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第15話 26歳新たに学ぶ

 昨日初めて錬金術を学んだ俺に、新たな試練が訪れようとしていた。


「今日はこれから『素材採取』に出発するよ!」

「こんな朝早くから? 授業の一環か?」


 今時計が指し示しているのは午前5時。普段なら完全に眠りの世界に落ちている真っ只中だけど、いかんせんこっちの世界でやることが極端に少ない。今までやっていたネットやらゲームの時間が消えてしまい、夜の9時過ぎた辺りには床に着いてしまっていた。

 昨晩、興味本位にベランダから街の様子を見ても殆ど暗闇の世界で車輪が回る音一つなくエンジン音を吹かす音も無く風の音がやけに耳に響くだけ。都会のような街並みで田舎並の静けさにある意味恐怖を感じた。


「今日は『(つき)の日』で学校は休みだって。テツにも教えておくけどこの世界では1週間って日にちの区切りがあって、太陽、火、水、風、土、月の日って1日ごとに名前がついてるみたいなの」

「なるほど……ちなみに何月何日とか分かるのか?」

「確か4月の12日。ちなみにわたしがここに来たのは4月8日。テツが来たのは10日ね」


 4月12日……世界を越えても月日の概念が当たり前に存在するというのも面白いな。同じこと考える人がいるということか。

 確か俺が山に登ったのは4月5日。二日経って4月7日。もっと別の月日なら大して気にもとめなかったのに中途半端にズレてると逆に気になる……。

 それにまだ二日しか経っていない事実。随分と濃い時間を過ごした気がするのに。これまでは想像以上に無味乾燥な日々を過ごしていたということ。体感一年分のイベントに巻き込まれているというのに。

 後は『月の日』。前の世界の曜日と捉えて良さそうだ。この世界では『1週間が6日』。これは世界レベルの常識みたいだからしっかりと覚えておく必要があるな。


「ところでさあ……そんなに髪の毛キラキラしてたっけ?」

「やっぱり気のせいじゃなかったか。朝起きたら随分と艶が出ていて驚いていたんだ」


 視線の先がチラチラと俺の頭に向けられていたのには気付いていた。女性が胸の視線に敏感なら男は頭だろう。

 昨日のお風呂で早速錬金術製のシャンプー、トリートメントを試したところ宣伝に出れそうな程髪の毛に艶と潤いがコーティングされてしまった。二日ぶりの洗浄を差し引いても俺が知る以上の輝きを纏っていた。

 加えて不要な汚れと油が落ちれば自然と男前度は上がり魅力的に見えてもおかしくない。


「わたしも自分用に作っておこうかな?」

「良いと思うぞ。俺はかなり気に入ったしこの髪が良い物だって証明してる」

「あ、ありがとう。そんな風にほめられるとは思ってなかった」


 アンナが錬金術によって生み出した物。その凄さの一端に触れられた。これは確かに使い魔という守護する存在が必要になる。怖いぐらい丁寧にあの少女に会いに行く道が作られていくみたいだ。

 目の前でサイドテールの髪を指先でくるくるする仕草にグッと来ながらも話を本筋に戻す。


「その森林区域ってどこにあるんだ? それに明日も学校があるんだろう?」


 日帰りで帰って来れる距離なのか、学校を休んでも問題無いのか。気になることが多すぎてこれじゃダメだ、何でも聞けばいいと思ってる子供に成り下がってる。マテリアの校則も調べておかないと。


「東の壁外にある場所みたいで遠くないんだって。夜には帰って来れるみたい。わたしも詳しくは知らないからナーシャに案内してもらいながら土地を覚えるつもり」

「なるほど、それなら色々と準備を……」

「あ、特に準備は要らないみたい。危険生物もいないらしいから強い武器は必要ないって」

「というとあの斧は?」

「よくわからない武器を持っていくとかえって危険かも知れないし残念だけどお留守番にしとこっか」

「そうか……」


 安心したような勿体無いような複雑な気分だ。冒険の舞台に上がり、凄い武器を振るい活躍をする姿。妄想で終わらない期待感が頭に浮かんでいる。

 しかし、何にも成すことが出来ず武器に振り回される情けない姿を見せるかも知れない不安もある。

 今まで生きてきて胸を張って言える成功なんて何一つ無い。全てが何となくでその場しのぎ。

 まずは特別な力がない状態でこの世界と向き合ってみよう。本当にあの黒い斧が無ければ生きていけないのか、アンナの役に立つことが出来ないのか、どんな結果を出そうともちゃんと知っておくべきだ。



「というわけでここがライトニア王国の『ヴィント森林区域』ですわ!」

「随分近いな……いや、遠いのか?」


 寮を出て目と鼻の先にある中央広場から馬車に揺られ、大通りを東方向へ一直線に進み、大きな門を抜け。振り返ればこの街が自分の想像以上に巨大な壁に囲まれている事実に気付く。30分程過ぎた辺りで、ギルドハウスだとか冒険者が仕事を求めてやってきそうな集会所のような建物の前で停車しそこが目的地のようで降りることになった。

