
「早速準備するわ。熱すぎたりしたらすぐに言うのよ?」
ソルの輝きを設定しセクリに向けて熱と光を放射、独り占めするかのように一身に受け雨粒の反射でより眩く輝いてた。
「はぁ~……あったかいですねぇ……」
「……ふぅ……後は、発射と同時に私は上に向かってコレを投擲する……」
「大役ご苦労様です」
日光浴を堪能するかのように緊張感がまるで無い緩んだ空気に仄かな笑み。戦いがどう転んでも終幕となる大事な状況とはまるで思えない。その結末を導く賽の一つ。
(戦いとはまるで無縁そうな人ね……近くにいるだけでこっちの調子も狂いそうになるわ……)
今、目の前にいるセクリは黒のワンピースに白いエプロン、まごうことなき使用人の恰好。弟子が「だいじょうぶ」と言っても師は不安を胸中に抱く。
サリアンはセクリについてはほぼ無知。存在自体はアンナとの世間話で知っていた。使用人、料理が上手、髪を結んでくれる、マッサージをしてくれるといった他愛の無いこと。
そして、自分が錬金術に集中できるのに欠かせない大切な一人と。
「弟子があなたを信じているから私も信じるけど本当に大丈夫なの? あの分身体、おそらく中央にコアがあるからそれを打ち抜けば破壊できる。でも、半端な威力じゃ壊せないわよ?」
「では……──光暈より零れし薄明よ、天の羽衣に導かれ一閃の祝福となり邪を滅したまえ」
手の甲より出現した二枚の羽が弓の形を作り、三本の指先に集束した光が灯り発射口を模した魔法陣が作られる。腕をまっすぐ伸ばせば光る弓矢が姿を現した。
その時を同じくして──
(テツ、セクリ! こっちは到着したから! いつでもいいよ!)
「流石は大主人、仕事が早いね」
アンナが目的地に到着した報せが届けられる。
(うん……! まだ威力も上げられる、安定もしてる! ──テツオ、アンナちゃん。こっちもいつでも大丈夫だよ!)
(わかった!)
(発射はもう少し待ってくれ。アメノミカミをもう少し引き付けたい、合図を送ってから頼む!)
(了解したよ!)
呼吸を整え、術の威力と精度を高める。光度は決して高くなくとも込められた魔力は禍々しく色めき際立つ。
(すごい……! 私の認識とはまるで違う……この形で発射されたら間違いなく光の速さで飛んで行く! レイン姉さまの時間停止クラスじゃないと避けられそうにないっ……!)
「少しは安心できた?」
「えっ!?」
「ふふっ、そんな期待された目で見られたらボクも照れちゃうな」
間違いなく期待した、態度ではなく瞳が語っていたことをしっかりと悟られた。
「ふん! 今の状況じゃそれができてなきゃいけないのよ!」
「はいはい」
親が子をなだめるように優しく穏やかに受け止めた。
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