第44話 ラスト・リゾート
わらわが一番鉄雄について知っておる。
こ奴がこちらの世界に来て最初に出会ったのがわらわ。アンナよりもずっと共に過ごしてきた。
無力で無能でその癖夢だけは一丁前に大きく持っていた。すぐに力に溺れこれまでの愚者と同じ道を歩むと思っていた。なのにどうじゃ? 誰も殺しておらんし、何故か心身を鍛え勉学に励んでおる。どれだけスタートラインに差があるのか理解していながらな。
一つ知っても、他者は万を既知とし、一歩進んでも、他者は万を歩みさらに先へ進む。誰にも届かぬ遅々とした歩み。こ奴と同じように周りも努力をしている。初めの方は伸びは凄まじかったが、すぐに小さくなった。
当たり前じゃ、努力は何千何億の紙の束を重ねて押して前へ進むようなもの。大陸最強も魔術士の娘も膨大な束を押し潰しながら前へ進んでいる。
精神を繋げているからこそ知っておる「焦り」「悔しさ」「怒り」理想との落差に苦しみセクリにすら見せてない鬱積した腹の内を隠し積み上げてきたこと。
耐えられない? そんな訳がなかろうが──
こ奴がどんな思いで、どんな覚悟で、日々を過ごして来たと思っておる!!
どれだけ無様な姿を晒した! どれだけの恥を見せた! どれだけ苦難を飲み込んできた! 涙をどれだけ隠した! 誰にも理解されず、泣き言も許されず。努力をして、努力を続けて、理想と現実の深き狭間に挫けずに進むことがどれだけ困難か知っておるのか!?
魔力も身体能力も才能も何もかも劣っている男が精神だけで喰らい付いていかねばならぬ険しさが理解できるか!?
才能を持ちながら復讐に拘る貴様は何だ? 器の小ささ、悔しさをを飲み込む腸も持たないか? 何故才と力を持ちながら許す強さを持たん?
わらわを手にしながら、わらわの知らぬ景色を見せてくれたこ奴は何だ? 何故周りが笑顔なのだ? 何故小動物が寄ってくる? 何故……何故──わらわが替わりたいと思った!
報われる機会が無いならわらわが作らねばならんだろう!!
わらわが欲しいと思った器は、優れたものだと証明せねばならん!
そんな玩具しか作れぬような臆病者に、本物を手にし研鑽を叩き込まれた男の身体が負ける訳がない!!
「何故倒れない!? 常人に耐えきれるような甘い術ではない、身を砕く激流に何故耐えられる──!?」
貯め込んだ水を吐き出し切ったのか激流は途切れる。
砲塔が失われ、ただの水巨人へと姿を変えてしまう。それが意味することは術は終わった証明。放出した全ての水に魔力は無い。蒸らすほど鉄雄の周囲を覆い尽くしたとしても魔術の干渉はできない。
割れた兜から見える瞳。口元が一瞬緩む。
膨大な魔力は破力へ変換され全て足元の魔法陣へと注がれ、さらに六つの魔法陣が展開し中心と合わせては花弁のように描かれる。
加えて装着したボトルを全て勢いよく捻り溜め込まれた魔力が破魔斧に注がれる。
「咲けっ! ──輪廻六華陣!!」
宣言と共に大輪が黒き輝きを一層強く瞬かせると外縁から霧散し始める。その光景は花が散り種を生み出すようで、中心により強く大きな力となって流れていく。全ての破力が収束した純黒の輝きが破魔斧へと戻っていく。が──
「なっ──!? ここまでかっ!?」
(何が? ──っ)
鉄雄の身体に宿っていた殺意が消え失せ、刃物のような目つきの鋭さに綿のような柔らかさが戻る。
「ぐっ、何だこの重さ──!? しかもこの感覚──!?」
(まさか時間切れがあるとは! だが、これはわらわの技じゃなくお主の技!! 最後くらいお主で締めてみせろ!!)
夢の中から強制的に叩き起こされる。
レクスから鉄雄に戻ったということ。
いきなり交代したことで右腕にかかる力の重さに戸惑っていた。だが、無理も無い──破魔斧の姿が純黒で隠れる膨大な破力。それは一つ一つは空気の如き軽さでも幾億と束ねることでなって現れているのだから。
(何て重さだよ……! 身体に痛みも走って来た! 鯉が龍になる試練はこういうことなのか!?)
元より自身の身体では到底できない運動をレクスによって無理矢理動かされた身体。その対価が身支払われている。
(でも──! ここでやんなきゃ男じゃねえだろ──!! それに、本当の! 本気の! 最後の切り札を放つシチュエーションを失敗するのは男じゃねえ!! そうだろ!?)
歯から血がにじむ程の食いしばり。瞳は変われど殺意は変わらない。ここが鉄雄の生き様と戦いの分水嶺。気合と根性、悔しさと惨めさ、感謝と恩義、そして覚悟──溜め込まれた感情が体を限界以上に引き上げていく。
何にも恵まれていない男が、この世界で手にした唯一の力。
誰も到達成し得なかった消滅の秘奥。生み出させるその名は──
「ラスト・リゾート──!!」
砲塔の役割を担っていた鉄雄の身体。破魔斧を強く大きく振り上げると噴火の如き勢いで黒き力の奔流が溢れ巨大な固まりとなって放たれる、その負荷を受け止めていた黒鎧が弾け砕け、花弁のように舞う。
音を消し、風を消し、雨を消し、全てを消し去る黒き激流。
相対した瞬間に不可避の死を与えるその切っ先は──
「外した──!? いや、まさか──その方向はっ!? 何故だ──!?」
アメノミカミを無視しその形は巨大な龍と成り。天へと昇る──
「あの龍は……まるであの時の……?」
「空に向けて? ──っ! ……本当に、どこまで活躍するつもりなのよあんたは!!」
多くの者に見送られて高く、高く──誰の手も届かぬ空へと天へと。
静かな音と共に灰色の雲海に飛び込み、尾の先まで沈む。雲に内包された海の如し水塊を泳ぎ奥へと昇っていく。
中心部に達すると捻じれ繭玉の形へ収束すると。
音も無く爆ぜ、黒き滅球が空で生まれた──
失った空間に引き戻されるように強風が荒ぶり爆ぜる轟音、灰色の天井に飾られた黒いカーテンが霧散し、丸くて蒼い大きな天窓を作り上げ、天使の階段を下ろした。
「──ああ……綺麗だな……」
空を見上げ日差しの中に佇む鉄雄。その表情は満たされ、粘ついた負の感情が全て流れ落ちた清らかで爽快であった。
地上の水溜まり、雨粒、アメノミカミの体に光が差し込み反射し散乱し、光と影のコントラストに薄い虹もかかり戦場であることを忘れそうな幻想の庭がここに描かれる。
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