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最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~  作者: 巣瀬間
第三章 雨の魔神と太陽の錬金術士
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第48話 主の価値

「むっ!? 鍵を開けたのに開かないぞ!? 無駄な抵抗はやめたまえ! 力ずくで開けられないのか? ガラス部分を──硬い!?」


 調合室のは他の部屋と比べて壁、床、天井、窓、扉、全てが頑強。中で大爆発が起きたとしても窓から衝撃が逃げる程度で壊れることは無い。さらに言えば窓ガラスが枠から外れることはあっても割れることも無いので再びはめ直せば部屋の形に戻る。

 つまり人が持つ程度の力では壊れることはまずありえない。


「まったくしつこい連中だと言わざるを得ないね。武力を向ける相手を間違えているんじゃあないか?」

「私もあんたに武力をぶつけたいと思ってるわ」


 けれども予想外はありえる。アリスィートは扉を背中で押さえ万が一にも外されないように対処する。これまで生活した日々からは得られることのない時折響く背中の衝撃に心臓の脈動が激しくなっていた。

 他者からの攻撃とは無縁のお嬢様にとってはあまりにも刺激的すぎた。加えて自分が悪いことをしているのではないかという不安も激しさの燃料となっている。


「それよりまだ終わらないの? 全然進んでいる気がしないわよ!?」

「彼がいないから完璧な魔力消失下の調合は行えていない。アンナ君も普段以上に集中している。ぼく達ができるのは邪魔を入れないことだけさ」


 アンナの調合は傍目から見ても穏やか過ぎて成功しているのか失敗しているのかわからない。釜から光が漏れる、泡立ち音が激しくなる、煙が発生する。といったわかりやすい現象がまるで無い。かき混ぜる静かな水音だけが部屋の中に広がるだけであった。

 ただ、観測者と実行者では得られる情報はまるで違う──



 耳をすませば素材の声が聞こえてくる。虚を使うと素材の感情っていうのが感じられる。特に自然の素材よりも調合で生み出された物はより強く感情の想いが流れてくる。


(アメノミカミを殺したい……父を奪ったアイツを殺したい……助けたい、妹の為に戦ってくれているあの人を助けたい)

(友達の為、役に立たないと、天才たる僕がどうにかしないと。2つを繋げてより強く、安定させる)


 アメノミカミに強い怒りとテツを助けたい想いを持っているジョニー、態度以上に友達想いなルティ。

 調合品に込められた隠せない本物の強い想い。みんなが向いてる方向はいっしょで、心もいっしょ。自分の感情を込めた道具に嘘は込められない。今だからわかってしまった。これはわたしにも当てはまることだって。


(これがあればテツは強くなれる。いっしょにお父さんを見つける相棒のため。次に繋げるため!)


 アブソーブジュエルの声も聞こえてくる。

 あの時わたしが何を考えて調合していたのか、過去からわたしがやってきたみたいでちょっと恥ずかしくもある。でも、あの時の想いは今も変わってない。これからもいっしょにお父さんを探す手伝いをしてほしい──


「──テツ……?」


 だけど、この繋がりが途切れてしまうような不安が襲ってきた。



 6月9日 水の日 13時28分 錬金学校マテリア調合室


「何──今の音は……!?」


 マテリア内に響き渡る破砕音と轟音。水に流される石が道路と接触する異音。本能の危険信号を刺激する音。もしもの想像が連鎖する。

 頭では分かってしまう。だけれど「否定」という安心が欲しくて口に出さざるを得なかった。


「どうした? 何が起きた!? 何の音だ!!」

「…………何だと!? ……報告によると……西の門が……破られました……!」


 通信具より5秒に満たない「アメノミカミにより西門が破壊された」という言葉は多くの騎士を顔を青ざめさせるには十分過ぎた。伝えなければならない緊急情報に恐怖は感染する、爆発的に。


「門が破られた……!? あの門がだと!? まさかあの音は破壊したということか!? そんなことがありえるのか!?」

「今の話は本当なの!? ここなら安全なんでしょ? そうなんでしょ!?」

「10年前を繰り返すんだ……! それも今度は王都がレーゲン地区と同じように壊滅するに決まってるっ!!」


 避難場所に設定されている錬金学校マテリアは王都のほぼ中心。強固な外壁が無事であるなら火の粉が届かない。

 だが逆に内側に侵入されてしまったら? 普通の敵なら内部の戦力で一つしかない入口から来る敵を囲うように潤沢な錬金道具で攻めて排除が可能。

 しかし、規格外の敵なら話は変わる。同じ檻に同居するのも同意。一度閉じた重厚な門を再び開くには時間が掛かる。守るべき民の逃げ場は無い。


「…………みんな、この作戦は中止すべきだ」

「サリアン君!? ここまで来て君は何を言いだすんだい!?」


 ライトニア騎士団が最初に学ぶことは錬金術士を守るということ。それは全ての部隊において共通で、レインを敬愛しているサリアンでも守らねばならない規則。


「言いたいことは分かるわ。けどね、門が壊されたってことはアメノミカミの本体がいつ王都に突入してもおかしくないってこと。避難しなければならないわ。少しでも時間が惜しいから早く逃げるべきよ。ここからは騎士が肉の防波堤となってみんなの避難の時間稼ぎになるわ……」


