第49話 醜くても最後まで足掻くんだ
6月9日 水の日 13時29分 レーゲン地区大通り
廃墟や空の家屋が並ぶ大通りだったそこは今や広場と化し、小雨の音だけが広がる静謐な場となっていた。
そこにいるのは水の巨人アメノミカミ。そして地に伏し横たわる神野鉄雄。
勝負は決まった──
「……素直に負けを認めよう。天のアメノミカミで国を凌辱する計画が君に個としての力に破壊されるとは夢にも思わなかったよ」
言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、羽の捥がれた蝶のように地を這いずることしかできない。全身全霊、体内に残る燃料全てを絞り尽くした上で命を燃料に爆発させたようなもの。
「──けれど、君も一敗。命の灯火に傘をさすことで等価とさせてもらおう」
鉄雄に何もせずその横を通り抜ける水の巨人。
このまま放っておいても死に繋がるだろう。雨にも負けず勇猛果敢に戦った命の炎はもはや小さく、いつ消えてもおかしくない。水溜まりで窒息しかねない程顔は殆ど上がらない。
それでも最大限の守護をせしめた。誰が何と言おうともこの成果を蔑む者は存在しないだろう。それは最高傑作を破壊された張本人であってもだった。
止めを刺さず見逃したのは甘さからじゃない。敬意を、欲しいと望んだ感情がより強まったから。
諦めない姿、限界を超えた姿、覚悟を決めた姿、10年を3ヶ月が超えた事実。
嫉妬と復讐心を愛と覚悟が打ち砕いた。
絶対勝利を願った不壊の切り札が壊された。混沌必須の激流を軽減させた。故に認めなければならない。
「予定とは異なるが理想とした結果は変わら──」
小雨の中、コツンと石を鳴らす音が嫌に響く。
無視することはできない死神の如し足音。
「まだ…………終わってないだろ……!」
「ああ……本当に美しい──この命の輝きこそ、私が導きたかった守りたかった愛おしい姿。何故……このような出会いをしてしまったのか……けれど、諦めてくれ……私は君を殺したくない……!」
──立っていた。
神野鉄雄が立った。視線が定まっていない震える身体で、泥に塗れ、全身が濡れた姿で。上がらない腕でも破魔斧は握り締めて。
まだ戦う意志を見せていた。
「大人……だからな……頭が、固くて。諦めきれねえんだ……」
「君の身体に大きな怪我はない、純粋な疲労で限界を迎えている。誤魔化しようのないぐらい身体には何も残っていないだろう? 命が惜しくないのか?」
「関係ない……あの子に……命、だけじゃない……夢と心を救ってもらった……まだ、何も返せてない。何も返せてないんだ……! お父さんに会わせて……故郷を守って……それでも足りないぐらいでかい恩なんだ……」
半死体を執念が動かす。歯を食いしばり一歩、一歩、小さいながらも確実に距離を詰めて。
狂気を身に纏う姿。初級魔術を掠らせる程度でも死にかねない枯れ枝の如き存在感。
「アンナの使い魔は、強いって……あの日選んだのは間違ってなかったって……自慢できる使い魔だって……胸を張ってもらいたいから……!」
「もういい。戦いは終わったんだ……先程の激流はただの攻撃じゃない。アメノミカミの分体を生み出す種でもある。こうして会話している間にも完成して動きだしている。後は時間が経てば我の勝利が決まる」
言葉通り、王都の通りには本体と変わらない大きさと大人と同等の水人形が複数体出現し動き始める。加えて壁上通路にも蔓延り設置されている大砲に向かい動き始める。
壁上に蠢く水人形の動きは鉄雄も見えた。嘘でないことは理解した。けれど足は止まらない。
「聞いていたのか! 我に刃を向けたところで――」
「尚更休めないだろ……いくら自動で動くにしても、本体であるお前が消えれば維持できなくなるはずだ……何が違う?」
「……正解だ」
ルールは絶対。分身体を作り維持するには本体が必須。本体を破壊すれば分身体は糸が切れた人形のように動きが止まり崩れてしまう。
