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最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~  作者: 巣瀬間
第三章 雨の魔神と太陽の錬金術士
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第56話 風の王と樹海の波

「さて、伽羅(きゃら)の花が咲きましたのでアリスィートさん構えてください!」

「え、ええ……」


 突き動かす衝動の正体が意外なモノだったことを知り困惑するが、流れは止まらない。

 五つのオールプランターが伽羅の伸ばすツルに包まれ、五つの頂点とし魔法陣をツルで描く。

 アリスィートはヴァンロワに跨り鐙に足を掛けその少し先で待機し、発動する瞬間を緊張した面持ちで高鳴る心臓を抱きながら今か今かと待っていた。


「木々よ伸び 木叢(こむら)と満たし 地を染める 翠蓋(すいがい)と覆い 万朶(ばんだ)を描く」


 詠唱と同時に六つの印相を結び、対価とする。ナーシャと伽羅、二人の精神を同調させ魔力を束ねる。詠唱によって呼吸を合わせより高い練度へと昇華する。  


「──鬼気森然(ききしんぜん)

(来た──!!)


 鐙を踏みしめ、手綱を強く握り締める。それを合図にヴァンロワは駆け出す。


(っ!? 予想以上の大呪文じゃないのよ!?)


 夢物語で終わると思っていた術が現実となって発動する。

 迫り来るは大樹の如し根やツル。洪水のように大通りを埋め尽くし蠢き、前へ前へと飢えを満たす為に伸長していく。

 その異質で怖気を沸かせる光景は、騎士団達の目にも止まった。


「全員離れろぉ!! なんかやべえのがのたうち回ってやがる!?」

「どこでもいいから避難をっ!! 巻き込まれたら──えっ!?」


 迷わず分身体との打ち合いを止めて、店舗同士の僅かな隙間、屋上、脇道細道、進行路から逸れる位置に必死な形相で飛び込んだ。


「いつからライトニアは樹海になったんだよ……水人形共が喰い尽くされたのはいいがこっからどうなるんだ…………ん? おい、どうした呆けて!?」

「いえ……少女がこの植物達に追われていたような……」

「はっ! 必死過ぎて幻でもみたんだろ! ありえねえって!」


 須臾の隙間に映った少女は幻ではなく現実。先導するかのようにアリスィートはヴァンロワに乗って駆けている。

 彼女達は競技のように分身体の攻撃を華麗に回避し置き去りにする。その数秒後、標的を逃した分身体は抗う姿もみせずツルに貫かれる。


(……ここまで能力が跳ね上がるの!? 特効道具だとは聞いていたけど、圧倒的じゃない! 私とナーシャが作った物とは思えないわね……)


 貫かれ尚進むツルに内側から削れていくように水分が吸収され身体が萎み核の魔力も吸われて消滅する。数本に貫かれたモノは引きちぎられるようにバラバラに消滅し何も残らない。

 使われているオールプランターは全て二人で作ったもの。手を抜いた訳では無いにしても想像を大きく超えた姿に言葉を失う。


(200m地点到着! あの樹海の速度を考えるのよ、起動は5秒後! 安全装置を外すタイミングが命!)


 分身体に囲まれるが、アリスィートはオールプランターの起動タイミングに集中する。全ての攻撃は相棒が避けてくれると信じて疑っていない。

 どんなにヴァンロワが激しい動きをしようとも彼女が降り落されることは無い。8年近くその背に乗り続け身体が溶け合っているかの如く人馬一体の領域に到達している。

 加えて互いの視界を共有しているかの如く、彼女の些細な足遣いが指示となり死角をカバー。地を蹴り、水鞭や水弾を回避する。仮に当たったところで竜の鱗を持つ彼に傷を負わせることは不可能ではある。

 それがドラゴン。ライアス大陸最上位の強さを持つ種族。鱗はあらゆる魔術と武力を弾く堅牢無比な盾。爪と牙は岩を砕き鉄に風穴を開ける鎧袖一触の刃。未だ成長途中の竜馬であってもその片鱗は十分にある。


(5、4、3、2……今っ!)


 起爆後大通りの横幅を満たすようにを等間隔に三個放り投げる。そして、そのタイミングを見計らってヴァンロワは強く駆け出す。

 炸裂音と共にツルの波に飲み込まれると、溜め込むように波が膨れ上がり、爆ぜるようにツルが吐き出される。


(よしっ! まず1つ目は成功!)


