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最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~  作者: 巣瀬間
第三章 雨の魔神と太陽の錬金術士
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第54話 筆下し怪盗

 これから私がすることは人様に決して褒められることでも無ければこれまで自分自身が歩んできた生き方を裏切ることになります。

 正道で成し遂げられないなら修羅と成るしかない。今なら少し分かります。誰かを殺してでも自分の成すべきことをする覚悟ということが──

 けれど、結局……私はこの方法しか知りませんし選ぶことができないようです。これで一度成功してしまったらそこで運命が決定づけられるかのように──


(……確固たる正義を胸に動いていますが、気分はよくありませんわね)


 普段なら人様やお店の屋上を足蹴にすることなどしませんが、今だけはお許しください。騎士様達が大通りをせわしなく動いているので、見つかる訳にはいかないのです。


(騎士の方が入口に二名……)


 何時見ても荘厳な佇まいで何時かは私の作品もここに置かれることを夢見ていますが、これから犯すことを考えれば候補に上がることは一生無いでしょう。

 錬金術の殿堂『アルケミーミュージアム』ここに安置されている『人工太陽ソル』を()()()()のが私の目的なのですから。


 6月9日 水の日 13時38分


 できる限り急がなくては……正面入り口より避難民として入ることは可能でしょうが、目的は3階の展示室──そこが避難スペースとして使われることは無いでしょう。何食わぬ顔で歩いて行ったとしても注意されて連れ戻される未来が簡単に想像できますね。

 改めて確認致しましょう。1階は受付とカフェ、2階は錬金術に使う道具が展示されています。4階は調合品の体験コーナー、思い出深いですわね。全4階建ての続きは屋上、そこには庭園が用意されている。

 構造上、入り口正面からでは屋上庭園が見る事ができない。となるとやはり……


(屋上からの侵入……)


 最適なルートは他にもあるでしょうが、屋根伝いにここから飛ぶしかありませんわ。距離は少しありますし目立ちそうですが、視線は西に向けられ私は東に飛ぶ、視線の軸はずれている。混迷とした状況下で憩いの庭園に屯する方はいないはず。


(一、二の……飛燕脚──!)


 足元に風の力を溜めて爆ぜるように飛び出す──!

 数秒の事でも決して遅くない術のはずなのに、時間の経過が嫌なぐらいゆったりと雨粒の形がはっきりと見えてしまう程鈍重に流れましたわ……慣れないことはすべきではありませんね。でも、大丈夫……誰も見ていない。例え見てても鳥か蝶に見間違えるはずですわ!

 青々とした芝を滑るように着地できた瞬間。深くため息が漏れ出してしまいました。けれど、まだ序盤も良い所──


(急いで中へ──っ!?)


 取っ手は捻れど扉が動かない、開くと思った私の身体は扉に激突し頭が真っ白になりそうな拒絶を突き付けられましたが──!


(それはそうですわよね! 戸締りはしっかりなさいますよね!?)


 何でこんな当たり前のことが頭から抜け落ちていたのでしょう!? ──けれど、立ち止まっている理由になりません。幸いにもこの扉は景観重視なお洒落なガラス扉。扉と扉の隙間に閂が見えています。魔力による強化は無し、なればこちらの鉄扇の強度に加え魔力強化で切れますわ!


(ふぅ……威力を抑えて、斬撃に集中……)


 全身を鞭のようにしならせ、足さばきはゆらりと、扇を大きく舞わせ、徐々に小さく、鋭く。そして描く軌跡は縦一閃。


虎落笛(もがりぶえ)──!)


 鉄扇が扉の隙間を通り、短く金属の削れる音が響き渡り、勢い留まることなく奥義は円弧を描きガラスも壊れることなく最小限の破壊に成功。

 取っ手を再び捻ると障害なく開くことができました。

 舞術の一つで、本来なれば風の刃を巨獣の爪痕の如く叩きつける術──久々に使いましたが上手くいってよかった。


「失礼しますわぁ……」 

 

 思った通り施設は稼働しておらず消灯されて、薄闇の通路で耳を澄ませば扉越しに聞こえる雨音だけ、人の営みは忘れられたかのように静寂に包まれ身体から滴り落ちる水滴の音すら聞き取れてしまう館内。避難された方の喧騒も届いてこない……

 客ではなく盗人として踏み入れたミュージアム。身体に届く感覚が全て敵となるような緊張感。立場が変わると感じ方がここまで変わるとは思ってもみませんでしたわ。

 この階段を下りればいい訳はできなくなって後戻りはできなくなる。いえ、あの屋上から飛び降りた時点で後戻りはできないのでした。

 ここからは『(そら)』を使って進まなければ……。壁越しに魔力探知できる人もいますし、こういった場所ならいてもおかしくありませんわ。

 足音立たせずに下りた先は一面大きなガラスで正面玄関を見下ろせる廊下。逆にあちらからも私の居場所が見えてしまう可能性──

 左右どちらに向かっても階段があるので、どちらに進んでも良い。ということですが、どちらかが人との鉢合わせになるかもしれない恐怖。もう片方を選んでいれば良かったと、踏み出した後に嘆くものだと知っていますわ。


(匂いはしない……気配もしない……どっちからもしない……こういう時は!)


