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最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~  作者: 巣瀬間
第三章 雨の魔神と太陽の錬金術士
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第46話 戦場に立つ者は

 詠唱が始まる少し前、門近辺にいた者達も対応の為に動く。

 外壁に立つのは防衛部隊隊長ホーク・ジャスティ。優れた視力で捉えるアメノミカミの巨体、頭部が今の自分の高さとそう変わらない。山と誤認してしまう程蓄積された莫大な水。

 次に行われることを想像しただけで体の芯が冷える程の怖気が全身を駆け巡る。


「バカげている!? 想像通りの攻撃が飛んで来るとしたら門が壊れるだけじゃない、王都が──国が崩壊するぞ!?」


 十年前のよりも劣悪な状況が生み出されると簡単に想像できる。物理的な崩壊に加え、水で満たされ腐れば病が蔓延しかねない。

 

「キャミルさん逃げるしかないっすよ!? 夢でもあんなでかいのと出会ったことないっすもん俺!?」

「よかったじゃない現実が夢を越えて。そんなことよりこれは神域魔術ね……私の魔術が遊びに見えるぐらい規格外だわ……」


 腰に携えたポーチより四色の丸石を取り出し、気持ちを切り替えるように大きく息を吐く。


「ケイン!!」

「はいっす!!」

「これから大魔術の詠唱に入る! 発動後合図をしたら私を抱えて森の方に飛んで! あんたに命を託すわ!」

「ええ!? もしかしてこの厚い門が破られると思ってるんすか!?」


 王都の門は観音開き、扉の厚さは1mを越える。外側から押しても開かない造りになっており、丸太で突撃されたとしても微動だにしない。加えて現在はかんぬきも装着され破壊されることはまずありえない。

 しかし、ホークは避難を命令した。キャミルは──


「これからアイツが放つのは御伽噺のような術よ! この門が打ち抜かれても不思議じゃないの。それに加えて半端な術や道具じゃ壁にもならない! こっちも命懸けなの!」


 壊れる未来が見えてしまっていた。


「……私はコレを使ったら動けなくなる。全力で防ぐ努力はするけど、厳しいわ。巻き込まれたら五体満足な死体じゃすまないかもね……」

「結果が変わらないなら逃げるっすよ!? アイツも消耗する、そこを突くじゃダメなんすか!?」

「私はこれでも魔術士だからね……どうしても挑戦したい心があるのよ。今の私がどれだけ研鑽を積めていたのか、神域にどこまで近づけているのか。ライトニアで1番だと自負してる私が引ける訳ないのよ」


 足元に陣を描きその中心で呼吸を整える。四色の丸石を浮かび上がらせ、魔力の線で結び円を描く。


「まさかそれは魔石っすか!? それも4つ!? 大丈夫なんすか?」

「ふぅ……──Abschnitt eins O Geist des Feuers, verwandle die Bedrohung in Staub!」


 赤色の魔石に炎のように赤い光が灯る。


(彼女は下で対応してくれるか……となれば僕も上で足掻くしかない。予想される攻撃通りなら防ぐことは不可能、けれど少しでも威力を下げることができれば……)


 雨風が身体を吹き付ける。頬を伝う液体は汗か雨か区別は付かない。壁上にはホークただ一人騎士として隊長としてここに残った。他の隊員は壁と繋がる橋で建物の屋上へ避難する。

 門の真上に立ち、予想射線と真正面で向き合う。足元に描く魔法陣。この陣から足をどければ威力や安定性は低下する。いわば不退転の覚悟。

 クロスボウの弦を最大で固定、取り出される矢は錬金術によって生み出された特注品。鏃には風属性の魔石を組み込み、ホークの弓魔術を限界以上に引き上げる。矢柄はプラチナムとグラビストーンの複合金属により強度と飛距離を両立、障害物に当たらなければ何処までも駆けていく逸品。


「──天弓の担い手よ我が声に従い撃滅の矢を放たん」


 唱え、言葉を繋ぐ度に一つ、二つ、三つとバレルのように魔法陣が増えて伸びていく。陣が重なるその先はアメノミカミが描く巨大魔法陣。


(直接コアを狙いたいが、水の壁があまりにも厚い……カミノ・テツオが真下で何かを狙っているなら、それに乗るしかない!)


 二人の間に友情は無い、信頼を得るような交流も積んでいない。けれどホークはこの二時間近く鉄雄の戦いを見続けた、最前線に立ちただ一人で立ち向かう姿を。

 言葉を交わさずとも心の内に確かな信頼が芽生えていた。


「潦の王が告げる、歌えよ篠突く雨、舞えよ激流、踊れよ暴風──」

「暴虐の王が告げる! この世全ては我が供物。全てを喰らいし暴虐の牙よ!」

(こ奴っ! これだけの図体作っておきながら詠唱まで加えるとは!?)


