第52話 休息の時
ケインは鉄雄に肩を貸し、大通りから離れ雨風を凌げる屋根が生き残っている廃墟に向かう。
半壊した扉を蹴飛ばせば埃が舞い、誰も踏み込んでない証明を明らかにする。元々は平民の住んでいた家屋だが十年前の戦いでこの土地を捨てることになってしまう。家具などは残っていない、ただの箱としてしか役目を残せていない。
雨漏りの音が時折響く部屋で、鉄雄は尻餅を付いて壁に背を預け。ようやく休憩と呼べる休憩を得ることができた。
「とりあえず栄養剤があるんで飲むっす」
銭湯のコーヒー牛乳感覚に渡されたそれは滋養強壮の栄養ドリンク。名を『エリキシルレプリカ』騎士団遠征任務等で持たされる緊急食糧の一つ。食料が採れない状況下に置かれた際に摂取するものであり、これを使用した後は速やかに撤退することが決定事項である虎の子の切り札。
疲労と飢え、身体を動かすエネルギーが何もかも足りていない鉄雄の身体にはもはや必須の一品。価値も名も知らず素直に受け取り喉を鳴らしながら飲み込むと、枯れた大地に注がれる水の如く、飲んだ栄養が全身を駆け巡り染み渡る。
何かを摂取したという安心感からか、表情に余裕が生まれる。雨水のみが飲み放題の環境でようやく栄養を取り込むことができたのだから。
「はぁっ、ふぅ……生き返った気分だぁ……そういえば、今って何時何分ですか?」
「今は13時40分。レインが戻ってくれたのは良かったけどジリ貧よ」
アメノミカミとの戦闘開始時間は約11時25分。鉄雄は2時間15分を経てようやく足を止めることができたのだった。
「あの術をもう一度使われたらもう止める術がないですよ……」
「安心していいその心配は無いわ。あれは神域魔術って言って人の身で扱うには相当な対価と制約を支払わないと発動もままならない禁術に該当しているのよ。環境を対価にして使ったみたいだけどあの時と今は状況が違うわ」
自然のもたらす大魔力を火薬、膨大な水を弾頭、巨大な魔法陣を砲身、詠唱がそれらの完成度をより高め、術者の精神を集中させる。そうして形成された弾丸と発射機構。
何かが欠ければ神域には到達しない、人の身で模倣できる半端な術へと成り下がる。何度も放つことは到底不可能。
「だとすると、止めるべき時に止められなかった……尚更悔やまれる……」
「そんな訳ないわ、テツのおかげで完璧な形での発動は阻止できた。もしも、完璧に使われたら西門だけじゃなくて東門まであの激流は破壊していたはずよ。ホークも私も命は無かった、それだけ別格な術だったのよ」
気休めでは無くキャミルの言葉に嘘は無い。魔術の知識が深い故に術の強さを正しく理解していた。もたらす災禍はこれで最小限と言っても過言ではない。
予想通り王都を横一線に貫いてしまった場合、東西を繋ぐ大通りの石畳は全て剥がされ、通りに面した店や王城や学校に直撃はしないが余波により凄まじい爪痕が刻まれていただろう。
そして、大量の分身体が出現し王城と学校に避難していた者は混乱に見舞われるだけでは済まない恐怖と絶望の底に叩き落とされていた。
「でも終わってないってことはまだあいつの目的は果たされてない。私達はここから何を起こすのかが重要よ」
「せめて分身体をどうにかしたいっすけど、普通の武器や魔術じゃ効果が薄くて無理っす」
「レインが戦ってくれてるおかげで分身体の動きは制限されているはずよ。あれぐらいは討伐部隊に倒してもらわないと給料泥棒も良い所だわ」
しかし、その理想は儚く散っている。数の多さと大きさ、経験不足。戦線は徐々に後退している。犠牲者は出ていないだけ、倒すべき相手はまるで減っていない。むしろ雨を糧に分裂を試みようともしている。
「すみません……少し目を閉じます……色々、限界…………」
風雨を凌ぎ、仲間がいる。ほんの一瞬気が抜けてしまった瞬間に意識が泥の闇に沈んでいく。起きているか眠っているのか起きている夢を見ているような曖昧な狭間。
「ちょっ!? 死んだりしてないっすよね?」
「脈は……うん、大丈夫そう。でも5分経ったら無理矢理起こすわ」
返答は無く、首は項垂れ呼吸が一定に穏やかに。
まだ戦いは終わっていない、ほんの一時の癒しの時間。誰もそれに口を出す者はいない。騎士団総出で戦うような事柄を一人で背負って戦ったのだから。
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