 明確な時間切れを理解してしまった。鉄雄が戦闘不能に陥っても門が無事なら大砲等の迎撃兵器で時間を稼げた。だが、事前連絡も無しに門が壊される事態は想定していない。アメノミカミが特定位置まで接近すれば東門を開き中央に集まった人達を非難させる算段が用意されていた。

 それも無しに破壊された意味がもたらすことは想定外の何かが起き、作戦は全て崩壊、アドリブの避難となってしまう。

 扉に掛ける力がゆるまり、扉を開こうと──


「みんなは逃げて。わたしはここで続けるから」

「アンナさん……?」

「アンナ……こんなことを言うべきではないけど、状況からしてテツオは……」


 誰もが期待し信頼した力。最悪を封じる為の切り札(ジョーカー)。状況は不明でも無事である希望的観測はあまりにも甘い夢。使える力を全て絞り尽くしたのが自然な想像。


「だいじょうぶですよわたしと約束したから、時間を稼ぐってわたしが来るのを待ってるって。だからだいじょうぶです」


 聞こえなかった訳じゃない、むしろ全て聞こえていた。今にも駆け出しそうな足を抑え込んでここにいる。


「テツはわたしを信じてる。だからわたしは主としてその期待に応えないといけない。こんなわたしについてきてくれるテツに」


 震えを抑えるかのようにかき混ぜる杖に込める手の力がより一層強くなる。


「それにテツはわたしに理想や憧れを求めているの。錬金術を使えるって知った日からキラキラした目でずっと見てくれる。その期待を裏切ったらわたしはテツの主だって胸を張って言えなくなる」


 手は止まらない。ここで失敗したら、何の為に鉄雄が一人で戦ってくれたのか分からなくなる。全てが水の泡へと消える。

 逃げることは許されないと理解している。だから続ける。続けなければならないと決めた。


(……私はヴァンロアに対してここまで立派な主でいようと思ったかしら……違う! 共に過ごす内に竜馬という希少性に甘えていた。あの子の強さと速さは誇りでも、私は……!)

「ここまで不甲斐ないと思ったのは幼少期以来ですわね……自身の保身の為に大義を見失う行動。恥じるしかありませんわ」

「ナーシャ君?」


 翠玉色(エメラルドグリーン)の髪を一つに束ね、オール・プランターを六個袋に詰めて窓に向かう。


「私も時間稼ぎの駒の一つとして働かせていただきますわ」

「何をバカなことを言うんだい!? 環境と相性を考えればぼく達が行ったところで──」

「ただ待つだけの者に一陽来復は有り得ませんわ。雨を晴らす奇跡の対価に私を乗せるだけです。百花繚乱の演舞の価値は安くないことをお見せしますわ」

「あんたはまさか……!?」


 確信を持って何かに気付いたサリアン。その表情にナーシャは口元に人差し指を寄せて沈黙の仕草で応える。


「では、後にまた会いましょう」


 窓を開け、地では無く空に向かって視界から消える。

 その開いた窓にもう一人手をかける者がいた。同じようにオール・プランターを抱えて。机に残るは半分程の山。


「……アリス君!? 君も行くのかい!?」

「錬金学校マテリア錬金科の秀才で錬金公爵の血を受け継ぎしアリスィート・マリアージュがポッとで半オーガに全部を任せるなんて似合わないのよ……!」


 本心を語るその口からは怒りが染み込んだ感情の声。その矛先は他者ではなく自分に向けられたもの。同じ錬金術士でありながらも、自分の姿が余りにも情けなく見えてしまった。

 

「こんな時まで君は──」

「ノブレスオブリージュ。張り合う為じゃないわ、公爵の娘が王都の守護に身を削らなくてなにが貴族! それに竜操者(ドラゴンライダー)は部屋でのんびりするのは趣味じゃないのよ!」


 自棄になったからじゃない。環境に恵まれた少女、自身に足りない何かに気付き殻を破ろうとしている。


「騎士のあなたはその子を必ず守って届けなさい。誰かの命が必要なら次期錬金公爵のアリスィート・マリアージュが命じるわ。誰に何を言われても私の名を盾にしなさい」

「……ええ、了承したわ」

「後はジョニーとユールティアに任せるわよ」


 颯爽と地に降り立つと指笛を大きく鳴らす。その音は最高の相棒を呼ぶ歌。


「アリス君はもっと権力の椅子に座っている子だと思っていたのだけれど……」

「周りが祭り上げて、彼女もそれに応えようとした結果だよ。少し歯車がズレてたみたいだけどね。でも……昔の彼女に出会ったみたいだった、優しくて正義感のある彼女に」


 幼い頃、貴族間の社交界で二人は出会ったこともある。王都の中と外、守る場所の違いもあり定期的な交流は無くとも、忘れられない幼少期の思い出は確かにあった。


「ここは僕が支える。後は君次第だよ、みんな君に賭けた。あの人の為にも成功させてくれ!」

「いわれなくても!」


 覚悟に応えるように釜から輝きが漏れ始めた。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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