 ここに到着するまで渋滞や信号といった進行を妨げる要素に一つも出会うことなく「速さ×時間=距離」の式が完璧に当てはまってしまった。

 建物の背後には、視界に収まりきらない広大な森。むしろ樹海。

 今立っている通路が境界線と言っていい。柵や石畳で明確な区切りがあり背後にはささやかな自然と住宅と商店が並ぶ街の光景。一歩前進すれば世界が変わりそうな程の色見の区切りが明確に彩られていた。


「結構人の手が入ってそうだけどちゃんとした素材は手に入るの?」

「問題ありませんわ。あくまでこの道はわかりやすい目印みたいなものですから。この道の先には湖があるのでまずはそこに向かいましょうか」


 これ見よがしに入口だと主張している木製のゲートに、森の奥へと誘い込むかのような平らで遮蔽物の無い歩きやすそうな広い道。どう見たって人間の手で整地したとしか思えない。


「テツ、遅れないようにね。後、転ばないように」

「流石にこんなに荷物が軽ければ心配いらないな」


 甘く見られすぎている気がするが、それだけ俺は貧弱な存在に見られているということだ情けないことに。まあ、出会って二日、何でもかんでも知ってる通じ合ってるとは到底言えない。少しずつ俺がどういう人間なのか知ってもらおう。

 今日は採取がメインということで荷物は軽めに容量は開けることを指示され、リュックサックには最低限の水筒と食料。例の斧の代わりに「いちおうだけど身を守る物は渡しておくね」という言葉の元、非常に軽い木製のバックラーを渡され、左腕に装着している。俺の普段の服装と激烈に似合ってないのは気のせいではないと思う。

 アンナ達の恰好は前の世界で浮くように今の世界では俺の恰好が浮くというやつだなこれは。


「大事なことを言い忘れていましたわ。この森では基本的に炎系魔術や爆弾と言った破壊を誘発する行為は禁止となっていますわ」

「森林保護のためか?」

「その通りですわ。錬金術に必要な素材は自然の恵みからもたらされる物。無用な破壊は未来を狭めることになりますからね。下手したら禁固に処されるかもしれませんので注意してくださいね」

「そんなことをできる力は無いけど心得た」


 こんなにも緑に溢れた光景を傷つけるなんて到底できっこない。宝みたいに素晴らしい場所は是非ともに大事にしなければ。

 それにここは錬金術士の素材採取のために作られた土地かもしれない。だから人が保護管理していると考えて良さそうだな。


「やっぱりこの空気は好きだなぁ。わたしの村は山にあったけどこんな風に緑に囲まれてたから懐かしい……」

「俺もこの空気は好きだな。生きてるって感じがするし。何より癒される……」


 本当に空気が違う。息をするだけで健康になりそうな生き生きとした香り。排気ガスもドブ川といった不純物の香りも無い。深呼吸すればするほど肺が綺麗になっていく感覚。決定的なのはこっちに来てから花粉症が完全に収まっているのも不思議なものだ。

 こうして質の良い空気を吸っているとテンションが上がってくるというか駆け巡りたくなる少年心が刺激される。

 青々とした木々のトンネルを抜けると光の反射と共に広い湖が歓迎してくれた。


「さて、ここが一番の目印となる湖になりますわ。例え迷子になってもここに到着することができれば帰ることができますのでしっかり覚えてくださいね!」


 透明感があって異臭の無い綺麗な湖。人の手で整地はされているけれど水辺に咲く花や芝生もあり、良く肥えた色をした土も見える。最低限湖の周りを行動しやすいようにしているだけで来た道以外は整地された場所は見当たらない。


「それじゃあ改めて。テツは採取も初めてだろうし、植物の種類も知らないだろうからわたしが採取の仕方や色々教えるね。ナーシャは好きに動いてていいよ」

「いえ、折角なのでご一緒しますわ。一人でこの森を歩き回るのは寂しいですので」

「色々ご教授願わせてもらうよご主人。いや、先生かな?」

「先生……! ま、悪い気はしないけど、先生と呼ばれるほど立派じゃないから遠慮しとくわ!」


 俺は何かを探すって行為が好きだ。ネット通販で名前を検索して商品を買うよりも、店に向かって誰にも聞かずに数ある商品達と睨めっこしながら目的の品物を探す方が楽しいと思う。

 これほど探索し甲斐のある場所で採取活動なんて心躍らないわけが無い。強い力を振るう勇者には憧れるけれどこういう細かい作業は性に合った好奇心が止められない。



 こうして始まった三人の素材採取。明確な目的はより良い素材を集めるということ。ここに向かうなど決められておらず、気の向くままに森へと足を踏み入れる。

 木々が織り成す迷路を抜けて、大地が作る隆起を越え、自然の歓迎を身に受けながら採取できるものを見つけていく。


「ほらテツ。これが『ニガヨモギ』。怪我した時の塗り薬にもなるし、食べられるから覚えておいてね。せっかくだから1枚いっとく?」

「ああ、覚えておくよ――って苦!? 生食向いてないぞこれ!? せめて天ぷらで塩振って食べさせてくれ!?」


 適当にちぎっては口に突っ込まれ悶絶する表情を浮かべる。

 視覚、嗅覚、味覚、触覚を使って教授されていく。

 鉄雄は鉄雄で脳内図鑑に酷似する植物を見かけても言葉には出さず素直に指示に従いながら採取を行う。これから見る物は全て似て非なる物、初めて見る物として記憶していった。