 作戦通りの効果、勢いづいて伸長するツルの軍勢は水人形共を容赦なく食い破る。

 事の運びはもはや完璧と言えた。アリスィートに与えたのは水飛沫だけ。怪我傷一つ無く。一つの成功体験が自信となり、400、600と繰り返し成功し最後の800m地点、つまりは西門がもう目の前に近づくが──


「──なっ!? 逃げ場がない!?」

「グルァッ!?」


 思わず手綱を強く引き足を止めて状況を確認。視界の先には破壊された門の残骸、大量の分身体。本来の作戦は最後のオールプランターを門の手前に設置した時点で役目は終わり、脱出が最優先となる。

 しかし、このまま走り続ければ鶴翼の中心に向かって行く形になってしまう。そして、門を塞ぐようにその中心には本体と同等の大きさの水人形。

 背後からは分身体を一掃し続けるツルと根の激流。仲間の術だが個を器用に避ける程の操作性は待ち合わせていない。巻き込まれれば軽傷で済むことは無い暴力的威力。

 

「ヴァンロワ……全力全速で駆け抜けるわよ──」

「ゴアッ!? グルルゥ! グゥルル!?」


 首を振り拒否の声を荒げる。それに応えるように彼女は優しく首を撫でる。


「あなたは全速力で駆け出していいの。私に遠慮しなくていい。怖がらなくていい。もう、昔とは違うから」


 思い出されるは幼き日の慢心。もっと速く、もっと遠くへ。そんな加減を知らない欲求がグングンと膨れ上がり、竜馬の力と釣り合わなくなった少女の身は、その背から置いて行かれるように投げ出された。

 背中に消える重さ、鐙や手綱の支えが無くなり浮遊感に襲われる身体。互いが互いの状況を理解する頃にはアリスィートは草地を転げまわり低木にめり込んでいた。

 死んでもおかしくなかった状況。だが、走る場所が良かったのか草地や低木がクッションとなり九死に一生を得た。捻挫と擦り傷だけで障害が残ることはなかった。

 むしろヴァンロワの心に残ってしまっていた。大事な家族を傷つけたということを聡明な竜馬は理解できていたのだった。


「グルゥ……」

「大丈夫……ごめんね、未熟で。本当は全力で走りたかったのに、私の失敗で枷を付けるような真似をさせて」


 乗る側もずっと気付いていた。けれど、言葉にできなかった。普通に乗って走ることはできるのだから。これ以上を求めることは負担になると。そして、二度目は許されない。

 このまま大人しく、竜馬の全力を求める機会は訪れることは無く、趣味で野を駆けて最速の幻想を追いかけ続ける日々を送ると思っていた。

 枷を壊す機会、それが来てしまった。閉じこもっていた殻を破らねば、家族は死ぬ。奇跡も偶然も味方しない不自然の渦中に飲み込まれて。


「ゴオオオオオオオッ!!!」


 王都に響き渡る竜の猛々しい咆哮。

 地を掴む竜爪が突き刺さり。前足両足の筋肉が山脈の如く隆起し鱗が刃のように逆立つ。そして、空気の流れが変わり周囲を渦巻く。


「──行って」


 溜め込まれた力が爆ぜ、足に結ばれていた心の枷が砕け散り、その身は銀の流星となって駆け抜ける。

 地を蹴る音を、水の弾ける音を、何もかもを置き去りに。水の壁に巨大な風穴を開け、逆巻く風を背に受けて王都の外に彼女達は立っていた。

 三つのオールプランターを背後に向かって放り投げると、祝砲のように爆ぜて追いついたツルの波と混じり合う。


「やっぱり……全速力って気持ちいわね!」

「グルッ!」


 過去の壁を越えた彼女達の表情は雨模様に負けない晴れやかさで満たされていた。

 そして、ツルの激流が残りの分身体を貫き吸い上げ、開いた門を網で覆うように広がり張り付き固着する。破れた障子のように内外が見放題で不格好な門が完成する。けれど、この門はただ水の巨腕で薙ぎ払ったところで壊れはしない植物の盾。アメノミカミが簡単に通ることは不可能。

 作戦の完遂を見届け満足気に頷く。その表情を彩ることに誰が不満を口にするだろうか? 褒め称えるであろう功績を成し遂げたのだから。


(…………あれ? 何で私外に出てるの?)


 王都の外側にいると気付いた瞬間、笑みが石の如く固まる。

 目の前にはツタの門、網目でもヴァンロワが抜ける隙間は無くもう戻ることはできない。恐る恐る振り返れば彼女の視線の先には紛れも無い水の巨人、砕けた氷塊を背景にアメノミカミの姿が映っていた。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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