第59話 今にも千切れそうな糸を手繰り寄せて
6月9日 水の日 13時45分 レーゲン地区 廃墟
「おい……! 起きよ!!」
「うおっ!?」
目が覚めれば寮の俺の部屋。そこに圧倒的な違和感を彩る仰々しい玉座が中央を占拠し、それにふんぞり返って腰をかけるレクスの姿。この時点で夢に落ちていることが分かる。でも──
「無事だったか……!」
今は生きていてくれて良かった! 贄の狂塔の後、声が一切届かなくなって消えてしまったんじゃないかと思ってしまった。
「わらわの魂は斧がメインじゃからな、力の使い過ぎで接続できなくなった。今も不可能じゃ………それよりも、お主の方が問題がありすぎる!」
「体力的に限界が近いから仮眠を取らせてもらってるはずだ──」
「バカモンッ! そんな軽い状況ではないわっ!! お主は今、死の間際でギリギリ戻って来たようなものじゃ。あの栄養剤とやらが効果あって助かった! 目を閉じればそのまま開かない可能性もあったのじゃぞ!?」
本気でしかりつけるような声と言葉に身が縮こまりそうになる。直感的に理解してしまう。俺の体は相当マズイことになっていると。思わず首に触れる。ここには鏡は無い、あったとしても夢の鏡に正しい俺の姿が映るか分からない。
「でも、まだ生きているんだな?」
「黙っとれ!! お主はもう生死の意味で限界じゃ! こうして同居しているわらわだから分かる。今までわらわを持ち死んでいった者と同じ肉体と魂の剥離! それと同じ現象がいつ起きてもおかしくない! 術の直撃や過剰な運動で終わりかねん! わらわは対価を払った! 次はお主が約束を守る番じゃろ!!」
反論の言葉が湧かない。レクスに戦ってもらった。ヤバイ激流にだって妨害してもらった。約束をこれでもかと守ってもらった。この対価はきっちりと払うべき功績。
「もう戦いは佳境! こちらは一手間違えれば全てが崩れかねない背水。お主はもう大人しくしておれ!」
でも、それでも──
「それは無理な相談だな。俺の出番がもう来ないなら静観してもいいけど。誰かが舞台に上がってくれって言うなら俺は行く。そうじゃないと……俺はこの世界で生きる価値がないだろ?」
「恩を仇で返すとはこのことじゃなっ──!!」
本当に申し訳ないと思う。でも、ここしか俺が生きてる実感がないんだ。
何時からか誰にも名前を呼ばれなくなった。何にも選ばれなくなった。いてもいなくても変わらない透明な人間になっていた。
ちゃんと顔を見て名前を呼ばれるなんて記憶に無い程間があった。だから──
(……──!)
「ほらな……あの子が呼んでる」
「~~っ!! もう知らんっ!!」
虚勢でもなんでも期待に応えたいんだ。それに腐っても大人だから、頼ってくれる子を裏切る訳にはいかないんだよ。それが大事な人なら尚更な。
(テツ! 聞こえる?)
(ああ、いい目覚ましで目が覚めたところだ……何かあったのか?)
(切り札が完成したけど、そっちの状況がわからないから教えて! 師匠にも教えるから!)
(ふっ、待ってた。調べてくるからちょっと待っててくれ……)
鉛のように重い瞼を開き、床に癒着したような体を壁を支えにして立ち上がる。
「あっ! やっと目が覚めた! 死んだかと思ったじゃない!」
「キャミルさん、今の状況を教えてください。アンナがとうとう完成させました」
「見た方が早いわ。でも、簡単に言うと錬金術士の女の子が乱入してから、アメノミカミの動きが悪くなったわ」
「錬金術士の女の子……?」
その言葉で思い浮かぶのはアンナ以外に考えられない。もしかしたらナーシャもありえるだろうと想像し、ケインに肩を貸してもらいながら大通りの状況が確認できる廃墟の隙間に移動すると。
まったく予想外の少女がいることに思考が停止した。
「……あの子って確かアリスィートなんちゃらって子だったはずだ……竜馬に乗ってるから分かる」
「そっちも大事だけど、門も見なさい」
「うおっ!? いつの間にか網張ってる!?」
十分も無い間に景色が一変する。目まぐるしく変わる戦場。敵の奥の手を破壊しても前座だったのかと錯覚してしまう。
「休む暇なしってきつすぎるだろ………とにかく連絡しますね」
前半戦を一人で支え全速力で駆けた者を置いていくような仕打ち。身体を休めることも許されない状況。役に立ち続ける為に走り続けるには余りにも酷だった。
それでもと気持ちを切り替え念話をしようと濡れて垂れ下がったスカーフの端を摘まみ、こめかみに指先を当てようとすると。
「あっ! ちょっと待って。私もその念話聞くから──」
そう言って手の平を頭に乗せて目を閉じる。その手の平は魔力の淡い光で瞬き傍から見れば洗脳を始めているようにも見えてしまう。
(もしもしアンナ……聞こえるか?)
(──うん、聞こえる!)
王都の壁を挟んで内と外。第二次アメノミカミ戦、最後の作戦会議が始められようとしていた。
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