 右が相場と決まっていますわ! それに、ソルが置いてある部屋は右の階段を下りたすぐ近く!

 足音立てず、音と匂いに注意して、尚且つ急いで!


「劇場にいる人達はパニックになっていないな?」

「はい、防音機構のおかげで。それに演奏していたので気付く人はいないかと」

(──っ!?)


 折角三階に到着したのに!? 何故ここに!? 大人の男女二名、見た目からして常駐の警備員さんとここの職員さんでしょうか? どうしましょう……あの部屋にソルがあると言うのに……! 時間も掛けられませんわ……今ならこちらに気付いていません……麻痺薬はありますが……どのタイミングで……。

 


 避難場所の一つとされていたアルケミーミュージアム。

 錬金術関連の展示室、それと併設されている大劇場。この二柱によって運営されている。観光客向けの展示、自国民向けの劇場公演。築三十年以上経過しているが人がいない日は訪れない人気施設。

 今日のようなアメノミカミ襲来日も出現直前に閲覧していた人もいるぐらいである。

 そして、ここに集まった避難民は劇場に身を寄せ演奏に耳を傾ける。恐怖を和らげるのは聴者だけでなく奏者達も同じ。不明な未来に怯えるよりも今できることに力を注ぐ。避難場所でただ悲観することは無意味だから。


(他に気配はありませんわね……後のことを考えると二人まとめて麻痺に落とさなければ……となれば……!)


 そんな場所へ強盗に入る事自体が神をも恐れぬ罰当たりと言えよう。

 ナーシャは呼吸を整え覚悟を決め、いつもの顔つきで階段を下りると


「こんにちわ」

「ええ、こんにちわ」

「いらっしゃいませ! アルケミーミュージアムへ──え?」


 柔和な笑顔で一人の客のように挨拶し何食わぬ顔で二人の横を通り過ぎ展覧室へ歩むナーシャ。職員達は完全に一人の客として認知してしまい癖となった対応してしまう。

 濡れた髪に服、歩けば床に水滴を残す。ほんの一瞬理解が追い付かずそのまま歩んでいた。

 この僅かな隙を突かれてナーシャはガラスケースにたどり着いた。この国の人間であるなら知らない者はいない最も有名な渾天儀。『人工太陽ソル』のもとに。


「──おい君! 避難場所は……マテリアの生徒? 何故ここ──いや、何をしようとしている!?」


 不意打ちから意識を戻し、慌て、警戒と敵意を含んだ声を荒げる。

 この危機的状況に混乱し無意識に心を落ち着けるために閲覧しているのではないかと一瞬頭に過ったけれど。鉄扇を開き構え、魔力を纏わせていた姿にそれはあり得ないとすぐに悟った。


「必要なので頂きに参りましたわ」

「──っ! 早まるんじゃない! それはあくまでレプリカ! それを使ってもソレイユさんのような英雄になれるわけじゃない!」


 さらに状況から推測できる目的を理解した。

 マテリアの生徒なら知っていてもおかしくない。十年前の戦いの記録──

 盗人であっても、悪意が原動力ではない。確固たる信念があるからこそ鉄扇に震えは無く、魔力に揺らぎも無い。

 ただ目の前にあるのは偽物。本物とは程遠い。雨の魔神を蒸気に昇華させる力持っていない。精々暗闇を照らし仄かに温めることが限界なのである。


「ならば偽物が成すべきなのは英雄の道を作る前座ということですわね」


 一閃。

 斜めに切られ自重によりガラスが滑り擦られ鳴き声を上げ、割れない鈍い音が床から広がる。

 ソルに丁寧に触れ大事に取り出し始める。が、それを黙って見る警備員は存在しない。


「そこまでされたら私達も止め、ざるお……?」

「あれ? 何か……身体が……!?」


 止めようと動き出そうとした瞬間、身体の自由が効かなくなり両膝を付き、前のめりに倒れ頭を下げる姿を晒してしまう。


「本当に申し訳ありませんが、暫くそちらでお休みください、雷紋菊の麻痺成分を薄めたものなので30分もすれば普通に動けるようになるはずですわ」

「しかし、そんな隙は……無かったはず……!?」

「ただ、さりげなかっただけですわ」


 ナーシャの使う属性は風。風向風量の調節を行うことに優れている。

 右手に鉄扇、左手に蓋を開けた薬ビン。床に向けて粉を落とすと同時に鉄扇を媒体に風魔術を発動。薄闇で満たされた展覧室、二人の視線はソルと鉄扇に向けられ左手に注意は向けられず、無香性の薬にも気付けず粉薬を彼等の鼻元に舞わせ吸わせることに成功する。


(とにかくこれで目的のソルは手に入りましたわっ! この戦いが終われば罰はきちんと受けますから! 今はただそのまま目を閉じていてくださいな!)


 自分の行いが正しく無い事は完全に理解している。だからこそ誤魔化しの言葉は出せない。涙を他者に見せる訳にもいかない。泥を被る覚悟を彼女はできていた。

 ただ、感情全てを制御する術は未だ少女の実であるナーシャには早すぎた。


本作を読んでいただきありがとうございます!

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