加えて本体を妨害し続ければ分身体の手動操作は難しく自動へ変更。それだけでも戦いやすさは変わる。最適解は既知としていた。
「これが最後だ……我の仲間になれ。さすれば王都内の侵食は治めてやってもいい。今ここで君が首を縦に振れば助かる命がある! 君の言葉一つで被害が減る。分かっているだろう!?」
「そんな……意味の無い選択に、従うわけ、ないだろっ……!!」
殺さなければ止まらない、例えアリ程度の脅威と落ちたとしても確実に噛みついてくる。何を言っても首を縦に振ることはない。それを理解してしまった。
「何故、君のような男が……あの時いなかったのか……!」
未練を込めた言葉と共に巨人の指先が鉄雄に向けられ、一発の水弾が放たれる──
「────っ」
避けることも斧で受け止めることもできず胸部に直撃する。威力なんてほとんどない、これまでの術と比べるのもおこがましい程の小さく弱々しい弾。けれど、それすら耐えられず仰向けに天を仰いで地に背を預ける。
「初級水魔術でその様だ……諦める理由は与えて──」
「まだ、だっ……!」
力なんて入っているかわからない震える腕を支えに立ち上がろうとする。全身を襲う耐え難い疲労、今にも微睡に落ちそうな虚脱感。これは必然ラスト・リゾートだけならまだ動けた。だが、回復をまたず贄の狂塔は破滅へ落ちる。言うなれば砲身が焼け爛れたようなもの。
その姿は必死で足掻く羽の折れた鳥よりも弱々しい。
「温情を理解できぬか!? 何度殺せると思った! 何故殺さなかったか理解ができぬか!? 何時まで駄々をこねる! ……惜しい、あまりにも惜しい! こんな機会は二度と来ない、来ないんだ……! 斧だけあっても無価値、扱える者がいて初めて価値が生まれる。何故最初に我の下に現れなかった……何故、あんな小娘に尻尾を振っている! 君は自分の価値を理解していないのか? 力と価値を正しく理解できる者の下へと降るべきだ!」
水面の仮面を纏っていても個人が特定できそうな程感情が溢れる。怒りの中身は悔しさ。自分の欲しいものが手に入らない子供のような癇癪。
「……俺なんかに価値を見出してる、お前は、審美眼がないよ……空っぽだった男に、でかい力があっても、ハリボテがいいところ……100キラが正しいんだよ……自分の努力なしで手に入れた力になんて価値は無い、それに群がろうとする奴も無価値なんだよ……」
身に収まり切らない大きな力。最初は誇らしく、未来の選択肢は大きく多岐にわたっていた。けれど、力を扱うだけの正しい土台はまるで出来上がっていない。肝心な時にはレクスに頼る半端者。まるで台座と石がちぐはぐな指輪。今にも落ちそうな宝石を細く歪んだ爪で支える。
逆に出会う人全てが自分の努力によって身に付けた本物の力を持っていた。それが何よりも眩しくて、嫉妬しそうなほど輝いて見えていた。
「俺が買われた時、どれだけ嬉しかったか、お前に分かるか? 無力で、無様で、空っぽな俺を受け入れて手を伸ばしてくれたのがアンナなんだ……俺を絆すには何を乗せたって揺らぐ訳がないだろうが!」
「どれだけ立派なことを口にしても自分の姿がどうなっているのか見えていないのか?」
息が切れても紡いだ言葉。傍から見れば土下座しているような体勢でも、諦めずに立ち上がる途中。
「確かに……でもな、醜くても最後まで足掻かせてもらう……もう俺にできることは……たった一つだけだ……これ以外できることは無いけど……成功すれば……確実に、アンナが来るまで時間を稼げる……!」
「……実に興味深い。ハッタリではないのだろう? 何をするつもりだ? 脳を刺激するような秘奥が残されているのか!?」
膝に手を当て、青白い顔に自信に溢れた企み顔。大きく呼吸をする。そして──
「助けて──っ!! レインさんっ!!」
小雨降る中に男の大人の情けない救援が響き渡った。
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