 互いに陣を作り、詠唱を唱える。それが意味するのは二通り。安定性と威力の向上。


「宇宙を駆け空を抜け地を穿て! 描く地平に万物一片塵へと還せ!」

「Abschnitt zwei Wasche die Unreinheit ab, oh Geist des Wildbachs!」

「馳走を貪る強欲、王道を遮る愚者に憤怒の裁きを今ここに下す!」

「露を結びて天涯地殻を満たし、碧落一洗の道を描け」


 ホークの周囲に風が舞い、構えたクロスボウに風が渦巻く。

 青色の魔石に深海のように青い光が灯る。

 破魔斧より溢れる黒い液体が滴り落ち、左右に別れ二つの沈殿を作る。

 寄せては返す波の音を響かせ脈動する水の魔法陣。


「真空よりいでしその矢は──」

「顕現せよ──」

「この世根源へと還す神の滂沱が今ここに」

「Abschnitt drei O Geist des fruchtbaren Bodens, heile den Fluch!」


 ホークとレクス、両者ほぼ同時に詠唱完了。

 茶色の魔石に肥沃な大地のように黄土の光が灯る。

 

(間に合ったかっ! 天には届かぬがこの術はわらわの国落としの象徴たる術! 堅牢重厚な城すら穿ち風穴を開ける牙! その名も──)

贄の狂塔(テラー・シンボル)!!」


 鉄雄の左右より溢れる黒き奔流が真上へ伸びながら交わり二重螺旋となり襲う。

 狙いは巨大魔法陣。真下より突き出て二分することを目論む消滅の塔。


「──溢れよ、神立天泣(ゴッドティアーズ)


 その言葉が出た瞬間。時間が止まったのかと錯覚するほど、レクスの目には全てが目に映った。黒き塔が陣に食い込んだ瞬間。塔は激流に押し流されて消滅した。

 そして、門の横幅を優に超える太さの海をひっくり返したかのような水流が迫る。

 鉄砲水や氾濫なんて生易しいものではない。海そのものが意思を持って襲い掛かる。あらゆる建築物をなぎ倒しかねない破滅の勢力に、人間の力が抗うにはあまりにも小さい。


(こんなにも差があるのか……!? わらわが見てきた戦いにこんなのはいなかった──)


 余波に抗うこともできず鉄雄は吹き飛ばされる。


「Abschnitt vier Geist des Sturms, blase das Miasma weg!」


 迫る水流を瞳に捉えながらも冷静に詠唱を唱え続けるキャミル。

 最後、緑色の魔石に薫風のように緑の光が灯る。


(着弾まで5秒程度。ただ、よくやってくれたっ! 初流が乱れたそこが穴だ──!)

「サジタリウス!!」


 ホークの目が見抜いた激流の弱所、そこ目掛けて魔力の矢が緑の閃光となって放たれる。射出の音が遅れて誰かの届く頃には、圧縮された竜巻を纏う矢は激流に干渉し渦巻かせ膜を作るように水塊を周囲に散らばらせる。

 水流が放たれてから100mも届かぬ位置で激突した神速の矢。ここで止めれば被害はないがそれは都合の良い妄想。


(急いでこの場を離れなければっ……!)


 持てる魔力を全て注ぎ込んだホークの一射は今はまだ堤防の役目を担い激流を押し留めていた。弱所を正確に射抜けた位置取り、理想的な最短最速一直線。本人の限界以上の力量を引き出した。

 しかし、竜巻の勢いが落ちた瞬間、無常にも飲み込み矢は砂のように崩壊した。

 そして、残る障害はもう一枚だけ──


「Mein Wunsch ist. Nun steigen die heiligen Schatz des Königs der Geister herab!」


 キャミルは目を閉じ、祈るように手を組む。

 その両手、顔に黒い線が模様のように走る。

 4つの魔石が描く巨大な円。溶け合い眩き虹色の光線の輪となる。


(サボったり、怠けたツケってこんなにも高かったかしらね──!)


 瀑布の真下に立たされるかのような無常観。キャミルの視界には白の泡と飛沫で満たされた壁が迫り来る。


「──Schild des SpirituosenKönig!!」


 輪の内側が虹の輝きで満たされ門を完全に隠す巨大な円盾となる。

 秒の間も無く直撃し鼓膜を破るような重低音の轟音が鳴り響かせる。弾けた水飛沫は人を平気で飲み込む水塊となって周囲へ散らばる。それらは城壁、道路、壁を越えて王都内に入り込むほどの勢いがあった。


(故郷直伝の最高位防御魔術! 魔石、魔法陣、詠唱、使える対価は全部払った! なのに──!)


 人間同士の戦いであれば負けるはずの無い防御魔術。過剰防御とも判断されるこの術は使用機会の恵まれない失敗作であった。

 しかし、亀裂が入る姿など、歴代使用者でもキャミルが初めてであった。


「ケイ──!!」

「わかってるっす──!!」


 言葉が届く前、目線が向けられた瞬間に動き出していた。跳び出し抱え、廃墟の影を目指して転がり込んだ。

 虹の盾が完全に崩壊した瞬間──全ての障害が無くなった。誰もこの激流を止める者はいない。

 門に流れ込むと衝撃で王都全域が震撼する、抑えられている安心感も僅かな隙間より這い出る漏れ水が門を抉じ開けようと手が喰い込んでいるようで恐怖を煽る。

 加えて、溢れた水は濃厚なクリームのように積み重なる。


「──爆ぜろ」


 門に積み重なった水塊は圧縮された空気が破裂するように、水の花火を咲かせた。


「ここまで──!?」


 その衝撃は重厚な門を砕き吹き飛ばせ、王都の通りに残骸の雨を降らせる。門に繋がる外壁にも亀裂を生み、その上に乗る者を容赦なく振るい落とす。耳を塞ぎたくなる轟音に王都の誰もが視線を西門に向けて言葉を失った。

 そして、戦場の音は小雨が地を叩く音だけとなり、顔を上げているのは──


「いい光景だ……」


 アメノミカミただ一体のみ。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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