「こちらは『赤雲花(あかくもばな)』ですよ、雲みたいに赤い小さい花が集まって咲いているからこんな名が付きましたわ。色違いもあるので『雲花(くもばな)』と覚えておいてくださいね。優しい甘い香りが特徴で食べられますよ」

「へぇ、これはまた随分愛らしいというか……食べられるのか」

「じゃあ早速いくわよ!」

「は――? ぐふっ!? …………ニガヨモギよりかは食べられるな。触感がふわついててちょっと怖い……お菓子とかに使われてたら普通に食いそうだけど生食は……」


 彼女達にとっても鉄雄に教えるということは自分の知識のおさらいにもなっていた。学んだ知識、技術を誰かに教えられるようになって初めて理解したと言える。

 ハサミの入れ方、採取の選定方法、自分達でも精査するように教えていく。指導を受けるのは大の大人。自分よりも年下の女の子から教わるという現実。普通ならばプライドが邪魔をして拒否するだろう。しかし、鉄雄にとって未知の知識や技術と触れ合うのは何よりも望んでいた自身の欲。傷つくことは無く。全てが新しく自分の世界を広げていく道標となっていた。

 彼の中ではまるで少年時代の綺麗な木の実や石を宝と思い集める感覚が呼び起こされていた。

 

(想像以上に筋がいいですわね……変に素直といいますか。アンナさんにあれこれ言われていても嫌な顔一つせず採取に取り組んでいますし。こんな大人もいるんですね)


「もっとガッと行く感じで! 半端に切ると花がかわいそうよ」「こうか?」「そうそう!」「よし、切れた!」「うん、悪くない」「このハサミが良く切れるからな」「もっと褒めてもいいのよ!」


 彼女の認識している主従関係とはまるで似つかわしくない光景。むしろ仲の良い兄妹だと瞳に映っていた。むしろ教え教えられの関係から姉と弟に見えてもおかしくなかった。


「ふぃ~……採取しながら進むってのは疲れるものだな」

(でも何というか、楽しくて仕方ないな! もっと動きたいけど休まなきゃいけないのがもどかしい……)


 いくら好奇心が満たされる作業で無限に欲求が湧いたとしても体力は有限。

 無駄に傷つけないように丁寧に選定。少しずつ重くなるリュック。慣れない作業もあり疲労が蓄積し始めていた。


「バテるのが早いって。鍛え方が足りてないんじゃない?」

「面目ない。なんとなくアンナと差があるのはわかってたけど、ナーシャも全然疲れてる様子は無いな。魔力の有無でこんなに差が出るものなのか?」


 地面に腰を下ろして呼吸を整える鉄雄と違い。息一つ乱さず絵画の一枚絵のように陽だまりの中に立つナーシャ。


「こう見えて鍛えていますからね。この身一つで入学したおかげか体力勝負な場面が沢山ありましたから。アンナさんも鉄雄さんもいざという時のために鍛えておくのも悪くありませんわよ?」


 ナーシャ・アロマリエ・フラワージュは他の生徒とは違い一人きりで入学した。それ故に頼りにできる家も地位も無い。加えて友もいない。正確に言えば誰も友になりたがらない。錬金術士であってもライトニア王国の出身ではない。ましてや流れ者を自称する故に交友を深めたところでメリットが無いと判断された。

 逆にナーシャにとっても彼等を友とする気は無かった。

 努力をせず与えられた力に満足し胡坐をかく者がなんとも多かった。大多数の人間にはできない錬金術という特別な力。国や権力者に守られる。その甘え腐った匂いに彼女は耐えられなかった。

 アンナと出会いこれまでの錬金術士と違い彼女の持つ野性味溢れ自然の中で生き抜いてきた匂いに強く惹かれ、共に歩めるのではないかと可能性を感じ交流を深めるに至った。


「ふふん! わたしはかなり力があるからだいじょうぶね! 山を1日中走り回ったり採石の手伝いも沢山やったし。そんじゃそこらの大人には負けないから!」

(その膂力(りょりょく)は種族によるのも大きいんじゃないか? そこまで腕や足が太いわけじゃないし……見た目だけなら俺よりも細いだろうに)


 得意顔で話すアンナに内心ツッコミを入れているが。見解が甘い。確かに人間と比べればオーガの方が圧倒的に筋組織が発達する。しかしそれは鍛えなければ意味が無い。

 幼い頃より山を駆け、木や崖を登り、かき混ぜ棒を何度も壊した経験。自然の中で生き抜くための鍛えられた肉体が見た目以上に閉じ込められている事実。

 知るべきことは世界のルールや採取の方法だけでない。一番身近となる彼女の事も知る必要があることを忘れてはいけない。

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